251.続・相談相手
「どうしてと訊かれると困りますけど……原初の聖歌が主題だったので、それがしっくりきてしまったというか」
そういえばあのときはどうしてそんな考えに至ったんだっけ。何か決定的なことがあったような気がしたのだけれど。
記憶を辿っていると、斎波さんが更に畳み掛けてきた。
「その後はすごい貧相な格好させてたよね!」
それはきっと、紫戯の詩でやった「泉」のときのことだ。あれは澄麗先輩の絵を魅せるという意図があってのことだった。明確に作品の意図がある以上、無駄に詩苑を目立たせるわけにはいかなかった。
「本人より役柄が大事ですので……」
「そうは言っても剣聖よ?あの美貌を活かしてこそ、とはならないの?」
斎波さんは勝負を挑んできたときの椛路さんのようなことを言い始めた。
「曲を最大限に表現しようと思うと、詩苑の顔が邪魔になってしまうと言いますか……」
澄麗先輩の絵を見せたいのに、詩苑をそのまま出してしまうとどうしても視線が詩苑に集まってしまう。あの作品は歌に背景の役割を持たせていたので、詩苑が目立つのを絶対に避けなければならなかった。
「そんなこと言うのあんたくらいよ」
「よくそんな恐ろしいことが言えるものですわね」
それでも先輩たちは、意味が分からないとばかりに肩を竦めた。
「詩苑も、中身は普通の人、ですから」
けれど私も引き下がれずに、反射的にそう答えてしまった。あくまでも衣装は演出の一部なのだから。
「萌稀の前じゃ、身分も美貌も関係ないってか」
詩苑が特別視されるのは分かるが、作品が表現したいことは、詩苑の身分でも美貌でもない。ただそれだけのことなのに。ふいに、最後に見た詩苑の姿が脳裏を過ぎった。
「今回のこのドレスは?」
斎波さんの言葉にむっとしかけたとき、繻安さんから質問が飛んできた。
「これも縹組が演出をするというのが前提にあったので、詩苑に歌わせる詩からの発想ですね」
通常の夜会であれば、ドレスを早替えする必要はないし、肩から虹がかかるような無駄な装飾も必要ない。
「歌うんだもんね、剣聖閣下」
繻安さんは、遠い目になった。改めて客観的に考えれば、確かに意味は分からないかもしれない。
「その題材も私が持ってきたんですけどね」
「よくやるわあ。でもあの詩って、太陽と雨雲のやり取りだけでしょう?それがどうなったら公爵令嬢のドレスがこうなるの?」
そう訊ねる斎波さんに悪気がないことは知っている。服を縫う職業のものとして、興味があるのだろう。
「具体的な意匠は、好きな絵本の挿絵から持ってきました」
「絵本の挿絵か。夢があるね」
「ええ、小さい頃から好きな挿絵画家で」
学院の芸術クラス棟図書館で見つけた本を参考にした。これぞ芸術クラス棟、芸術系の蔵書が豊富で助かる。
「良かった!まだ理解出来ることがあって!」
「花を主題においたときは花を観察したりとかしているので、割と普通だと思いますけど」
先輩たちは揃って首を振った。花の観察も否定された。それでは普通は何を見て意匠を考えるのだろうか。
「そういえば、それを考えているときは、遊梨ちゃんが色んな資料を貸してくれましたよ。武器の図鑑とか」
『美しい花』の意匠を考えていたときは、遊梨ちゃんに助けを求めて資料を借りたことを思い出した。まったく関係ないところから思い付くこともあるからと、そう言っていた。
「そこにもいたわ、常人じゃないのが」
「ああー!あの人の本棚も不思議ですよね」
繻安さんの言葉に斎波さんが同意する。
そのことについても先輩たちには思い当たることがあったようだ。顔を見合わせて頷きあっている。そしてやはり、それも普通ではなかったらしい。
「ご存知でしたか」
「オーバースカートを取るのも遊梨ちゃんの提案?」
「いえ、その辺りは、舞台芸術に携わっているとどうしても衣装の早替えを考えなければならなくて」
「なるほどね」
初めて考えたのは『見えない壁』のとき、一曲の間に四種類の衣装で表現した。流れるような曲の展開に合わせて雰囲気を変えるのに、衣装の転換が手っ取り早いのだった。
「咲良様もそれをご存知だったようで」
私の何を気に入ってくれたのか、本人に確かめたことはないが、特出している点があるとすればそのくらいだろう。
「定期発表をご覧になっていらしたみたいですわ」
「積極的に政務にご参加される方だけれど、芸術関連の情報収集にも余念がないとか」
「各地の芸術関連の催しに赴かれているらしいわよ」
「お忙しいのに」
「二人いるんじゃないかって噂があったわよね」
「なんにせよ、行動力がすごいわ」
「中々真似出来ることじゃないわね」
やはり咲良様は行動派だ。色々な工房を知っているなと思ったけど、それは自ら情報を取りに行くからなのだろう。
「何はともあれ、頭に入れないと、出すことも出来ないってことよね」
「そうだと思います」
そうなると、よもちゃんにももっと作品を勧めた方がいいのだろうか。何かよもちゃんを刺激する丁度良い資料はあっただろうか。
*
「…って先輩たちも言っていたよ」
「そういえば、被服科の中でも萌稀は特殊な方だったわね」
第三談話室に今日は雨芽ちゃんを誘った。意匠設計で頭を悩ませているよもちゃんに、何かしらの助言が出来ないかと私も頭を悩ませていて、前日の先輩の話を聞かせてみた。
「やはり私も詩や小説を読んだ方がいいのでしょうか」
「蓬はどうして被服科に入ったのだったかしら?」
相変わらず思い詰めた様子のよもちゃんに、雨芽ちゃんが訊ねた。
「私の家は男爵家ですが、あまり裕福でなく、妹や弟の服を手直しする使用人に混ざって手伝いをしていたんです。最悪結婚出来なくても、これが職になれば家族を助けられるなと思いまして」
「被服科は割とそういう事情の子が多いよね」
深昊や昆のように、平民が学院に入るのも同じようなものだ。技術があれば、貴族に目を付けてもらえるかもしれないし、働き口も増える。
だからこそ、被服科は平民が多い。
「でも好きでなければ続かないでしょう?萌稀の話を聞く限り、やっぱり課題は大変そうだし、途中で辞める人も多いじゃない」
課題が追いつかず、または作品を生み出し続けることに対応出来ず、被服科は卒業せずに辞めていく人が一定数いることで有名だ。今年の一年生が何人残るのか見物だなとひっそり思っている。
裏を返せば、続けられることはそれだけで才能だと云える。
「そう、ですね。そういう意味では……最近は思い通りに形が表現出来ることに快感を覚えるかもしれません」
よもちゃんは椹火と並ぶくらい、絵を実物にするのが上手い。それは私が最も苦手とすることだ。
「そうしたら、萌稀が一番よく見える型の服を突き詰めたらどう?ドレスだったとしても、古い慣習に囚われる必要がないのが新作発表会でしょう?正反対の萌稀と同じ作り方をする必要もないのだし」
「流石雨芽ちゃんだね。私には出来ない助言だ」
「なる、ほど……」
雨芽ちゃんの的確な指摘に目から鱗が落ちる。よもちゃんも何か掴めそうな、後ろ向きではない表情に変わった。
「そういえば萌稀、最近詩苑様には会った?」
雨芽ちゃんは急に話題を変えた。
「全く。騎士クラスの方が忙しいみたい」
「そう」
「何かあった?」
雨芽ちゃんが詩苑について訊くのは珍しい。少しだけ躊躇って、雨芽ちゃんは声を潜めた。
「各地の騎士団の方で、詩苑様のあまり良くない噂が広がっているみたいで」
深刻そうな内容に、思わず口を噤む。
「……『剣聖は実は力が使えないからいつまでも学院にいる』とか、『碌なことも出来ないのに遊びで領地をもらおうとしている』とか」
中身はよくある根も葉もない噂だ。大方詩苑たちの行動が気に食わない層が好き勝手に言っているのだろう。
「詩苑様は当然お強い方だし、私はお人柄も知っているからそんなことあるわけないと返すのだけれど、あなたに矛先が向かわなければいいと思って」
雨芽ちゃんは最後まで言いづらそうに、けれど自分の思いを伝えてくれた。そう思ってくれる人がいるだけでも心強い。
「ありがとう、雨芽ちゃん。教えてくれて」
大丈夫、詩苑の味方はいっぱいいるし、私だってただじゃ潰されないのだから。




