第26話 行方不明のフィーリア
「お嬢様が外出してお戻りにならないのです」
クリスティンは小さなメモ書きをこちらによこした。そこにはフィーリアの字で「少し出かけます」と
短く書かれている。
「公爵は……先ほどから重大な裁判に取り掛かっており連絡がとれないのだね? 私も新聞社に戻りすぐに人員を手配しよう。クリスティンさん、慌てず警備部隊に連絡をしなさい。カイノはクリスティンさんと一緒に行動を。念の為武器をもって」
父の発言にピリッと空気が凍りついた。
——公爵令嬢が外出後に行方不明になった。
それは重大な犯罪に巻き込まれている可能性が高く、戦闘が発生する可能性があるということだ。俺は埃がかぶっていた剣を自分の部屋から急いで持ち出して、クリスティンと共に家を飛び出した。
街の警備部隊に報告ののち、俺とクリスティンは彼女を探し始める。
「クリスティンさん、心当たりは本当にないんですか?」
「ありません……お嬢様は外出をする理由なんて」
「とにかく、探しましょう」
大きな通りを探し、それから店の一軒一軒を当たって足取りがないかを調べた。しかし、フィーリアを見たと言う人物はおらず、空振りだった。
女の子が行きそうな店は一通り当たったし、彼女の好きな洋菓子を売っていそうな店も回ったがダメ。俺の頭には最悪の想定がよぎる。
「すみません、人を探していて」
声をかけたのは公園でディナーピクニックをしていたカップル。焦った様子の俺にぎょっとしつつも話は聞いてくれるようだ。
「人? どんな人? 子供かしら、最近物騒だからね」
「あぁお兄さん。どんな子?」
カップルの男の方が酒を置き、俺に水の入ったグラスを寄越してくれた。
「ありがとうございます。子供ではなくて、16歳のご令嬢です。金髪でおとなしそうで……」
カップルは顔を見合わせると女性の方が口を開く。
「もしかして、その子ってすごーく気が弱そうで太陽に当たったことないんじゃないかってくらい色白の子? えっと、白いワンピースにヒールを履いていたけど違うかな?」
「あのその人はどこで?」
「大きな通りから一本入ったところへ行ったと思うわ。ついさっきよ、でも男の人数人と一緒に小さなワンちゃんを連れていたから……どこかのお嬢様だと思ったのよね」
「そうそう。金持ちのお嬢さんが護衛を連れて歩いてるのかなって。でもお兄さんが探しているのは行方不明になった子ってことだよな?」
フィーリアは犬を飼っていない。
「はい。多分一人のはずですが……」
「じゃああの子は違うか。金髪でお嬢様っぽい子って……なぁステラ他にみたか?」
「ううん。他には見なかったけど、でも気になったのよ。あの子、犬に慣れてなかったしなんか怯えてたから。それに護衛がお嬢様の腕を掴むなんておかしいと思うわ。ねぇ、お兄さん。その人たちなら赤い屋根のパン屋の路地裏にさっき入って行ったわ」
フィーリアかどうかは別としてよくない事情の可能性もあるし、もし連れ込まれたのがフィーリアなら……
「ありがとうございました!」
赤い屋根のパン屋はこの公園からすぐの大通りに面している大きな店舗だ。大通りの裏には路地があって治安はあまりよくなかったりもする。
誰かを連れ込むのにはぴったりかもしれない。
赤い屋根のパン屋を通り過ぎるように路地に入るとやっぱり生ゴミや廃棄物の匂いが漂っている。不快感で吐きそうになりつつ、狭い路地を早足で歩いていく。
フィーリア、どうか無事でいてくれ。と願いながら、網目のように広がった路地を一本一本探していく。こんな時、俺に便利なスキルがあったら……。
「おい! さっさとしろ!」
男の怒鳴り声が聞こえ、俺は嫌な予感がしてそちらへと走った。
「さっさと、聞き出せ! 殴るぞ!」
「兄貴、犯してしまいましょうぜ! そしたら聞き出すって」
「だめだ、舌でも噛まれたら大金がおじゃんだ」
「でもいい女ですぜぇ」
フィーリアは一人の男に腕を掴まれている。もう一方の1番強そうな男は、ちいさな犬の首根っこを掴んでフィーリアに押し付けている。犬はギラギラの高そうな首輪をつけたプードルでキャンキャンと鳴いて嫌がっていた。
「やめて! いたがってる!」
「いいからお前が、鍵のありかを聞き出すんだ!」
「いや!」
いや、どういう状況……? フィーリアを誘拐して金をもらうとか、じゃなくなんて犬を押し付けられているんだ?
そんなことは後でいい。
「その人を離せ、今すぐにだ!」
剣を抜くのはあの日、16歳の誕生日ぶり。全然、手に馴染まなくなってしまったけれど大丈夫。フィーリアが逃げる隙を作るくらいはできるはずだ。
「カイノ!」
驚いた男の手を剣で弾き、フィーリアを自由にする。彼女はぱっとこちらに駆け寄ってきて俺の後ろに隠れた。男は腕をばっさり切られて悲鳴をあげ、犬を掴んでいた方は犬をぼとっと地面に落としナイフを抜いた。
俺たちの足元によってきた犬をフィーリアが抱き上げると俺は彼女に言った。
「怪我はありませんか」
「大丈夫」
「わかりました、少し下がっていてください」
狭い場所での複数戦闘は圧倒的にこちらの不利がある。けれど、俺はすでに一人を戦闘不能に近い状態にしているのでトントンだろう。
ただ、彼らのスキルがどんなものかそれによって戦況は一変するだろう。男のククリナイフがギラギラと光る。リーチは俺の持っている剣の方が長い。
「クソガキ! じゃますんじゃねぇ!」
ナイフの癖に大きく振りかぶる男、戦闘は素人か。足をひっかけ、膝が崩れたところを逃さず前蹴りで蹴飛ばず。尻餅をついたところを手を狙って剣を振り下ろし利き手に負傷を負わせる。地面に落ちたナイフを後方に蹴飛ばし、男のあごあたりを思い切り殴る。
「ぐばっ!」
剣を持っているからといって、剣で攻撃するは限らない。それを知らないのが1番危険である。もう一人はもう腰を抜かして逃げ出していた。
初めて本気で人を殴った。気分は、良くない。男のベルトを抜いて、手を拘束し他に武器を持っていないか確認をしていたとき、明るいライトが照らされてクリスティンの声が響いた。
「お嬢様! カイノ様!」
ぞろぞろとやってきた警備部隊のお兄さんたち、俺の言葉を聞いて何人かは逃げた男を追っていく。フィーリアは犬を抱いたまま、俺にぴったりくっついて離れない。彼女の細い手が震えていた。
「フィーリア様、それと君はお付きの……」
「俺は専属のパティシエです」
「パ……? あぁ、こちらへ。怪我の手当てと聴取を」
俺とフィーリアは多分偉い人……に連れられて警備部隊の馬車へと入ることになった。




