EP12 魔王
魔界の最奥――魔王城の玉座の間へと足を踏み入れた。
「……よくぞここまで来たな、勇者アインよ」
禍々しい玉座から響いてきたのは、地獄の底から響くような恐ろしい重低音――ではなく。
鈴を転がすような、高く可愛らしい声だった。
巨大な玉座にちょこんと座っていたのは、漆黒のフリルドレスを着た、角の生えた銀髪の幼女だったのだ。
「お前が、魔王?」
「いかにも! 我こそがこの魔界を統べる者、ルルである!」
幼女魔王ルルが、短い腕を組んでふんぞり返る。
以前の俺なら「なんだこの展開は!?」と驚き、最終的には『実はいい子だった幼女魔王をよしよししてハーレムに加える』というテンプレルートに乗っていただろう。
だが、【【【なろう系主人公】】】のスキルを完全に掌握した今の俺には、彼女がなぜそんな姿をしているのか、痛いほどに理解できた。
「……なぁ、魔王。お前、本当はそんな姿じゃないだろ」
「なっ……!?」
「『敵の親玉である魔王すらも、実はロリっ子で主人公にデレる』。俺に憑りついていた【【【なろう系主人公】】】のスキルが、ラスボスであるお前にまで『都合のいいヒロイン』の属性を強制的に押し付けていたんだな」
俺が静かにそう告げると、幼女魔王ルルは目を見開き、やがてワナワナと小さな肩を震わせ始めた。
「……そうだ。その通りだ!!」
ルルは玉座から飛び降り、血の涙を流さんばかりの悲痛な叫び声を上げた。
「余は……余はな! 本来は身長三メートルを超える、筋骨隆々で禍々しい大魔王だったのだ!!」
「やっぱりか。……災難だったな」
「災難どころではないわ! 貴様という『なろう系主人公』がこの世界に現れ、スキルのレベルを上げるにつれて、余の体は少しずつ縮み、言葉遣いも丸くなり、果てはこの『ルル』などというマスコットのような名前まで強制的に固定されたのだぞ!!」
屈強な大魔王が、ある日突然フリルドレスの幼女にされ、ルルちゃんと呼ばれる日々。
それは、誇り高き魔界の王にとって、死よりも辛い精神的屈辱だったはずだ。
俺は持っていた剣を床に突き立て、真っ直ぐに彼女……いや、彼を見た。
「悪かった。俺がクソスキルの言いなりになっていたせいで、お前にも泥を塗っちまった」
「……貴様、余を憐れむというのか」
「違う。お互い、ふざけたシステム(神)に人生をオモチャにされた被害者同士だろ。だから……俺はもう、お前を『可愛い幼女』としては扱わない。誇りを取り戻せ、魔王。俺は、お前自身の全力と戦いに来たんだ」
俺の言葉を聞いた魔王は、一瞬呆然とした後――その小さな唇に、凶悪な牙を剥き出しにした笑みを浮かべた。
「ククク……フハハハハハハ!! 貴様、本当にあの『都合のいい勇者』か!? まさか主人公自らが、このふざけたシナリオを放棄するとはな!」
魔王の小さな体から、玉座の間を吹き飛ばすほどの凄まじい魔力の嵐が吹き荒れる。
俺は反射的に、眼前の存在へ向けてスキルを発動させた。
(【【鑑定】】)
だが、目の前に展開されたステータスウィンドウは、強烈な魔力の『結界』のようなノイズに弾かれ、筋力や魔力といったステータス項目がすべて文字化けして読み取れなかった。
ただ、その強固な結界を突き破り、たった二つの情報だけが赤黒く表示される。
名前:大魔王ヴォルガノン
スキル:【【【魔王】】】
『――警告。対象から同格の最上位スキルを検知』
『【【【なろう系主人公】】】の強制力が弾かれました』
俺の脳内に無機質なアナウンスが響く。 世界のルールすら変えられるバグスキルであろうと、完全に同格のスキルには干渉できないのだ。
魔王は俺の力を借りず、自らの力だけで『ヒロイン化のデバフ』を打ち破ったのである。
バキバキと音を立てて、幼女の肉体が肥大化していく。
可愛らしいドレスが弾け飛び、その下から現れたのは、分厚い鋼のような筋肉と、天を突くような巨大な角。
全身からどす黒い瘴気を放つ、真の『絶望』の姿だった。
「おおおおおおっ……!! 戻った、戻ったぞ!!」
魔王は両腕を振り上げ、魔界全土を震わせるほどの歓喜の咆哮を上げた。
「待たせたな、異端の勇者よ!! 貴様の望み通り、手加減は一切せん! 鑑定で見えたであろう、我が真の名は、大魔王ヴォルガノン!! 貴様の傲慢な魂を、我が全力をもって粉砕してくれるわ!!」
「上等だ、ヴォルガノン。テンプレ抜きの、本当の殺し合いをしようぜ!」
互いにシステムの呪縛から解き放たれ、同格の最上位スキルを持つ俺と大魔王は、真っ向勝負へと突入した。




