第4話 ルギャルー公爵家のメイド
新聞社に1週間通い詰め、ルギャルー公爵家の情報を学んだ。
先代までは、主に領地運営がメイン。歴代当主のスキルは様々だが<鑑定>系が多いようだった。先代公爵は、古物鑑定というスキルを持っていて王宮で職務について、大儲けしたとか。先代は金遣いも荒く、領民からの信頼も薄いいわゆる「お貴族様」だったそうだ。
お貴族様というのは庶民が使う貴族に対する蔑称で、傲慢だったり問題行動をするような奴らのことをいう。良くない発言や行為でも貴族だから許される、貴族だから見逃されるなどというようなことが……まぁあるのだ。
ルギャルー公爵、現在の当主であるランド・ルギャルー公爵は「お貴族様」とは真逆の評価を受けている人だ。ジュエノリーゼ王国裁判所の裁判長を務め、日々国の安定に貢献している。彼は非常に倹約家かつ領民への還元も多いことで有名だ。
ルギャルー公爵夫人は次女のフィーリアを産んだ時に亡くなっており、彼は後妻をとらず2人の娘を育て上げた。
長女のナディアは、王立の女学園で主席卒業したあとは優秀なスキル<魔力供給>を活かして医療の分野で活躍、その後王族の血縁(王子の従兄弟)と結婚し王族入りを果たしている。
次女のフィーリアは、王立の女学園を主席、魔物研究所に入所したが……数ヶ月で退所。その後は経歴なし。彼女の16歳の誕生日は俺よりも数ヶ月前なので成人後スキルが開花してすぐに退所して女学園も通えていないようだ。
——フィーリア嬢は引きこもり……?
女学園は、16歳の4年生が最終学年。誕生日を迎えてスキルが開花した子たちは卒業前にインターンという形で働き始めると聞いたことがある。魔物研究所といえば、かなりの上級職なので彼女は良いスキルを開花させているはずだ。情報は、最近のことすぎて詳細書かれていなかったけれど。
ルギャルー公爵家は潤沢な資金と輝かしい歴史を持っていて、けれど今は真面目な父と優秀な姉がいることはわかったが、肝心のフィーリア嬢のことはあまりわからずじまいでその日を迎えた。
「お迎えにあがりました。カイノ様」
狭い玄関には似合わない上品なメイド服。黒髪を後ろでシニヨンにし、しっかりネットでまとめている。頭につけているホワイトブリムは白いエプロンと揃いのレースで編まれており、こちらも高級品なのがみてとれる。
「ルギャルー公爵家、専属メイドのクリスティンと申します」
クリスティンは、黒いスカートを広げるように持ち上げて膝を折って挨拶をした。俺もそれにあわせて軽く頭を下げる。
「カイノ・バーシェと申します」
「カイノ様、この度はオファーをお受けいただいたこと、主に代わってお礼申し上げます。これからは、フィーリアお嬢様のパティシエとして従事いただきます」
「あの、わざわざ迎えに?」
「はい、カイノ様がお屋敷にいらっしゃるまでに怪我をしないようにとお嬢様が」
ここまで話していてクリスティンの表情は動かないまま、無表情ではないけれど愛想もない。淡々と上品に言葉を紡ぐ。ただ、そこには緊張感があって……なんというか愛想の悪い上品な猫と対話しているような感じだ。
「ありがとうございます」
「いえ、仕事ですので。それではもうご準備は」
「はい。すぐに出られます」
身分証と貴重品だけ。小さなポシェットバッグを身につけている。服はあちらで制服を用意しているとのことで着替えやすい普段着にしていた。
クリスティンと一緒に玄関を出ると、びっくりするくらい大きな馬車が家の前に留まっていた。一般庶民が住んでいる区画ではあまりみないような、どでかい馬車で黒く大きな馬が2頭並んでいる。ルギャルー公爵家の家紋の入ったキャビン。車輪が少し古そうなところを見ると、先代の当主が大金をかけて作った少し古いものだろう。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
キャビンの中は意外と……質素。ここは倹約家である今の当主がリフォームしたのだろう。キャビンの中の椅子は古めの革が張られていて無駄な装飾はない、小さなテーブルと備え付けの収納があるだけで中には何も入っていない。
クリスティンと俺は向かい合うように座る。馬車に乗るのはいつぶりだろうか。小さい時、父が勤める新聞社の社長が子爵の爵位を持っており彼の家にお招きいただいた時に乗ったくらいか。馬の蹄の音が心地よくて子供の頃は好きだった。
大人になってみると、意外と乗り心地が……悪い。がたがた。ごとごと。尻も少し痛む。目の前のクリスティンが上下に揺れていた。
「あの、公爵令嬢さんはどのような方で?」
「フィーリアお嬢様は、そうですね。とても慎ましい方だと」
「慎ましい……そうですか」
話は続かない。クリスティンは話を続ける気がない、のではなく俺に伝えることがないのだろう。彼女は仕事でここに来ているのだから、俺と世間話をする必要がないのだ。
慎ましい人。つまりは静かな人ということだろうか。寄宿学校には女性もたくさんいたが「慎ましい」人はいないように思う。みな、野心たっぷりで好戦的だったり冷徹で人となりが読めなかったり。何よりも剣を持って戦おうという人たちなので「慎ましい」とは真逆の存在だと思う。
「お屋敷に到着しましたら、まずは制服にお着替えください。その後、フィーリアお嬢様へのご挨拶を。もしお嬢様がスイーツのリクエストがありましたら、スイーツの準備をお願いします」
「はい。かしこまりました。あのクリスティンさんの他にメイドの方は?」
「いません。現在、お屋敷にはフィーリアお嬢様しか住んでおられませんので。公爵は裁判所の近くの別荘にお住まいになっておりますし」
「そっちはメイドさんが?」
「いえ、おりません。公爵はお一人で」
倹約家とは知っているが、まさかメイド1人雇わず自活する貴族がいるとは……。先代が失った信用を取り戻すためにそこまでするのか。実際に彼が当主になってからルギャルー公爵家の領地はかなり状況がよくなったらしい。領民の満足度の回復は新聞記事にもなっていたからな。
「ちなみに、本邸はどのくらいの使用人さんがいらっしゃるんですか?」
「私のみです」
「え? クリスティンさんが1人で?」
「はい、定期的に職人に庭園の手入れをお願いしますが専属ではなく外注でございます」
「シェフ……とかいないのですか?」
「はい。私のスキルは<家事>ですので、料理・掃除・洗濯は最大効率かつ最高品質でご提供させていただいております。今本邸にいらっしゃるのはフィーリアお嬢様だけですので」
愛想のない彼女から感じる「圧」のようなものの原因がわかった。彼女はプロフェッショナルなのだ。メイドという職業に彼女の<家事>というスキルが見事にマッチしていることで、仕事に対する圧倒的な自信やプライドが生まれているのだろう。単純に彼女がクールな雰囲気の美人だというのも理由かもしれないが。
「もしお屋敷のことでわからないことがありましたら、私をお呼びください。もう着きますので」
そう言われて車窓に視線をやると、すっかり高級住宅街に入っていた。何十部屋もあるような豪邸が立ち並び、歩いている人間の装いも庶民とは全く違う。一瞬、甲冑を身につけた騎士が目に入って俺はさっと車窓から視線を外す。
だめだ、やっぱりまだ騎士をみると心臓が苦しくなる。
「どうかされましたか」
クリスティンの静かな声に俺は必死で愛想笑いした。
「いえ、人生2回目の馬車で少し酔っただけです」
クリスティンは「そうですか」答え、それと同時に馬車が動きを止めた。ブルルルと馬たちが唇を鳴らす音が響き、御者がキャビンの扉を外から開けた。




