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253.下見

 はっとして声のした方に顔を向ければ、殿下の近くに縹さんと詩苑兄が控えている。

「元気そうだな、萌稀」

「ご機嫌麗しゅう、王太子殿下。取り込み中なのでまた後程」

 縹さんの顔色を窺いつつ、話を戻そうとすると、詩苑は分かりやすく顔色を変えた。

「萌稀、会場はあっちだよ」

「行きましょう、萌稀さん。とても素敵な会場なのよ」

 三人に促されてしまえば、流石の私も従わざるを得ない。よく周りを見ればネレミリア伯もいるし、マッシモ卿も心配そうにこちらを見ている。

 不満を隠さないまま手を下ろせば、詩苑がほっとしたように目を細めた。

「お忙しい中ご案内ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 改めて殿下に頭を下げれば、下見一団は動き出した。

 進行方向には白が印象的な建物が見える。城や宮殿とはまた雰囲気の違う、最小限の装飾がより美しさを引き立てているような、不思議な建物だ。

 詩苑の状況の確認が出来るのも、今日を逃すといつになるか分からない。建物への興味に引きずられつつ、意識を詩苑に向け直す。

「次はいつ、練習に出られるの」

 仲睦まじそうな殿下と咲良様の後を追いながら、小声で詩苑に話し掛けた。

 後ろには縹さんと詩苑兄が付いて歩く。

「来週は一度、顔を出すつもり」

 前期発表のことを進めたいが、山蕗としてはその前に「太陽と雨雲」の方を確認したいだろう。学院に来る機会があるのであれば、打ち合わせに時間を使うより少しでも歌わせるのが得策な気がする。

「待っているからね」

 どうにかこちらに来る機会を作れないかと思ってそう伝えると、詩苑は一瞬目を瞠ってから微笑んだ。

 今は頬を染めて照れるところではない。断じて。

 じっと半目で睨みつけると、後ろから笑い声が漏れ聞こえた。縹さんがこんなことで笑うわけがないのだから、犯人は詩苑兄である。

「どちらも仲が良くて結構だね」

 何をどう見たら仲が良さそうに見えるのか。殿下と咲良様については否定しないが。

 瀟洒な外観の建物の明るい廊下を進んでいくと、それほどしないうちに明らかに他とは違う、立派な幾何学模様の彫刻があしらわれた両開きの扉が現れた。

 先導していた近衛騎士と思われる人が慎重に開けるのを固唾を飲んで見守っていると、その奥の明るい景色が目に飛び込んできた。

「わあ……」

 白を貴重とした内装は、開口を大きく取って日当たりがよく、灯りを入れなくても十分に明るい。窓の向こうは庭園になっていて、手前から奥に行くほど背の高い植物が植えられているようで、一枚の絵画のようでもある。

 天井は高く、吊られたシャンデリアの輝きが凄い。もうなんていうか、凄い。

「お気に召したかしら」

 すっと自然にクロッキー帳を取り出したところで、咲良様に顔を覗きこまれた。

「はい!とても!」

 籠りかけたところを現実に引き戻され、勢いで返事をすると、その声がよく響いた。

「すみません」

 慌てて両手で口を押さえる。はしゃいでいると思われただろうか、周りからの無言の視線が痛い。

「どうだ、縹」

「そうですね、概ね想像通りですが──」

 殿下と縹さんは演出の相談を始めた。私は私で仕事をしなければならない。

「マッシモ様、お願いします」

「かしこまりました」

 私のやるべきは、衣装がこの会場で一番映えるように調整することだ。実際の光の加減を確認して、使用する生地の良し悪しを判断する。

 マッシモ卿が部下(と思われる人)たちに指示を出すと、どこからか卓子が現れ、その上に素材が並べられる。部屋の隅に控えていた被服室の先輩たちも加わった。

 決まったものを組み合わせ、色の重なりや、透け具合、艶の出方を見る。

「この生地、少し薄すぎますかね」

「この会場なら……こちらの、生地の方が、い、いいかもしれませんね」

「そうですね。そうします」

 アルノ卿は素早くきょろきょろと目線を移動させて言った。なんだかんだ言いつつも、こういう助言は的確だ。王城被服室専属意匠設計家(デザイナー)の肩書は伊達じゃない。

「それから、こちらが前回から本日までに届いたお品です」

 続けて運び込まれてきたのは、外注していた部品たちだ。「朝の雫」に依頼した装飾品を始めとして、レース飾りや特注のリボンなど、それだけで美しさに目眩がしそうな作品たちだ。

「鼻血出そう」

「鼻血!?」

 口元を押さえて悶ていると、詩苑が驚きの声を上げた。比喩表現ではあるが、比喩でなくなったらどうしようかと思っている。

「見て、この繊細ながらも大胆な輝き……!生命力すら感じるのに、整った配置は一番石が輝くようになっていて!」

「う、うん」

 隣に立つ詩苑の腕をぎゅうと掴みながら、思ったことが次から次へと溢れ出してくる。

「いい仕事をするでしょう?」

 そんな私の様子を見て微笑んで、咲良様は自慢するように言った。

「とても……!私が考えたドレスに使うのが恐れ多いくらいです」

「萌稀さんの意匠があってこそのこれらよ。私のドレスなのだから、自信を持って頂戴」

「はいぃ……!」

 咲良様の力強いお言葉に涙が出てきそうだ。

「さ、流石、ですね……問題、ないでしょう」

 アルノ卿も鋭い目で一つずつ確認し、納得したような表情だ。素晴らしさに情緒が持って行かれそうになったが、私も仕事をしなければ。

 確認するもの一つ一つに胸を打たれながら、完成を想像して咲良様に合わせていく。レースとレースの重なり、リボンのたわみ、装飾品のかかり方……一つの妥協も許されない。私と被服室の面々で真剣に意見を戦わせていると、その中心で咲良様は凛とした表情で立っていた。

「アンダースカートのお色はこちらでよろしいですか?」

 オーバースカートと重ねて広げ、繻安(しゅあん)さんが訊ねた。

「この会場の明かりなら、もう少し攻めてもいいかもしれないですね。夜も昼間と同じくらいの明るさになるというのであれば、五十六番はどうですか?」

 予定していた生地より濃い青を指し、念のためアルノ卿を伺うと、うーんと唸った。

「そ、それは……やり、やり過ぎでは?」

「しかしながらこの明るさだと、色差がなくぼんやりしてしまいませんか?」

 想定していたより会場が明るい所為で、なんとなく輪郭がはっきりしない印象を受ける。用意してもらった装飾品たちも、肩から垂らす布たちも、どちらも活かすために上半身はそれで良い。だが下半身までそれだと上半身が重そうに見えてしまう懸念もある。

 先輩たち三人の様子も観察してみるが、アルノ卿がうんと言わないものに、堂々と反論は出来なさそうだ。

「咲良にはこっちの水色の方が似合うんじゃないか?」

 説得を始めようと思って口を開けた瞬間、差し込まれたのは男の声だった。

「殿下……どうしてそう思われるのですか?」

 王太子殿下は私たちが広げた布をまじまじと見ながら、咲良様に近付いた。

「どうしてって……いつも着ているのはこういう色合いだろう?咲良は顔が可愛らしいし、濃すぎるのは似合わないんじゃないか?」

 確かに日頃、咲良様は薄い色合いの服をお召しになる。誰が見たって可愛らしい顔立ちだし、淡い系統の色や小花柄が似合うのは否定しない。

 けれどもそれは、それ以外が似合わないということではない。

「殿下、お顔は化粧で如何ようにも変えられるのですよ」

 にっこりと、敢えて微笑んで殿下に言葉を返すと、周りが息を呑んだ気配がした。私を表す肩書はそれなりにあれど、殿下の希望を検討もせずに跳ね返すとは思わなかったのだろう。


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