机の向こう側
夜。
机の向こうは、空っぽだった。
家の工房で考え込んでいるとノックの音がした。
扉を開けると、ルーカスが立っていた。
「遅くにごめん」
「……ううん」
工房に通すと、荷物を抱えながら入ってきた。
「フィーネ、大丈夫?」
ルーカスが顔を覗き込んでくる。
「え?大丈夫だよ」
私は首を傾げながら答えた。
「ならよかった」
自分ではいつも通りのつもりだったけれど、少し考えてから、思い出す。
以前、倉庫で彼が何かを言いたそうにしていたことを。
「ルーカス」
「ん?」
「知ってたの? 自転車の増産が反対されてたこと」
ルーカスは、一瞬だけ目を逸らし、それから頷いた。
「うん。知ってた」
声は、いつもより少しだけ低かった。
「そっか」
責める気にはなれなかった。
「……フィーネは、何考えてたの?」
少し迷ってから答える。
「自転車の、安全基準。事故を起こさない使い方を、定めたいと思って」
ルーカスが小さく息を抜く。
「やっぱり」
大きな鞄から紙束を取り出し、机に置いた。
「ギルドの保管庫で探してきた」
紙を広げる。
「ほとんど無いんだ。安全基準なんて」
そこには、いくつかの高位魔具や大型装置の規定があった。
使用条件。
設置環境。
定期点検。
事故時の届け出。
私は目を見開く。
「参考になるかと思って」
紙をめくる。
「一緒に見よう」
胸がどくんと鳴る。
私は顔を上げる。
「ルーカスって、魔法使い?」
「え?」
「私の頭の中、見えた?」
ルーカスが吹き出す。
「俺、フィーネの思考読むの得意かもしれない。ずっと見てきたから」
胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
世界に弾かれた気がした。
拒まれた気がした。
でも。
机の向こうには、誰かがいる。
同じ高さで、座っている。
「まずは、これかな」
ルーカスが、一枚の紙をつまむ。
私は、うなずいた。
一緒に机に向かう。
乗る年齢。
使う場所。
点検の方法。
壊れたときの対応。
保護具の有無。
注意喚起の文言。
決めないといけないことはたくさんある。
灯りは小さい。
でも、消えていない。
机の上の紙を、確かに照らしている。




