第3話 怪しげなオファー
目覚めると既に昼を回っていた。俺はどれだけ睡眠を取れば気がすむのだろうか。
カーテンを開けて日差しを浴び、家族のいる1階へと降りる。今日は休日のため父もリビングでくつろいでいた。
「おはよう、カイノ」
「おはよう。父さん」
父・マックス・バーシェは国営の新聞社に勤める記者である。彼は、文章記憶(話した言葉を文章にして完璧に記憶ができる)というスキルを開花させていて、庶民にしてはかなりの高給取りである。そのおかげで俺は貴族も通う寄宿学校に住み込みで通えていた。
1人用のソファーに深く座り、新聞を読んでいる金髪の紳士。父は細くて腕っ節は弱いが学園での勉強の成績はよかったと母から聞いたことがある。
「少しは元気になったかね」
「はい。おかげさまで。今は、洋菓子店やレストラン……俺のスキルを活かせそうな場所で働けないか模索してます」
「カイノ、座りなさい」
「はい」
彼が座っているソファーの向かい側の2人掛けのソファに腰掛ける。
「スキルを必ずしも活かさなくとも、働くことはできる。カイノは甘い物が苦手だろう。無理をしてはいけないよ」
「はい……」
「でもね、君は今まで非常に頑張ってきた。それは俺も母さんも知っている。だからこそ、今持っているものを最大限に利用したい君の気持ちはよくわかっているつもりだ。それに、君が持っているものはスキルだけじゃない。騎士になるために頑張ってきた今までの全てが君の血となり肉となっている。無駄ではない」
「父さん、何を?」
彼はソファーの脇にあった四角いビジネスバッグの中から封筒を取り出した。大きめの茶封筒、洒落た金箔が押されていて高級感漂う……何かのサイン?
「これは、君宛のオファーだ。昨日の夜に父さん宛に新聞社に届いてね。聞いたことはあるかな? ルギャルー公爵家」
——ルギャルー公爵
確か、ジュエノリーゼ王国裁判所の裁判長を勤めている方だったはず。寄宿学校の法律の授業で裁判所を見学した際にさらっと説明を聞いたような。
「あの裁判所の……?」
「あぁ。今は裁判長をしている方だ。彼から君にオファーが来たんだよ」
「裁判長……から?」
「とにかく、読んでみなさい」
書類を手に取って、目を通すとそこには確かに俺の名前が書かれている。
「次女・フィーリアの専属パティシエ? 1回の菓子提供毎に100万ゴールド?!」
多くの一般庶民のお給料は20万〜40万ゴールドくらい。俺が就職しようとした洋菓子店も大体20万ゴールド前後だ。つまり、1回の勤務で100万ゴールドというのはかなりの高待遇、というか超有名なパティシエレベルだろう。
「あぁ、書かれている通りだ。ルギャルー公爵家のサインは本物、帰りに役所でサインの確認をしてきたからね。カイノにこのオファーが来た本当の理由はまだわからないけれど、君は寄宿学校で初めて4年連続トップ成績だっただろう? そういう部分を公爵は評価したんじゃないかと思っているんだ」
「評価……」
「お金の感覚は、ちょっと俺にはわからないけれど。受けてみたらどうかなと母さんとも相談したんだが、カイノはどう思う?」
どう思う、と言われて率直な感想は「わけわからない」である。どうして、まだ就職経験もパティシエとしての修行もできていない俺が貴族様の専属に勧誘されているか。その理由が不明なのだ。寄宿学校で良い成績だったことと、パティシエとしての実力は全くの別物。
ましてや、俺と同じ歳のご令嬢が相手なのだ、普通は女性の専属パティシエをつけるのじゃないだろうか。
だから、どうしたって俺を呼ぶ理由がわからないのだ。
「わけわからないのが本音です。でも、パティシエとして成長するには良い機会だと思います」
「君は本当にパティシエになりたいのかね」
父の瞳は懐疑的だ。
新聞記者として、長年多くの取材をしてきた目や耳を簡単嘘では騙せない。俺の心の揺らぎや本心を彼はきっと見透かしている。
「わか……りません」
「わからないのに、受けるのか? やりたくないことをやるのか。本当にそれでいいのか」
「それは……今持っているスキルを活かした方が」
「違う」
彼は俺の言葉を強く遮った。言い訳を並べようとしたのがバレたのだ。
「騎士にはなれない。戦闘系のスキルがないと騎士の試験は合格できないだろう。ただ、寄宿学校の経験を活かせば、戦闘系のスキルがなくとも君の希望に近い仕事を見つけることができるんじゃないか? 世の中にはスキルを使わずに生きる人もたくさんいるのだよ。君とって、そのスキルは一種のトラウマだ。使うたび辛い気持ちになるのじゃないか?」
父の言う通りだ。
俺はスキルを使うたびに胸が締め付けられるような思いになる。欲しくなかったスキルで、でも誰かにとっては欲しいスキルで……虚無感と罪悪感でいっぱいになるのだ。
でも、これ以上実家に甘えて自堕落な生活を送るのは嫌だと思う気持ちの方が強かった。
「俺は騎士を目指していた人間です。どんなに過酷で辛い状況でも最善を尽くすのが騎士です。自分の気持ちや心を優先して甘えることはしたくないです。いただいたオファーを真摯に遂行したい。それが答えです」
少しだけ沈黙が流れた。父の表情がふっと崩れた。
「そうか、ならそうしなさい。返事は新聞社経由で返しておくよ」
不思議なオファーを受けることになって、俺の就職先(?)が決定した。
「父さん、公爵についてですが」
「わかっている。明日の朝は7時に起きなさい」
「はい」
新聞社にある公爵に関わる記事を読むのだ。裁判長である彼は多くの記事に載っているはずだし、インタビューも多く受けているはずだ。王立の新聞社に貯蔵されている過去の刊から彼やご令嬢に関する情報を得る必要がある。それを父もわかっている。
「カイノ、紅茶でも飲みながら話そうか」
「はい」
父さんはやっと笑顔になった。彼はあまり俺を心配していないように思っていたのだが違ったらしい。立ち上がると俺よりもすらっと大きく細い彼はさっさと台所へ行ってしまった。俺は改めてルギャルー公爵から送られてきた書類を眺めた。
『材料費等は負担なし、調理器具の発注は1週間前に申告』
至れり尽くせりだ。つまるところ、材料費も向こう負担で調理器具ですらこちらで選んで発注可能と来た。公爵という立場は貴族の中でもかなり爵位が高く、いわゆる雲の上の存在である。
なので、ルギャルー公爵家にとって100万ゴールドというのは端金なのだろう。俺たちがケーキを1つ買うような感覚……なのかもしれない。
書類の下の方に手書きだと思われる一文が載っていた。細くて綺麗な字だ。
『フィーリアが望む場合、一緒に過ごして欲しい』
全く意味がわからなかった。フィーリア嬢は公爵令嬢……だよな?
娘に庶民とコミュニケーションを取らせることで、勉強をさせたいとかだろうか。やっぱりこの依頼はちょっと怪しい。
「でも、やってみるしかないな」
俺も急いで台所へ向かう。父さんは母さんと談笑しながら湯が沸くのを待っていた。
「父さん、お茶請けにクッキーでも食べませんか。昨日……俺が焼いたのがあるので」
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