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第28話 公爵と面会


 実家から1人暮らしの部屋に戻り、俺にもいつもの日常が戻った。

 ひとつ変わったことといえば、就職の選択肢が増えたことだ。警備部隊へ入りたいという気持ちが日に日に増えていっている。今の仕事は勤務が少ないのに馬鹿みたいにお金を稼げるけれど、正直俺が一生をかけてやりたい仕事かと言われたら違う。

 今後、誰かを好きになって結婚して……という俺の理想的な家庭像に今の働き方はマッチしていないように感じる。今は可愛い令嬢とお話ができるから続いているだけで……それは俺にとってもフィーリアにとっても良いことではないのではないか? とも思い始めている。


「でも、契約書にサインしちゃったしなぁ」


 専属パティシエの契約は一年。次の更新はしない……。どうしようか。


 怠け心というのは本当に強敵である。このまま、日々のほとんどをごろごろしてたまにお菓子を作っては可愛いご令嬢とおしゃべりをして大金を得る。一方で警備部隊に入ればシフト制で夜勤もありおそらく年収は今の勤務3回分とちょっとくらい。


 ドアのベルがなって、すぐにノックされる。


「カイノ・バーシェ殿はおりますかな」


 太く渋い声、聞いたことがないがドアを開けてみる。


「ランド・ルギャルーだ。良いかな」

「あっ、はいっ!?」


 そこに立っていたのはなんとルギャルー公爵。フィーリアのお父上である。銀髪で長身の老紳士。彼は裁判長を務める趙多忙なお人だ。なによりも護衛も使用人もつけず一人できたらしい。馬車の音がしなかったのでまさか、歩きで?

 彼の手元にはこの辺の地図、本当に歩きでいらしたようだ。


「すみません、ソファーにどうぞ」

「お気遣いなく。今日は君にお礼をいいに来たんだ」

「先日のお嬢様のことですか」

「あぁ。フィーリアのこと守ってくれてありがとう。彼女は腕を強く掴まれた程度でそれ以外は無事だったよ。君が早くに彼女を助けてくれたおかげだ。娘は職場で辛い体験をしてね。今は屋敷から出ることができなかった。だから護衛をつけていなかったのだが……まさかあの子が自分で屋敷から出るなんて」

「そうだったんですか……すみません、僕は何の事情も知らずに」

「いいや。いいんだ、話すか話さないかは娘に任せているからね。ただ、思いのほか……私の考えが良く動いたようだ」

「公爵の考えですか?」

「あぁ。君を専属パティシエに選んだのは理由があるんだよ。君は娘と同じスキルによって運命を左右されてしまっただろう。同じ傷を持っている者同士通じ合うものがあるんじゃないかってね。いや、そもそも君の寄宿学校での評判は知っていたんだよ。君が信頼に値する人間だということは大前提としてね」


 公爵も俺の寄宿学校での経験を買ってくれていた。それはなんとなくクリスティンから聞いていたし、今考えれば父さんも知っていたのかもしれない。いざ本人の口から聞くと俺の過去の頑張りが無駄じゃなかったんだと心の傷が少しだけ癒えていくような気がした。


「選んでいただけて光栄です」

「本当にそうかい?」


 ランド公爵の瞳はフィーリアと同じサファイアの色。


「私のスキルを知っているね?」


 裁判長のスキルは「真実の目」言葉を嘘かどうか判別できるというもので、もっぱら彼の裁判では誰も嘘をつくことが不可能だ。

 俺が今話していることも嘘かどうか彼には見えているのだろう。


「最初は、そうですね。嬉しいのかどうか微妙だったと思います。自分のスキルに向き合えないまま、がむしゃらに仕事を探していた時期だったので。今も揺れています」

「揺れている?」

「お嬢様の笑顔のためにスイーツを作るのが楽しいということは本当ですが、警備部隊の隊長さんからスカウトを受けて……騎士となって誰かを守りたかった夢が違う形で叶えられるのかもと揺れています」

「騎士となって誰かを守る、とは?」

「魔物の脅威や、悪い人間から市民を守りたいと思っていました。多くの人に感謝されるような存在になりたいと小さい頃から夢を持って生きてきました」


 彼は優しい微笑みを浮かべると俺が用意したお茶に口をつけた。


「フィーリアがどうしてあの日、外出をしたのか君は知っているかね?」

「いいえ、聞いておりません」

「君がスキルと向き合い始めているのを、お母様からの手紙で知った娘は君に習って自分も頑張るべきだと思ったそうだ。家の近所なら大丈夫とクリスティンにすら声をかけずに出たのは娘の不注意だがね」

「スキルと……向き合うですか」

「もしも、まだパティシエを続ける気が少しでもあるのなら……娘がもう少し回復するまで付き合ってやってくれないか。君のような青年の大事な時間を私のわがままで使ってしまうのは申し訳ない。君がもしも警備部隊に入りたいのでれば私も最大限の力は尽くそう。例えば、日数を減らして週に数日だけ警備部隊の手伝いをできるように手配しよう」

「お言葉に甘えてもいいですか。俺、警備部隊で働きたいです」

「わかった。その代わり、娘のことも頼むよ。あの子はあんな事があったのに君の心配ばかりしていてね。すごく気に入っているみたいなんだ。君の作るスイーツが」


 俺は「もちろんです」と嘘なく答えた。

 フィーリアがいつか、彼女の自信の問題と向き合えるまでの間は俺のできることはしたいと思う。けれど、誰かを守るために働きたいという夢を捨てたくはない。


「さて、私はそろそろお暇するよ」

「公爵、お会いできて光栄でした」

「次は娘と一緒に君のスイーツを食べる時間でも。それじゃ、送りはいらないからね。引き続きよろしく」


 公爵が部屋を出ていった。俺の人生がやっと明るく動き出した……んだろうか。


「とりあえず、鍛錬しないと!」



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