帰路
今日は、王都から帰る日。
商会の宿舎の前で、私は馬車を待っていた。
行き交う人の多さに、思わず目で追う。
荷を運ぶ人、呼び込みをする声、すれ違う馬車。
来たばかりの頃は、すべてが目新しかった。
けれど今は、見慣れている。
それが、少しだけ寂しかった。
——また、来たいな。
王都での出来事が、まだ胸に残っている。
「帰りは最初から御者台に乗せてもらうのよ、フィーネ」
後ろから声をかけられ、振り向く。
クララが立っていた。
そういえば、見送りに来てくれると言っていた。
「はい、そうします。……見送り、ありがとうございます。クララさんは、もうしばらくこちらに?」
「ええ。自転車店の売れ行きを、もう少し見ておきたくてね」
そう言って、楽しそうに笑う。
「それがね、もうすごいのよ。売れ行き」
「え?」
「団体での発注も入ってるの。郵便配達の人たちから」
その言葉に、思い出す。
開店の日、店に来た——あの、大柄な男性。
郵便配達員だと言っていた。
「一人が使ってみたら、すごく良かったらしくてね。そこから一気に広がったみたい」
足が遅くて大変だと、言っていた。
——役に立ったんだ。
知らず、口元が緩む。
「王都でも安定して売れそうだから、こっちで生産できる工房を探そうと思ってるの」
「こっちで、ですか」
思わず言葉がこぼれる。
私たちの街では、ギルドを通して相談して断られた話だ。
「今回はギルドは通さないつもり。オリバーさんみたいに、やりたいって言ってくれる工房を個別に探して回るわ」
大変そうだ。
でも——クララなら、きっと見つける。
「あ、来たわね」
馬車が、ゆっくりと止まる。
御者は、バルトロではなかった。
代わりに、柔和な顔立ちの青年が御者台から降りてくる。
「こんにちは。御者台に座るんすよね?バルトロさんから聞いてます」
軽く頭を下げる青年に、私も挨拶を返す。
クララに別れを告げてから、青年に手を借りて御者台へと上がった。
青年はハルトと名乗った。
道中、ハルトとはいろいろな話をした。
「俺、最近結婚して、子供も生まれたんすよ」
照れたように笑う。
「でも前の職場が潰れちゃって。収入なくなって、どうしようもなくて」
そこで、一度言葉を切る。
「バルトロさんに拾ってもらったんす。ほんと、感謝してもしきれない」
素直な声音だった。
「馬車組合って、結構手厚いんすよ。もし御者が死んだら、家族に金も出るし」
へらっと笑う。
「俺、どうしようもなくなったら、死んででも残そうかなって思ってるんす」
うまく笑えない冗談だ。
笑っているのに、目が笑っていない気がした。
ハルトは、それきり話題を変えた。
笑えば良かったのか、今もわからない。
長い道のりを経て、見慣れた街並みが見えてくる。
少しだけ、ほっとした。
「あ」
ハルトが、小さく声を上げる。
視線の先を見ると——自転車に乗った人が走っていた。
「自転車っすね。最近、増えてきてますよ」
どこか、複雑そうな声。
「ギルドで大々的に増産の話もあったらしいんすけど……バルトロさんが止めてきたって聞きました」
「そう、なんですね」
彼は、私が自転車の製作者だとは知らない。
「馬車の仕事、減るかもしれないんで。正直、これ以上は広まらないで欲しいっすね」
軽く笑う。
けれど、その笑みはどこか固い。
私は、言葉を返せなかった。
——自分の作ったものが、誰かの”困る理由”になっている。
以前も、考えたことはあった。
けれど今は違う。
目の前にある。
そして、それは——ハルトの顔をしていた。
胸の奥に、重たいものが落ちて、そのまま沈んでいく。
拾い上げることも、できなかった。




