境界の向こう
エルンストを追って、人通りのない細い路地まで来た。
先を歩いていた彼が、ふいに立ち止まり、こちらを振り返る。
私とルーカスも、彼の前で立ち止まった。
「……で。話って?」
ルーカスが先に口を開いた。
エルンストは短く頷く。
「フィーネの作った魔石について、中央監査庁で報告を行った。
信頼できる者に限って、だが」
淡々と続ける。
「結論としては——当面は内密に運用する。
外部への公開は、慎重に判断されることになった」
一拍。
「それと」
少し間を置いて、言う。
「二人には、中央監査庁に所属してもらう」
「え?」
思わず声が出た。
——中央に、所属?
頭の中に、言葉だけが浮かんで、意味が追いつかない。
エルンストがまっすぐこちらを見る。
「あの魔石は、極めて価値が高い。君は、中央にとって保護対象と認定された」
静かな声。
「保護と管理を兼ねて、中央での立場を与える」
理解が追いつかないまま、言葉だけが積み重なっていく。
それを察したのか、エルンストは少しだけ言い添えた。
「拒否はできる」
一瞬、息を呑む。
「だが、その場合は別の形で管理される。結果は大きく変わらない」
やわらかい言い方なのに、逃げ道はなかった。
「……要するに」
ルーカスが肩をすくめる。
「俺は、フィーネを目立たせないためのカモフラージュ、ってことね」
「その意味合いもある」
エルンストは否定しない。
「加えて——昨日の報告で、君にも関心が向いた。引き入れられるなら引き入れたい、という判断だ」
視線がルーカスに向く。
「可能であれば、受けてほしい」
少しの間。
ルーカスは、軽く息を吐いた。
「フィーネのためになるなら、引き受けるよ」
あっさりとした返事。
エルンストは小さく頷いた。
「助かる」
そして、私とルーカス二人を見て続ける。
「これから中央で手続きを行ってもいいか。これは早い方がいいからな」
迷いのない声音。
私はまだ実感が追いつかないまま——それでも、頷いていた。
「飛んでいく。フィーネは私が連れて行く。いいな」
ルーカスが、少しだけ渋い顔をする。
それでも、何も言わずに頷いた。
エルンストが、私の手を取る。
——二度目だ。
彼と手を繋いで、空を飛ぶのは。
そのまま、身体が持ち上がる。
足元の地面が、遠ざかっていく。
あっという間に、家々が、小さくなった。
王都の空を飛ぶのは、初めてだ。
ワンピースの裾が靡く。
景色を楽しむ余裕もなかった。
頭の中は、まだ整理がつかない。
風を切りながら、進む。
やがて——
白い建物が、視界に入った。
お昼前には、地上から見上げていたそれ。
近づくにつれて、その大きさがはっきりとわかる。
上から見ても、なお、圧倒的だった。
その近くに、降り立つ。
エントランス階段を登り、エルンストが、重厚な扉に手をかける。
ゆっくりと開かれた隙間から、ひやりとした空気が流れ出てきた気がした。
——ついさっき。
一生、入ることはない。
そう思った場所。
それでいいと、思っていたはずなのに。
自分の思っていたよりも、ずっと早く。
事態は動いていて——
覚悟のないまま。
私は、中央監査庁に足を踏み入れた。




