第9話 王国第一洋菓子店
「おはようございます」
朝7時に起きて朝食を取っていた両親に挨拶をした。結局あの報酬は数万ゴールドのお小遣いをもらいあとは父に管理してもらうことになった。あまりにも大金すぎて使うにも使えないし、何より持ち歩くのは怖すぎる。
「カイノ、今日は早いな」
「父さん。今日は王国第一洋菓子店にパンケーキを学びに。公爵家のご厚意で予約を取っていただけたので勉強をと」
「そうか、母さんと相談したんだが……一人暮らしをしなさい」
一人暮らし。
考えたことがなかった。ずっと寄宿学校にいて、もし騎士に慣れた場合はそのまま寮に入ることになっただろうから一人暮らしというのは想定外だった。騎士となって爵位をもらった後は家を買うか結婚して御令嬢側の家に行くか……まぁ今はないことだけれど。
「一人暮らし、はい。やってみます」
「最初は難しいだろうから母さんに頼りつつ自立するように。それで、公爵令嬢さんはどうだった?」
「とてもお優しい人でした。是非次もお願いしたいと言っていただけて」
「そうか。菓子を作っている時、辛くはなかったか」
父の言葉は俺の俺に突き刺さる。確かに、昨日クッキーを焼いている時ちょっとだけ心が苦しかった。自分のスキルを使っている時、俺にはこれしかないのだと虚しい気持ちにもなったし、そんなことを思っている自分に罪悪感もあった。
「少し辛かったですが、フィーリアさんの笑顔をみて吹っ飛びました」
「それはどういう意味だい?」
「彼女が俺が作ったスイーツを食べて、笑顔で美味しいと言ってくれたのが嬉しかったんです。誰かから感謝されることが……嬉しかったんだと思います。騎士として誰かを守ることも俺がパティシエとして美味しいスイーツを提供することも似通っているのかもなんて……」
「そうだな。誰かを幸せにすること。その目標は騎士も他の職業も同じだろうね」
コーヒーを飲む父は嬉しそうで、母も同じく笑顔だった。
両親にやっと自立して見せられるのかもしれない、俺もそれが自分で生きる第一歩だと思う。
「カイノ、自分で金を稼ぎ自分で暮らすことに慣れなさい。私たち親はいつまでも生きているわけじゃない。君の生き方は君の自由だから口出しはしないが……立派な大人になってくれ」
「はい、お父さん」
食べたい時に食事が用意されていること、洗濯も掃除も全部自動で終わっているけれどそれは母さんがやってくれていること。家の管理や毎月の生活費は父さんが稼いでくれているから。何もしなくても生活していける「子供」の時代は終わるのだ。
俺は自分の生活のために働き、金を管理し、家事をして暮らしていく。それが大人だから。
「今の仕事の状況じゃ、部屋は借りられないだろうから父さんが口を聞いてやる。そこまでは協力してあげるからあとは頑張るんだぞ」
***
王国第一洋菓子店は大繁盛の人気洋菓子店である。店は3階建てになっていて2階はレストラン&カフェスペース。こちらは完全予約制で噂じゃ貴族とその関係者だけしか予約を取ることができないらしい。
これは完全なる庶民側の噂であるが、実際にここに来て事実なのではと思い始めている。2階に向かうためには店舗スペースとは別の入り口があり、そこにはドアマンがいて予約名を伝えないとならない。
「えっと、今日予約を」
俺が名前を言う前にドアマンはにっこりと笑って
「ルギャルー公爵様のお名前でご予約がございました、専属パティシエのカイノ様ですね。ようこそ、王国第一洋菓子店へ」
屈強なドアマンがそう言うとすぐに店内から案内役の綺麗な女性が出てきた。真っ赤なカーペットの敷かれた高級感溢れる店内、何組か客がいるが全員貴族だ。俺がめちゃくちゃ浮いている。
白いテーブルクロス、ティーセットは確実に高級品。店員も超一流で、客も貴族ばかり。俺の知らない世界で驚きつつも、今日は遊びに来たわけではなく勉強にきたのだ。
「ご注文をお伺いします」
「パンケーキをお願いします」
「パンケーキでございますね。かしこまりました」
ウェイターに注文を伝え、待ち時間の間は紅茶を飲む。多分、高級品なのだろうけど俺には味がよくわからない。スキルがあればわかるのかな。
しばらく待つと、ウェイターが銀色のトレイを手に優雅に乗せてこちらへ歩いてくる。
「お待たせいたしました。パンケーキでございます」
カトラリーは銀製で店のロゴが持ち手に入っている。皿はシンプルな白い皿でパンケーキは2枚だが、スイーツ仕様でまるでスポンジケーキのように分厚くでふわふわ。上にはバターではなく蜂蜜がたっぷりかけられているし、皿の端にはホイップクリームとチョコクリーム。
甘いものに甘いものを重ねていくスタイル。つい先週までの俺なら食べようとも思わなかっただろう。甘いものは苦手だし。
でも今は違う。
これは、フィーリアさんに笑顔になってもらうための勉強なのだ。彼女の可愛らしい笑顔を見たくて、喜んで欲しいと思う。
パンケーキにナイフを入れると思った以上に柔らかい。ふわっふわの泡のような感じ、一口大に切ってまずはそのまま食べる。ふわふわの食感、めちゃくちゃ甘いのかと思いきや意外と甘くない。卵とバターの香りは芳醇で蜂蜜の優しい甘さに包まれているような感じ。上品な味だ。
次はホイップにつけて食べてみると、一気にスイーツ感が増してケーキを食べているみたいだった。なにせホイップが少し硬めなので食べ応えがあり、こちらもまた甘すぎない。
チョコクリームは味変にめちゃくちゃいい役割を果たしており、チョコのほろ苦さが口をスッキリさせてくれた。
——パンケーキ
俺の脳にレシピが浮かんでくる。卵の卵黄と卵白の比率や使う時の温度、泡立て具合、分量や混ぜる順番まで。材料さえあれば、似たようなものは作ることができるだろう。熟練のパティシエの作るものと並べたら絶対に勝てないかもしれないけれど……俺だって頑張れるはずだ。
「お代は公爵様からいただいておりますので」
まさか、そこまで手厚いとは。
おそらくクリスティンが気を聞かせてくれたのだろう。次の呼び出しの時は彼女の分もちゃんと作ろうと思った。




