軽すぎる一歩
作業台の上に、自転車を載せる。
魔術回路は、父の手元を何度も見てきた。
刻み方も、繋ぎ方も、指が覚えている。
迷いはなかった。
「……手慣れているな」
エルンストが低く言う。
ルーカスも不思議そうに言う。
「フィーネ、回路作ったことあったっけ?」
「ないよ。でも父さんのを見てたから。構造はわかる」
「へえ。職人の技術だよね、それ」
アルドが覗き込む。
魔具に入れる回路は職人の領域だ。
魔法使いは完成品を扱うが、作らない。
だから三人とも、珍しそうに見ている。
背の高い三人に囲まれ、少しだけ圧迫感がある。
刻印を終え、魔石を収める。
ペダル部分に軽量化。
後輪に安定化。
「よし」
倉庫の外へ持ち出す。
三人が、ぞろぞろとついてくる。
広い空き地で、跨る。
ペダルに足をかけ、踏み込んだ。
——軽い。
想像よりも、ずっと。
足が、空を踏んだみたいに軽い。
踏み込んだ瞬間、力が抜けるように前へ出て、思わず足が空を切る。
「……わっ」
かくり、と膝が折れそうになる。
だが車体は揺れない。
安定化の魔石が、地面へ吸い付くように支えている。
軽いのに、ぶれない。
今まで感じていた、漕ぎ出しの“抵抗”が消えている。
重さを押しのける感触がない。
力が、ほとんどそのまま速度になる。
——これ、坂道が楽になるどころじゃない。
少し走らせて、戻る。
「どうだった?」
「……全然違う。別物」
自分でも驚くほど、声が弾んでいた。
「ペダルが軽い。なのに安定してる。力が逃げない感じがする」
「すごいな。どんどん進化するじゃん」
ルーカスが笑う。
アルドがにやりとする。
「じゃあ次は、これだね」
手にしているのは、加速の魔石。
まだ諦めていなかったらしい。
「これつけたらさ。もう“地上の乗り物”じゃなくなるよ。新しい世界が見える」
新しい世界。
その言葉が、胸に落ちる。
空の速度が、地上に来るのだろうか。
風ではなく、衝撃になるのだろうか。
エルンストが低く言う。
「アルド。やめろ」
そして私を見る。
「フィーネ、無理をする必要は——」
言葉が止まる。
私を見て、目を細めた。
「……そんなに試したいのか」
だから。
私はどんな顔をしているんだ。
隣で見ていたルーカスが吹き出す。
「眼がきらきらしてる。試したくて仕方がないって顔だよ」
熱い。
顔が、きっと赤い。
エルンストが息を吐く。
「つけるなら、今だ。ただし」
視線がアルドへ向く。
「乗るのはお前だ」
「はーい」
アルドは気負わずに笑う。
「さすがに危ないだろうしね」
加速の魔石。
それは、軽くするのとは違う。
速さを“足す”。
限界を、押し広げる。
地上は、どこまで耐えられるのだろう。




