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254.何足の草鞋

 しかしながらこちらも職人として呼ばれているからには、簡単に素人の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。

「咲良様は確かに優しいお顔立ちですが、中身は芯の通った気丈なお方です。こういった濃い色を使うことで存在感が際立ちます」

 咲良様のお屋敷に呼ばれたときにも感じた。咲良様の外側の印象と中身には、少しだけ差があるように思う。決して可愛らしい物が嫌いなわけではないだろうし、好む部類だと理解しているが、多分本人としてはそれだけではない。

 王太子妃として立つということは、可愛いだけではやっていけないのだから。

「こういう場だからこそ、これまでの印象も覆したいですね」

 咲良様に向かって問い掛けると、それはそれは綺麗に微笑んでいた。完璧な淑女の仮面の上にもう一つ、覚悟で固めた仮面を被ったような笑みだ。

「ほう?素人が口出し出来ることではなかったな」

 そんな咲良様を見遣って、殿下も満足げに笑った。

 こちらで衣装の確認のまとめをしていると、辺りが俄かに明るくなった。手元から顔を上げると、騎士たちが壁の灯りに火を入れている。そしてその様子をネレミリア伯が険しい表情で見守っていた。

 事前の打ち合わせで問題になった、灯りを一度消す演出についての実演だ。

 詩苑兄によって鍛えられた騎士団に所属する明月(あかつき)の民らしき黒髪の騎士が、広間の真ん中に一列に並ぶ。縹さんの合図でそれぞれが手を払った。すると一斉に、八割程度の灯りが消える。

 その瞬間、周りからどよめきが起こった。詩苑兄だけは得意げに微笑んでいる。

 次に縹さんが合図を送ると、全ての灯りに再び火が点った。ネレミリア伯は目を眇めてその様子をじっくりと観察している。演出が不可能でないことを証明出来れば成功だが、ネレミリア伯もまさかここまでとは思っていなかったのだろう。

「いかがでしょうか」

 縹さんが問いかけると、顔の真ん中に皺を集めて腕を組んでいた。

「分かった。この演出は入れてくれ」

 俄かには信じ難いが、見せつけられれば通さざるを得ない、そんな心境だろうか。

「次は剣聖閣下、よろしいですか」

「では露台に移動します」

 続いて詩苑の歌の確認だ。詩苑に衣装を手渡すと、薄く笑みを浮かべて颯爽と立ち去った。練習も不十分だろうに、その表情は自信に溢れている。頼もしいと思う半面、その裏に何かを隠しているのではと疑ってしまう。

 やがて露台から顔を出した詩苑は、縹さんと位置の調節をしてから、王城の演奏家(ピアニスト)の伴奏で歌い始めた。

 素直に良い歌だった。劇場より固くて広い空間に響く声はよく通り、差し込む陽射しが美しさを際立てる。

 それもまた文句のつけようがないようで、ネレミリア伯は渋々承諾するのだった。


 *


「聞いてくれる?椹火(さわらび)君!」

「聞いていい話なら」

「ぐっ……」

 前日に見聞きしたものがあまりに素晴らしすぎて伝えたいのに、椹火はその内容を察して予防線を張った。

 勿論、婚約式や咲良様のドレスの詳細なんて言えるはずがない。

 直接的な単語を出そうものなら、教室内で耳をそばだてている一年生に餌をやってしまう。

「酷すぎる」

「俺の所為じゃねえ」

 泣き真似をすると鼻で笑われた。しかし私は諦めない。

「宝石って美しいものだと思うんだけど、その美しさをより美しくしてくれるっていうか」

「全く分からん」

「加工は勿論なんだけど、並べ方……?兎に角何もかもが計算されているのよ!」

 朝の雫の作品は、予想をはるかに超えて素晴らしいものだった。

 咲良様を引き立て、衣装を何倍も魅力的に魅せる。宝石と宝石を繋げる鎖や金細工も素晴らしかった。

「言いたい……!」

 けれど色や形、その他私の考えた意匠に関わる具体的な表現はどうしても避けなければならない。ムズムズして走り出したい衝動に駆られる。

 ここで本当に走り出したら、またどんなことを言われるか分からないので、必死に尻を座面に押し付けた。

「そのお陰でよもちゃんのドレス案も捗っちゃったんだもんねー」

「わ、私も、なんとかなりそうです!」

 椹火に自慢すると、よもちゃんから元気な声が聞こえてきた。

「お?本当?」

 振り返ったよもちゃんは、両手を握りこんで報告した。

「先日の萌稀先輩を見て思ったんです。萌稀先輩は、騎士みたいなところがあるなって」

「……何を見てそう思ったのかな?」

 確か創立記念祭の新作発表会の話をしていたはずだ。意匠設計(デザイン)するにあたっては、ドレスじゃなくてもいいというような話をした記憶はあるが、まさか私に騎士服でも仕立ててくれるつもりなのだろうか。

「詩苑様のことで怒りを露わにする萌稀先輩は、お伽噺の騎士みたいで格好いいです」

 恐らく褒められているのだろうが、それを喜んでいいのかは分からない。それでもよもちゃんが意匠を固められたのであれば、先輩としては喜んでおくべきなのかもしれない。

 よもちゃんの自由な発想を妨げてはいけない。意匠の詳細は聞かずに応援しておいた。

 よもちゃんが仕立ててくれるのなら、騎士服でも布一枚でも喜んで着る所存である。


 *


 それからも、詩苑はあまり学院に、というよりは芸術クラスに来ていない。

 こちらから接触を試みることも出来ず、いよいよ前期の定期発表に参加出来るのかどうかが分からなくなってきた。

 私から縹さんに様子伺いの手紙を送ってみても、はっきりとした答えは返ってこないのだった。

「はあ……想像通り」

 そんな詩苑に対する憤りは一時的にしまっておいて、目の前の可愛い子に集中する。

「本当に似合う。可愛い。ねえあなたもそう思うでしょう?」

 うっとりと手を頬にあてながら問いかけると、私の着付けを手伝っている一年生は、引き攣った笑みを浮かべながら「そうですね」と言った。

「も、萌稀先輩…!無理強いは良くないですよ」

 すると着付けを終えた可愛い子、もといよもちゃんは顔の前でぶんぶんと手を振った。

「私の作品が良くないとでも?」

 不満がありそうな一年生に優しく問いを重ねると、周りの人は皆、何が正解なんだという顔をして俯いた。私に楯突こうなど百年早い。

 私がよもちゃんのために意匠設計(デザイン)したドレスは、紲伽(せっか)の童話に出てくる蝶の精霊から着想を得たものだ。

 生家に帰ったときに兄一が持たせてくれた小遣いと生誕祭の報酬で、祥舞(しょうぶ)さんから良い素材を仕入れた。本当に良い素材ばかりで有り難い。

 そもそもがよもちゃんのドレス姿を見たいという下心から始まっているのだが、すらりとした体型を活かして全体的に細身に仕上げた。

 裾は蝶の羽を連想させるよう波打つように布を断ち、その縁を濃い色のリボンで強調して動きを出している。

 透ける生地を何枚か重ね、見る角度で少し色が変化して見えるのも重要な点だ。金に物を言わせてビーズも縫い付けてやった。

 腰より高めの位置で太めのリボンを巻きつけるのは、「美しい花」で詩苑に作った衣装の発想を取り入れたものだ。後ろで結んだ蝶結びを長めに垂らすと、前との差が出てなお良い。

 自信作に頷いていると、間もなく私の着付けも終わった。鏡の前で一周して出来を確認する。

「よもちゃんの作品も素敵だわ!」

 よもちゃんが作ってくれたのは、私とは違って無駄な装飾を削ぎ落とした、けれど品の良いドレスだ。騎士服でなかったことに喜んでいいやら残念に思っていいやらで少し複雑だが、意匠はとてもよもちゃんらしくて好きだ。

「萌稀先輩は元の素材が良いですから」

 椹火同様に形に拘っており、絶妙な位置で絞ったり膨らませたりして私の決して良くない体型を上手く活かしてくれている。

「首元のタイが好き」

「可愛いらしい意匠より、かちっとしている方がお似合いだと思ったんです」

 どちらかといえば男性の正装を想起させるような首元も、使う色と素材で女性らしくなる。騎士服ではないものの、それを連想させるようなモチーフがある。

 臙脂とうっすら赤みがかった白の二色使いで調和が取れているのと、ところどころに使われた紺が効いているのもお気に入りだ。

「終わったらもらってもいい?」

「えっ……そそそんなもの持っていても役に立たないのでは…!?」

「そういうことじゃないのよ、私とよもちゃんの友情の証なんだから」

「恐れ多いです……」

 持って帰って部屋の目立つところに飾って鑑賞する。

「こら萌稀!着付け終わって暇なら顔作るの手伝え」

「はあーい」

 最後の創立記念祭も、私は皆の化粧係なのだ。次に繋がるよう、なるべく説明しながらやろう。


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