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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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報酬と招待

 王都から戻って、しばらく経った。


 私は、またいつも通り倉庫にいる。


 中央監査庁から支給された魔具には、削って呪文を再現した魔石を入れた。


 淡く光る、二つの魔石。

 手のひらに収まるそれを見ると、まだ少し実感が追いつかない。


 扉が開く音がして、顔を上げた。


「ルーカス」


 久しぶりに見る姿だった。


 ギルドが慌ただしいらしく、しばらく顔を見ていなかった。

 少し、やつれたように見える。


「久しぶりだね。ギルドの方は落ち着いたの?」


「うーん、まだそんなに。今日は少し時間が空いたから」


 疲れたように笑う。


「そっか……忙しそうだね」


「ギルドで沈石粉の導入が始まったんだよ。

 それで、既存のやり方が変わるから、てんやわんや」


 胸が、わずかに跳ねた。


 沈石粉。


 あの時、偶然見つけたものが、もう現場に入るところまで来ている。


 ——受け入れられるんだろうか。


 期待と不安が、同時に胸の奥へ沈む。


 うまくいけば、魔石の事故を減らせるかもしれない。

 けれど——


 それで、困る人もいるかもしれない。


 ルーカスは、辺りを見回して言った。


「今日はフィーネ一人なんだね」


「アルドさんは、あっち。結界の奥にいる。

 最近、エルンストさんはあまり見かけない」


 奥の結界が張られた場所を指す。

 アルドが物を置きすぎて、中はほとんど見えない。


 その時、奥から声がした。


「聞こえてるよ」


 がさり、と物音がして、アルドが姿を現す。


「エルンスト、出世するんだってさ。だから最近は中央の方で仕事してるみたいだよ。

 沈石粉の導入で、あっちもバタバタしてるしね。円滑に進むように、色々手を回してるんだろうさ」


 ルーカスが尋ねる。


「中央や魔術院では、受け入れられてるのか?」


 アルドは軽く肩を揺らした。


「どうだろうね。不満は山ほどあるだろうけど。どっちも上がしっかり手綱握ってるから。

 魔術院なんて、呪文と魔石の相性確認も一緒にだからさ。大混乱らしいよ」


 どこか楽しそうに言う。


 そして、アルドはルーカスを見る。


「ギルドの方は?」


「受け入れるしかないよ。中央と魔術院からの要請だから。反発はあるけど……事故が減るなら、っていう意見が多いかな」


 ルーカスは苦笑しながら答えた。


「ふーん……そう」


 アルドは一度そっけなく返してから、ふっと口元を緩めた。


「そういえばさ。研究メンバーに報奨金出るらしいよ。しかも結構な額」


「え、ほんと?」


 ルーカスの顔がぱっと明るくなる。


「沈石粉の研究を誰がやったかは公表しないかわりに、って話。名誉は出せないけど、金は出すってさ」


 ちらりとアルドの視線がこちらに向く。


 どきり、とした。


 ——名前は出せない。

 それは、私が魔法使いではないから。


 私はいい。

 でも、研究メンバーまで同じ扱いになるとは思っていなかった。


 視線を落とす。

 

 自分のせいで、誰かの名前が消えてしまうのは、申し訳ない。


「名誉なんていらないよ」


 ルーカスのあっさりとした声が耳に届く。

 

 私は顔を上げた。


「ちゃんと役に立ってるなら、それで十分だろ」


 アルドも肩をすくめた。


「ま、確かに。俺は金で十分だな」


 いつも通りの軽さ。


 そのやり取りに、少しだけ肩の力が抜けた。


 ——彼らが、メンバーで良かった。

 

 それで十分なのかはわからないけれど。


 私も、できることをやろう。



———


 今日は、クララに呼ばれている。


 私は倉庫を出て、商会へ向かった。


 クララも、少し前に王都から戻ってきたらしい。


 応接室に入ると、クララがソファに座っていた。


「来たわね」


 にこりと笑う。

 けれど、その笑みはいつもよりぎこちなく見えた。


 向かいに座ると、すぐに本題に入った。


「王都で、自転車を作る工房が見つかったの」


「……もう、ですか」


 思っていたより、ずっと早い。


「ええ。いいところが見つかってね。腕も悪くないし、話も早いわ」


 さらりと言う。

 やっぱり、すごい人だ。


「それでね。今日は、それが本題じゃないの」


 クララの表情が、わずかに引き締まる。


 空気が、少しだけ変わった。


「この街の領主に、食事に呼ばれているの。

 私と——製作者のフィーネ」


 嫌な予感がする。


「……なんでですか?」


「自転車という便利なものを作って売った功績、だそうよ」


 クララは肩をすくめる。


「表向きはね」


 一瞬の間のあと、そう付け加えた。


「……裏がある、ってことですか?」


「あるでしょうね。でなきゃ、わざわざ“製作者”まで呼ばないわ」


 はっきりと言い切る。


 思わず、言葉を失った。


「正直、あまりいい話じゃない気がするのよね。でも……断れないわ」


 静かな声だった。


 この街の領主。

 ——レオンの父親。


 会ったことはない。


 レオンのことを思い出す。

 前に感じていたような、ただ苦手な印象は、もうなかった。


 けれど——


 相手は、この街の領主だ。


「形式上は食事会。でも実際は——品定めか、囲い込みか、あるいは……」


 クララはそこで言葉を切った。


「まあ、行けばわかるわ」


 軽く笑う。


 けれど、その目は笑っていなかった。


 自然と背筋が伸びる。


 同時に、胸の奥がわずかに重くなる。


 逃げ場のない話が、始まろうとしている気がした。

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