EP5 魔法学園
アリアを救出した数日後。
彼女が隣国の姫君であったコネクションと、ギルドマスターの強引な推薦により、俺は王都にある由緒正しき『王立魔法学園』へ特待生として通い出すことになった。
迎えた入学式。新入生たちは順番に壇上へ上がり、巨大な水晶型『魔力計』に触れて魔力値の測定を行っていた。
「次、アイン!」
名前を呼ばれ、俺は壇上へ向かった。
(俺の魔力ステータスは『35』。王立魔法学園では、ごくありふれた数値だ。よし、ここは目立たず平穏にやり過ごそう)
そう思って、水晶にそっと手を触れた、その瞬間だった。
『ピキッ……』
水晶の中心から、小さな亀裂音が鳴った。次の瞬間、カッと目を開けていられないほどの閃光が弾け飛び、ドゴォォォン!! という爆音と共に、頑丈なはずの魔力計が粉々に砕け散ったのだ。
「なっ……!?」
「ば、馬鹿な! あの魔力計は、伝説の宮廷魔術師の魔力すらも計測できる最高級品だぞ!?」
「それを、ただ手を触れただけでオーバーフローさせて粉砕しただと……!?」
教師たちが泡を食って腰を抜かし、新入生たちが悲鳴と歓声を上げる。
(いやいやいや! 違うって! 俺の魔力は35だぞ!? 絶対この魔力計の不良品だろ!)
俺が心の中で必死にツッコミを入れていると、最前列にいたアリアが両手を組み、うっとりとした表情でこちらを見上げていた。
「ああ……規格外の魔力で学園の設備を粉砕してしまうアイン様! 力の加減ができない不器用なところも最高に愛おしいです! さすがですアイン様!」
(頼むからお前は黙っててくれ……!)
ステータスが平凡でも、テンプレ現象が実体化してしてしまう。これが、俺に憑りついている見えざるスキルの力らしかった。
その後の教室でも、俺のテンプレ無双は止まらなかった。
「おい平民上がり! 設備に細工をして目立ったからといって、調子に乗るなよ!」
高位貴族の令息らしき男子生徒が、見え透いた嫌がらせで魔法を放ってきた。当然、俺の体は勝手に動き、華麗なステップで魔法を避け、デコピン一発で彼を気絶させてしまった。
「ああ……初日からこれか」周囲から浴びせられる「すごいわ!」「なんという実力だ!」という称賛の嵐。これが俺の日常になりつつあった。
* * *
そんなある日の放課後。学園の帰り道、俺の足がふと、自分の意志に反して路地裏へと向かった。
(おい、どこ行くんだよ俺の体。今日はまっすぐ帰ってマリーが淹れた紅茶を飲む予定だったのに……)
足が勝手に止まったのは、薄暗い地下にある奴隷商の店先だった。そして俺の視線は、鉄格子の奥でうずくまる一人の少女に釘付けになる。
ボロボロの貫頭衣に首輪姿。銀髪のボブカットに、ピンと立った狼の耳と尻尾を持つ、獣人の美少女だ。
「おや、お客さんお目が高い。その獣人は『呪い』持ちでしてね。故郷を滅ぼされたトラウマで誰にも懐かない、いわゆる『訳あり』の不良債権なんですが――」
(買うなよ、俺。絶対面倒なことになるから買うなよ……!)
そう頭では分かっていたはずなのに、気づけば俺は財布を取り出し、極めて自然に言葉を発していた。
「――いくらだ。俺が買う」
まるで自分自身の確固たる意志であるかのように振る舞ってしまったが、こんな不自然な行動をとってしまうのも、きっとあの黒塗りのスキルのせいだろう。
こうして俺は、スキルの強制力によって訳ありの美少女獣人奴隷を入手したのである。
* * *
「……なぜ、私を買ったの?」
屋敷(ギルドの報酬で借りた豪邸)に連れ帰った獣人の少女――リルは、警戒心を剥き出しにして俺を睨みつけていた。
「いや、なんというか、放っておけなくて……」
俺がため息をつきながら彼女の頭にポンと手を置いた、その瞬間だった。
『ピシュンッ!』という謎のファンファーレのような音が鳴り響き、リルの体を覆っていたどす黒い『呪い』のオーラが、嘘のように一瞬で霧散したのだ。
「え……? ずっと私を苦しめていた呪いが、一瞬で……? ああ、あなたは私の光……!」
リルはボロボロと涙を流し、突如として俺の足元にひざまずいた。
「恩人様! 故郷を失った私に、どうかあなたへの絶対の忠誠を誓わせてください! 私はあなたの剣となり、盾となります!」
(……出会って十分しか経ってないんだが?)
アリアの時もそうだったが、あまりにもチョロすぎる。いや、チョロいというより、まるで『主人公に救われた奴隷は絶対の忠誠を誓う』というシステムに思考を上書きされたかのようだ。
(これもスキルの影響なのか?)
「素晴らしいですアイン様! 哀れな異種族の少女の呪いまで解いて見せるなんて!」
背後から、純白の制服に身を包んだアリアが目をキラキラさせて拍手をしている。
「見ず知らずの奴隷を迷わず買い取るその慈悲深さ! そして無自覚に心を救うその手腕! さすがですアイン様! 全てが尊いです!」
「アリア、頼むから呼吸するように肯定するのはやめてくれ……ちょっと怖いから」
「『怖い』と弱音を吐くアイン様の人間らしさ! ああ、なんという愛おしさでしょう!」
「駄目だこいつ、会話が成立してない」
俺が頭を抱えていると、マリーが静かに近づいてきた。
「アイン様。そちらの野生動物の方には、お仕着せのメイド服と学園の制服、どちらの採寸から行えばよろしいですか?」
「野生動物って言うな。……ああ、制服をお願いするよ」
「かしこまりました。ちなみに狂信者の方には、先ほど防腐剤入りの紅茶をお出ししておきました」
「マリーさん!? 私のお茶だけ味が変だと思ったら!?」
「気のせいです。さすがアリア様、素晴らしい味覚ですね」
「えっ、あ、はい。……って、誤魔化されないですよ!?」
相変わらず無表情で毒を吐くマリーと、それに抗議するアリア、そして俺の足元で「一生お仕えします!」と尻尾を振るリル。
学園では無双し、家に帰れば美少女たちに囲まれる。傍から見れば、俺はテンプレどおりの順風満帆な生活を送っていた。しかし、俺の心の中にある『やらされている感』と『薄ら寒さ』は、日増しに膨れ上がっていく。
* * *
その夜。自室で一人、俺はステータスウィンドウを開いた。
名前:アインハルト・フォン・グランツ
スキル:【洗濯】Lv1
【【アイテムボックス】】Lv2
【【鑑定】】Lv2
【【スキル成長10倍】】Lv2
███
「……なんだこれ」
俺は息を呑んだ。一番下にある、もやがかかっていた黒塗りのスキル。
最初は完全なもやがかかっていたその文字が、心臓の鼓動のようにドクン、ドクンと明滅し、薄っすらと『な』という文字を浮かび上がらせていたのだ。 これが、俺の平穏な(?)日常を完全に崩壊させる大惨事への、始まりの合図だった。




