EP2 鑑定の儀
二度目の生を受けてから、十五年の月日が流れた。
俺の新しい名前は、アインハルト・フォン・グランツ。
グランツ家は、領地を不当に搾取したり民を虐げたりするような悪役貴族ではない。至って「普通」の、そして少しばかり見栄っ張りで世間体を気にする貴族家だった。
『鑑定の儀』を数時間後に控えた自室で、俺は一人、小さく呟いた。
「ステータスオープン」
ピロッ、という音と共に半透明のウィンドウが展開される。
名前:アインハルト・フォン・グランツ
筋力:85
魔力:120
俊敏:78
運:15
スキル:【洗濯】Lv1
【【アイテムボックス】】Lv1
【【鑑定】】Lv1
【【スキル成長10倍】】Lv1
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「ふむ……」
俺は何度目かになる自分のステータス数値を眺め、改めて実感していた。
「やっぱり転生前の『佐藤健』だった頃と比べると、軒並み跳ね上がってるよな……」
この十五年で嫌というほど分かったが、どうやらこの世界の人間は、地球人よりも基礎的な身体能力が遥かに高いらしい。
「前世の俺、こっちの世界の子供に負けるとか弱すぎだろ……。あのまま王城に残されたクラスメイトたちは、大丈夫かな」
俺はふと彼らの安否を心配しつつも、画面を眺めた。
「まあ、あいつらは俺みたいに追放はされてないだろうしな。それにしても、この【洗濯】っていうスキルは、きっとこの体が元々持っていた天性のスキルなんだろうな」
以前、俺付きのメイドであるマリーにさりげなく探りを入れたところ、この世界で『ステータスオープン』などと唱えて画面を出せる者は普通いないらしい。
彼女の話によれば、この世界の常識はこうだ。
・普通の人間はスキルを1つしか得られない。
・スキルレベルの最大値は10。
・長命種の中には稀に【【スキル名】】で表される上位スキルを持つ者がいる。
・通常スキルをレベル10までカンストさせると、上位スキルに進化するという噂がある。
「マリーにもこの画面は見えなかったしな。俺がステータスオープンを使えるのは、俺が異世界からの転移者だからか……あるいは、この相変わらずもやがかかって黒塗りされているスキルのせいだろうな」
俺はウィンドウを閉じ、身支度を整えた。
今日は十五歳になった者の天性を測る『鑑定の儀』だ。だが、不安はない。
魔道具で見れるのは『スキル』のみであり、ステータス数値は表示されない。だから、王城の時のように全項目「∞」が出て化け物扱いされるようなことにはならないだろう。
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そして、屋敷のホール。
「さあアインハルトよ。魔道具に手をかざしなさい。我がグランツの名にふさわしい、見事なスキルが発現することを期待しているぞ」
父親が、期待に満ちた眼差しで俺を見つめる。俺は自信満々で、台座に置かれた水晶玉に手を触れた。
ポンッ、と気の抜けた音と共に、空中に文字が浮かび上がる。
発現スキル:【洗濯】
「…………は?」
父親の口から、間抜けな声が漏れた。
見守っていた母親も、親戚たちも、屋敷の使用人たちも、全員が水を打ったように静まり返る。
俺は内心で焦った。
(おい待て、なんで神様からもらったチートスキルが表示されない!?……そうか、神様に貰ったスキルは上位スキルだから、普通の魔道具では読み取れず隠蔽されてしまったのか!)
「せ、【洗濯】だと……? 剣術でも魔法でもなく、平民の家事が……?」
「あなた、嘘でしょう!? グランツ家の長男が、そんな地味すぎるスキルだなんて!」
両親は顔を真っ青にして頭を抱えた。俺は慌てて弁明した。
「ま、待ってください父上! 魔道具には出ませんでしたが、俺には他にも【【アイテムボックス】】というすごい上位スキルがあるんです! 今ここで証明してみせます!」
俺は台座の上の水晶玉に手をかざし、念じた。
(しまえ、『【【アイテムボックス】】』!)
――だが、何も起きない。空間は歪まず、水晶玉は台座の上に鎮座したままだ。
(えっ……!? なんでだ、昨日は部屋のリンゴを普通に出し入れできたのに……!?)
焦った俺は【【鑑定】】も試みようとしたが、頭の中に一切の情報が流れてこない。
まるで、頭の奥に見えない壁が立ちはだかり、スキルを力づくで遮断しているかのような感覚だった。
冷や汗を流しながら虚空に手をかざし続ける俺を見て、父親の顔が怒りで真っ赤に染まっていく。
「……ええい、見苦しい! 己の無能を誤魔化すために、見え透いた嘘をつくとは!」
父親の怒声がホールに響き渡る。
「他家の貴族たちに知られてみろ! 『グランツ家の跡取りは洗濯夫だ』と末代までの笑い者になる! ええい、世間体に関わるわ! アインハルト、貴様など今日限りで勘当だ! この家から出ていけ!!」
普通の貴族家ゆえに、彼らは世間体と家の体裁を何よりも恐れた。
こうして俺は、「我が家の恥だ」という理由で即座に追放されることになったのである。
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数時間後。
屋敷の裏口から、小さなボストンバッグ一つで追い出された俺は、夕日に向かって盛大なため息をついた。
「二度目の人生も、あっさり追放かよ……」
「お荷物をお持ちいたします、アインハルト様」
「うおっ!?」
背後から不意に声をかけられ、振り返る。
そこには、漆黒の髪をシニヨンにまとめ、一切の装飾がないクラシカルなメイド服を着た少女が立っていた。無表情なメイド、マリーだ。
「マリー? どうしてここに。俺は勘当されたんだぞ」
「はい。存じております。ですが、私はアインハルト様付きのメイドとして雇われておりますので」
「いや、雇い主の親父に怒られるだろ」
「問題ありません。先ほど暇乞いを出してきましたので」
彼女は淡々とそう言い切ると、俺の手からひょいっとバッグを奪い取った。
親に見捨てられ、ハズレスキルだと嘲笑われた俺に、忠実なメイドが一人だけついてきてくれたのだ。
「……そうか。物好きだな、お前も」
「恐縮です。ところでアインハルト様、これからどうなさるおつもりで?」
「そうだな……まずは冒険者ギルドを探して、登録するかな」
俺は、神様からもらったチートスキルが隠されている右手を軽く握りしめた。
「あと、今日からグランツの名は捨てる。アインハルトじゃなく、『アイン』と呼んでくれ」
「かしこまりました。アイン様」
俺はそう言うと、マリーの手からひょいっとボストンバッグを奪い返した。
「……アイン様?」
「荷物はこれでいい。『【【アイテムボックス】】』」
俺が小さくスキル名をつぶやくと、ボストンバッグは空間の歪みに吸い込まれるようにして、一瞬でフッと消え去った。
(……やっぱり使える。部屋を出た瞬間、あの頭を締め付けるような感覚が消えたんだ。……なんだ? まるで、俺をこの家から追い出すために、何者かがスキルを止めていたみたいじゃないか……?)
「……っ!?」
常に無表情を崩さなかったマリーの目が、これ以上ないほどに丸く見開かれた。
「ア、アイン様!? 今のは……伝説級の空間収納魔法!? なぜ、【洗濯】スキルしかお持ちでないはずのアイン様が……!?」
「ふっ、秘密だ。俺には、まだまだ隠し玉があるってことさ」
少しだけ得意げに笑い、俺――アインは、まだ呆然としているマリーを連れて、王都の冒険者ギルドを目指して歩き出した。




