EP7 追放
そのあまりにも直球すぎる、そして狂気じみたスキルの名を見た瞬間、俺の脳内でこれまでのすべての不可解な現象がひとつの線に繋がった。
なぜ俺のステータスが平凡なのに、体が勝手に動いて敵を瞬殺できたのか。
なぜ美少女たちが初対面で、呼吸するように俺を全肯定してきたのか。
この【【【なろう系主人公】】】というスキルが、俺の意志も、他人の心も、世界の物理法則すらも捻じ曲げて、『なろう系テンプレ展開』を強制的に実行させていたのだ。
「ははっ……なんだよそれ。俺は、このスキルの手のひらで踊らされていただけの……」
俺が乾いた笑いを漏らした、その直後だった。
脳内に、これまでで最も冷たく、無機質なシステムアナウンスが響き渡った。
『――【【【なろう系主人公】】】のレベル上昇を確認』
『次期フェーズへ移行。強制イベント【一斉追放イベント】を実行します』
「は……? 強制イベント?」
俺が顔を上げた瞬間、教室の扉が乱暴に蹴り破られた。
「そこにいたか、平民上がりのアイン!!」
雪崩れ込んできたのは、学園の教師たちと王都の近衛兵だった。
彼らの瞳からは、先ほどまで俺を称賛していた光が完全に消え失せ、底知れぬ憎悪だけが宿っている。
「貴様が学園の金庫から国宝を盗み出したという証拠は上がっている! 本日をもって貴様を王立魔法学園から退学、並びに王都からの永久追放処分とする!!」
「はあ!? 国宝なんて盗んでないぞ! そもそも俺はずっと教室に――」
「黙れ詐欺師め! ギルドマスターからも連絡が来ているぞ! 貴様が持ち込んだ超レア素材はすべて偽造品だったとな! 冒険者ギルドも即刻クビだ!!」
「あの素材はギルドで鑑定して本物だって確認しただろ!? っていうか、展開が急すぎる!」
俺の弁明など、彼らの耳には一切届いていなかった。
それもそのはずだ。彼らは『主人公を理不尽に追放する悪役』というテンプレの役割を、スキルによって強制的に演じさせられているだけなのだから。
俺は迫り来る近衛兵たちから逃れるため、窓を突き破り、無我夢中で自分の屋敷へと走った。 学園を追放され、ギルドを追放された。でも、俺にはまだ帰る場所がある。
俺を全肯定してくれたアリア、絶対の忠誠を誓ってくれたリル、そして実家から追放されてもついてきてくれたマリーがいる。
「アリア! リル! マリー! 早く荷物をまとめろ、ここを出るぞ!」
息を切らして屋敷の扉を開け放った俺は――そこで、絶望に凍りついた。
エントランスに立っていたアリアとリル。
彼女たちの瞳からはハイライト(光)が完全に消え失せ、ガラス玉のように濁りきっていた。
「……近寄らないでください、無能」
先ほどまで俺の呼吸すら全肯定していたアリアが、汚物でも見るような冷酷な目で俺を見下ろした。
「国宝を盗むような犯罪者。それに、冒険者ギルドをクビになるような底辺。あなたのような弱い男に、私が惹かれるとでも思ったのですか? 反吐が出ます」
「私を買い取ったのも、全て偽善だったのですね。最悪の主です。あなたにはもう一生ついていきません」
一生お仕えすると尻尾を振っていたリルも、吐き捨てるようにそう言い放つ。 ヒロインたちからの、あまりにも理不尽で手のひらを返すような追放。
頭では分かっていた。これも【【【なろう系主人公】】】のスキルが強制しているイベントなのだと。
それでも、心は軋むような痛みを上げていた。
「マ、マリー……! お前だけは分かってくれるよな!? これは全部、何かの間違いで――」
俺はすがるような思いで、メイドのマリーを振り返った。
彼女だけは、今まで一度もスキルの影響を受けていなかった。俺がどんなテンプレ展開に巻き込まれても、無表情で的確なツッコミを入れてくれる、俺の唯一の心の拠り所だったはずだ。
だが。
俺の足元に、ボストンバッグがポイッと投げ捨てられた。
「マリー……?」
「……」
見上げたマリーの瞳からも、アリアたちと同じように、一切の光が失われていた。
「あなたのような無能な方にお仕えすることはできません。さようなら、アイン」
それまで見せていた『業務的な無表情』ではない。
感情のプログラムそのものが消去されたような、完全な『無』。
テンプレ通りの冷たいセリフを機械のように吐き捨てると、マリーは屋敷の扉を、俺の目の前でゆっくりと、そして無慈悲に閉ざした。 バタン、と重い音が響く。 空からは、いつの間にかの土砂降りの雨が降り始めていた。
屋敷からの追放。
学園からの追放。
ギルドからの追放。
そして、絶対の味方だと思っていた者たちからの、完全な裏切り。
「ああ……ああああ……っ!!」 泥水の中に膝をつき、俺はボストンバッグを抱きしめて絶叫した。
これが、【【【なろう系主人公】】】という呪われたスキルの力。
俺の意志も、これまで築いてきた絆もすべて無意味だと嘲笑うかのような、ただ絶望のどん底に叩き落とされるだけの、理不尽な結末だった。




