王都への一手
次の日、クララに呼ばれた。
昨日の今日だ。
——自転車の販売中止かもしれない。
ドキドキしながら部屋に向かう。
クララはすでに応接室にいた。
挨拶をして対面のソファに座る。
「何度も呼び出してごめんなさいね」
その声音は穏やかだった。
「昨日はいろいろ言われて困惑したでしょう」
けれど、目は違った。
強い光が、こちらを射抜く。
「だけど」
クララは、珍しく闘志を剥き出しにした目をしていた。
「やられっぱなしで終わるなんて、ありえないわ」
机を軽く叩く。
その笑みは穏やかだったが、指先だけが白くなっていた。
「しかもね。職人たちも馬車組合も、私たちをどう見てた?」
その目が細くなる。
「女だからって、下に見る視線。あれ、忘れないわ」
一呼吸。
「目にものを見せてやる」
私は、思わず息を呑む。
「王都に売り出すわ」
「……王都?」
「昨日、あの場が終わった足で手続きしてきた。支店を出す準備、始めたの」
早い。
早すぎる。
以前、研究する場所がなくなってしまったとき、クララは言った。
ないなら、作ればいい、と。
あのとき、私は半信半疑だった。
でも、この人は本当に作ってきた。
「王都で軌道に乗れば、三ヶ月なんて言わせない。人が山ほどいるんだもの」
その瞳は、もう遠くを見ている。
「ゆくゆくは、国中。いえ、世界よ」
そしてふっと笑う。
「それまでに、フィーネ。悪いけど台数、作れる?」
クララに言われた数字は、正直、厳しいものだった。
私は一瞬固まって、それから頷いた。
「…必ず、作ります」
喉が、少しだけ渇いていた。
それから付け加える。
「……あの、安全基準の案も、作りました」
クララの眉が上がる。
それから、ゆっくり笑う。
「あなたも相当ね。負けず嫌いで、折れない」
机越しに、視線がぶつかる。
「似た者同士だわ、私たち」
そしてクララはさらりと言う。
「王都で売れるようになったらね、作るの。自転車の保険組合」
「……保険、組合」
「売れた分の利益から回す算段はつけたわ。人も雇う」
その声は、静かに強い。
「その安全基準、使わせてくれる?」
私は、うなずく。
「もちろん、守る人だけ保証するわ。守らないなら自己責任。それは馬車だって同じでしょう?」
そして、ぱっと笑う。
「障害があるほど燃えるのよ」
指先でもう一度机を叩く。
「待ってなさい」
クララの言葉は、迷いがなかった。
彼女の中では、もう決まっているのだ。
王都。
支店。
保険組合。
もう、先の先まで見ている。
すごい。
実行力と、権力。
華やかに見える人だ。
でも——苦労を知らないはずがない。
男ばかりの商会の中で、女であることを理由に、どれだけ値踏みされ、どれだけ試されてきたのだろう。
きっと、楽な道ではなかった。
それでも。
一つ一つ、吹き飛ばしてきたのだ。
勢いで。
結果で。
力で。
強い。
本当に、強い。
私は、まぶしいものを見るように、クララを見つめていた。
こんな人が、味方だ。
心の奥が、熱くなった。




