第8話 自分のエゴとメイド
専用の待機室に戻った俺はまたまたソファーに倒れ込んだ。
頭の中にはクッキーにかぶりつくフィーリア、美味しそうにもぐもぐするフィーリア、俺を見てにっこりと笑うフィーリア……。
とても綺麗で、可愛くて……。クリスティンが言っていた「慎ましい」という言葉の意味がよくわかった。恥ずかしがり屋で、引っ込み思案で、あぁなんて可愛らしいんだ。
頭を抱えるほどの感情に押しつぶされていた俺はふと急に罪悪感に襲われた。
——どうして彼女のリクエストを聞かなかったんだろう。
俺は、スイーツを頼まれて彼女の意見を聞くではなく自分よがりなものを作ってしまったのだ。俺は騎士を目指していたのに、全く何をやっているのだ。俺は彼女の専属なのだから彼女が今食べたいものを聞いて作るべきだったのに。
「お待たせしました」
クリスティンは分厚い封筒を持って部屋の中に入ってきた。報酬100万ゴールドである。こんな大金、初めて見た。分厚い札束。
「ご安心ください、馬車で安全にお送りします」
「はい。お願いします……」
この大金を持って、街を歩くのは怖すぎる。というか、この金はどうしようか。人生のほとんどの時間を寄宿学校の中で過ごしてきたのであまり物欲がない。金の使い道があるとすれば、フィーリアのためにスイーツを食べて覚えておきたい……くらいしかない。
「それではこちらへどうぞ」
***
「クリスティンさんもついてきてくださるんですね?」
馬車の中、俺とクリスティンは向き合って座っている。ゴトゴト、ガタガタ、小刻みに揺れている。
「お嬢様が、カイノ様をしっかりとお送りするようにと」
「そうですか。あのクリスティンさん」
「なんでしょう」
「もし、ご存知でしたらフィーリアさんの好みを聞きたくて」
クリスティンは無表情のまましばらく沈黙した。それから、何かを思い出したのか不意に口を開く。
「お嬢様は、昔……ナディア様と食べたパンケーキを気に入っておりました」
「パンケーキですか、朝食の?」
「いえ、ケーキ屋のパンケーキでございます」
パンケーキというと、たまに朝食で食べるものを想像していたがスイーツのイメージは全くない。ワンプレートの朝食で目玉焼きやベーコンと一緒に食べる主食のイメージだった。甘さは確かに生地は甘いけれどバターをたっぷりかけてしまうのでしょっぱいし。
「ケーキ屋ですか、それって」
「王国第一洋菓子店のパンケーキでございます」
むちゃくちゃ高級店である。
「ルギャルーの名で予約しますか。あの店は予約がないとカフェ部分に入れませんから。庶民が予約をしてもおそらく数年待ちでございますから、いかがですか」
「お願いします」
「では、明日の15時で予約をしますので」
「え、でもまだ」
「公爵家ですから問題ございません。遅れずに向かってくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
クリスティンはまた沈黙、やっぱり彼女は仕事人だ。必要最低限のコミュニケーションのみ。でも自然と居心地は悪くなかった。
「クリスティンさん、フィーリアさんは甘いものがお好きですよね?」
「はい。お嬢様は甘いものに目がございません。ですが、ご事情があって今は外出ができませんのでこうしてパティシエを」
「あの、どうして……」
「それは、お話しできません。お嬢様からも主からも許可が出ておりませんので」
彼女は外出ができないらしい。
それがなぜなのか、聞きたかったけれどまだダメだということ。彼女はもしかして、スキル関連でなにか問題を抱えているのではと俺は推測する。魔物研究所への就職後すぐの退職、そして首席だった女学園も不登校になったこと。
「そうですか、複雑……なんですね」
「お嬢様は貴方に期待をしておいでです。なので、今はスイーツを作ることに集中していただけると助かります」
「もちろんです。俺は雇われのパティシエですし、庶民ですから」
あははと苦笑いしてみたもののクリスティンは真剣な表情のままだった。彼女の愛想がないのか、フィーリアの事情がもっと根深いものなのかはわからないけれど、少しずつでいいのでフィーリアのことが知りたいなとも思った。
「どうして公爵は俺を?」
「私は知らされておりません。ただ、カイノ様をお選びになったのは公爵本人でございます。このようなことは初めてですので、私も何がなんだか」
肩をすくめた彼女はふぅとため息をついた。
どうやら、フィーリアに専属パティシエが着くのは俺が初めて。倹約家の公爵は費用を節約するために俺を選んだのか? うーん、1番の謎である。
「これからよろしくお願いします」
「カイノ様、お嬢様は……そのスイーツが。いえ、そのスイーツだけが楽しみなのです。私がお伝えできるのはそれだけです。ご承知ください」
「ありがとうございます、クリスティンさん」
「クリスティンとお呼びください。私は、報酬からみてもカイノ様より立場は低いのです」
「いえ、先輩にそういうことは」
「そうですか。それではお好きにどうぞ。次の勤務については改めてお知らせのあとお迎えにあがります。おそらく1週間くらいだと」
少しだけ彼女が心を開いてくれたような気がした。馬車がもうすぐ俺の家に着くだろう。金がもらえて嬉しいとかそんなことよりも、早く次の呼び出しのために美味しいスイーツを学びたい気持ちでいっぱいだ。




