250.相談相手
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「昨日戻れなくてごめん」
朝の食堂に山蕗を伴って現れた詩苑は、少し疲れた顔をしていた。
「何かあった?」
午前は王城に呼び出されているから夕方打ち合わせをしようと言ったのは詩苑だったのに、その当人が帰って来なかったのだ。
「ちょっとね」
言いづらそうに視線を逸らす詩苑に違和感を覚える。何か後ろめたいことでもあったのだろうか。
「力になれることはある?」
立場上、起こったことを全て話すわけにはいかないと理解していても、様子は気になる。私に関わることである可能性も視野に入れておく必要がある。
「俺の問題だから……」
「そう」
この返答をどう受け取るべきか少々悩み、けれども何をどう訊いたらいいのかも分からず、大した返事も出来なかった。
私が黙れば詩苑も黙り、このまま沈んでいきそうな空気に耐えかねて、慌てて話題を探した。
「昨日雨芽ちゃんの作品を共有していたの。詩苑にも読んでもらいたいから、今日の国文科の授業で渡すね」
「ごめん、今日は国文科の授業、出られそうにないや」
「また王城?」
踏み込むことは難しそうだと判断しつつも、はっきりと言われなければ邪推してしまうものだろう。また面倒なことになっていなければいいと思いつつ問いかけた。
「否、騎士クラスの方に呼ばれていて」
「騎士クラスに?」
その言葉に思わず眉を顰めた。この期に及んで騎士クラスが詩苑に何の用だというのか。
「少し、鍛練に付き合えって言われていて」
剣聖という役割である以上、国のために力を使うのは当然の勤めである。本来詩苑は騎士クラスに在籍すべきであるのだから、役割の範囲内と言えるだろう。
「無理、しないようにね?」
違和感を拭えないものの、いったんは無難な返事をする。
「うん、ありがとう。授業良いところだから、残念だ」
「板書は任せて」
あまり心配しすぎても仕方がないと、その場は明るく会話を終えた。
*
「あれから詩苑の姿をほとんど見ていないのだけれど」
「それは僕もだよ」
談話室に集まって今度こそ前期発表の打ち合わせを、と思っているのに、一向に詩苑は顔を見せない。その代わり縹さんからはこまめに婚約式の夜会の件について連絡が入っている。着々と準備は進んでいるようで、私が参加する予行の日取りなども決まったそうだ。
「寮でも詩苑と会わないの?」
「僕は縹と違って同室にはなれないからね」
詩苑の魔力が苦手なのが影響しているのか、それとも身分のことを言っているのか、山蕗は縹さんほど詩苑に踏み込まない。曲を作る山蕗もまた、貴族的な社交などは得意としていないところを見れば、余計なことに巻き込まれるのを避けるためかもしれないが。
「縹が何も言ってこないのだから、僕たちが心配することはないんだよ、きっと。前期発表だってまだ時間はあるんだし、婚約式は縹が恙無く進めているし」
「それはそうなんだけど」
それでも何か、嫌な予感がするのは私の思い過ごしだろうか。
*
そんなことを考えつつも、他人の心配ばかりしてもいられない。私にはやることが山積みだ。
そう、例えば、後輩の相談に乗る、とか。
「萌稀先輩が今着たいのはどんなのですか」
「よもちゃんが私に着せたいもの」
私の真剣な答えに、よもちゃんは両手で顔を覆った。訊かれたことには間違いなく真面目に答えているはずなのに、さっきからこの調子だ。
「やっぱり私にも……共通の主題設定が、必要かと……」
「しないよ」
訴えを断ると、よもちゃんは更に項垂れた。珍しい姿だ。
「どうして……ですか……椹火さんとは、そうしていたじゃないですか……」
「椹火とやるにはそれが最善だっただけだよ。よもちゃんの自由な発想を、私が制限しちゃったら勿体ないでしょう?」
よもちゃんは創立記念祭での交換意匠設計に悩んでいた。話を持ち掛けたのは私なので、よもちゃんには自由に意匠設計してほしくて、今回は主題を設定していない。
普段お手伝いをしてもらっていて、よもちゃんは私の意匠設計の癖に強い。だからこそ、それには囚われて欲しくないというのが理由だ。
「創立記念祭はよもちゃんが作りたいものを作らないと」
「それは……そうなのですが……」
「意外と厳しいね、萌稀ちゃん」
その様子を見ていた山蕗が不思議そうに言った。
「そう?普通じゃない?学院はそういうところだし」
技術を磨くのと同じくらい、発想の豊かさを大事にしてくれる先生たちだ。ならばその期待に応えねばなるまい。
「定期発表は兎も角として、普段の課題はどうやって考えているの?」
「それこそ分からないな……やりたいことに困ることが無いし。そういう山蕗はどうなの」
「そうだね……僕も定期発表以外なら困っていないかな」
「訊ねる人を間違えたのかもしれません……」
私と山蕗の会話に、よもちゃんはついに頭を抱えた。何も参考にならない意見で申し訳ないとは思っている。
「私はよもちゃんにドレスを着せたいと思ったけど、よもちゃんはドレスに限らなくてもいいわけだし」
「選択肢を広げてどうするの」
「おや……?」
どうにか助けようと思ったのに、どうやら逆効果だったらしい。山蕗の冷ややかな目がこちらを見ている。一体どう伝えればいいというのだ。
「私に似合う何かでもいいし、私にしてほしい役でもいいし。そうだ、今度一緒にお買い物行く?縹さんにお小遣いもらったから、お姉さんが何か買ってあげよう」
王太子殿下の生誕祭前座を終えた後、報酬だと言って縹さんがくれたのだ。定期発表と同じ感覚でいたのだが、これはこれ、なんだそうだ。
「いえいえ、縹さんからは私も少しばかり戴いてしまっていますので……お買い物はご一緒させていただきたく……」
関わった縹組は皆報酬が支払われた。王太子殿下から少しばかり貰っているのではないかと思っている。
「萌稀ちゃんは、よもちゃんに着せるドレスの意匠、出来ているの?」
「作品集のためにいろんな詩集を見返していて、やってみたい意匠があって!大体固まったかな」
ここ最近は自分の作品集のために過去に読んだ物語や詩集を短期間で振り返った。中には忘れていた作品もあったりして、随分と創作意欲を刺激されている。
「それはそれは。楽しみだね」
その気持ちが伝わったのか、山蕗も楽しそうに目を細めた。
よもちゃんにもいくつかお勧めの作品を紹介したりなどしているのだが、それでも意匠設計のきっかけが掴めないらしかった。
*
「……ということがありまして、皆さんは困ったとき、どうしていましたか?」
困ったことがあれば先人たちの知恵を借りる、これは生家で身に着けた習慣だ。何せ王城被服室には、同じ道を通ってきた先輩たちがたくさんいるのだから。
「私は遊梨ちゃんに過去の作品見せてもらってたかな」
「私は街で人間観察してたかも」
「私は気に入った素材の使い方を考えていたかしらね」
咲良様のドレス制作を手伝ってくれている三人の先輩たちは、それぞれ学生時代を振り返ってくれた。
「参考にさせていただきます!」
「私も意匠設計は苦手だったな。手を動かすのは好きなんだけどね」
「萌稀は困らなさそうだもんね」
苦い顔をする繻安さんの横で、斎波さんがカラカラと笑った。
「それがそうなんですよ」
私は手先が器用でないが、発想を生み出すことについては自信がある。根底からよもちゃんと真逆の性質なので、余計に助言がしづらい。
「そういえば萌稀、剣聖閣下に女装させてたことあったよね」
斎波さんは手を止めずににやりとした顔をこちらに向けた。手元は正確に動き続けているところがすごい。
「ご存知でしたか。あれはたまたまスカートを履かせただけですけども」
「一時期、とても話題になっていましたわね」
私が苦笑いで返事をすると、緩史さんもそういえばと顔を上げた。スカートの件は、どこに行っても話題に上ってしまうので、そろそろ反省した方がいいのかもしれないと思い始めた。
「どうしたらあの剣聖を女装させようだなんて発想になりますの?」
緩史さんは純粋に疑問だというような表情で訊ねてきた。




