第19話 フィーリアと再会
あれから1週間、俺は自堕落な日々を過ごしていた。
家から出ることが億劫になり、近くの小売店にこそこそ出向いてパンとベーコンを買って焼いて食べるだけ。栄養バランスが悪くなると、肌の調子も心の調子も悪くなる悪循環。変に大金を持ってしまっているので働く意欲も湧かない。
今日も適当に食事して寝て過ごそうか、なんて思っていると蹄の音。馬が2頭だろうか。そして革のローファー靴が階段を上がってくる音。
「失礼します」
ノックのあと問答無用で開くドア、クリスティンは大きなため息をついた。
「鍵、開けっぱなしですよ」
「開けっ放しでも入ってくる人はクリスティンさんくらいですよ」
「カイノさん。準備をお願いします」
久々の呼び出し、俺は不安でいっぱいになった。
「本当に?」
「本当です。お嬢さまはカイノ様が倒れられたのを聞いてずっと我慢なさっていました。貴方の作るスイーツを食べたいけれど、無理させてはいけないと……」
「フィーリアさんが? 俺を心配して」
「お嬢様の命令だったので貴方のことは少し話しました。お嬢様はすごく心配なさっています」
「かまいません、事実ですし……。心配かけたこと謝らないと」
「とりあえず、行きましょう」
クリスティンさんは馬車で待っていると言い残して部屋を出て行った。俺はクビにならなかった安心感と緊張感でおかしくなりそうだ。とにかく、まずは謝らなければ。
***
久々のルギャルー公爵家は相変わらず大きくて綺麗だ。ロビーに入ると俺の鼻をくすぐったのは懐かしい香り。複雑な香草と香味野菜の混ざったような優しい……。
「カイノ!」
小走りでやってきたフィーリアは眉を下げて、心配そうに俺を下から上まで見つめた。彼女は桃色のタートルネックワンピースに白いエプロンを身につけ……エプロンがちょっと汚れていた。
「フィーリア、あの……この前はごめんなさい」
俺の言葉を聞いて、彼女はぶわっと耳まで赤くなると恥ずかしそうに微笑んだ。
「いいの、私こそノックしてくれたのに気が付かなくてごめんなさい。鍵も、かけてなかったし……だから気にしないで」
スッとクリスティンが俺とフィーリアの間に入って補足する。
「お嬢様はカイノ様と同じく鍵をすぐに閉め忘れるのです」
「ちょっと、クリスティン。恥ずかしいわ」
「お嬢様、そんなことよりも冷めてしまいますよ」
「そうだわ。カイノ、食堂へ来て。食べて欲しいものがあるの」
フィーリアは、手招きをすると食堂の方へと歩いていく。俺は何がなんだかわからないまま彼女についていく。
「あのね、シチューを作ったの」
「え? フィーリアがですか??」
「そうよ。カイノが元気ないってクリスティンから聞いたの。ごめんね、スキルのことも聞いた。だから元気にしてあげたくてシチューを作ったのよ」
女性が俺のために料理を作ってくれるというのは初めての体験だ。
食堂に通された俺は彼女の言うままに座り、目の前に美味しそうなシチューがサーブされる。大きめのシチュー皿には野菜も肉もごろごろタイプのシチュー、ガーリックをきかせたパンも美味しそうな香りを漂わせている。
「どうぞ」
フィーリアは俺の隣に腰掛けて、俺が食べるのを待った。
緊張しつつ高そうなスプーンを持ってシチューを掬った。茶色いスープはこっくりとしたとろみがあり口に含むと野菜の甘さと胡椒の風味、ハーブや香味野菜の味……。
「これ……もしかして」
彼女はポケットの中から小さな麻の巾着袋を取り出した。
「実はね、おばさまにお手紙を出してレシピを教わったの。カイノのお母様……昨日ここに来て作り方を教えてくださってね。季節のお野菜に合うハーブや香味野菜をこうやって乾燥させて……隠し味にしているんですって」
俺の母のスキルは植物鑑定というもので植物の種類や鮮度の鑑定ができるものだ。だから彼女は庭でよくハーブを育てていて、料理に使っているのだが……まさかシチューの隠し味だったとは。
「どうして俺のために……そこまで」
「カイノが来てくれて、私少し心が楽になったから」
「えっ?」
「カイノの作るお菓子はすごく優しい味がするのよ。初めて作ってくれたチョコチップクッキー。美味しくって、大好きよ」
——大好きよ
その言葉がクッキーに向けられたものだとわかっているのに、自分に向けられたものだと勘違いしそうになるくらい……ドキドキして焦っている。
「悩んでいる時や辛い時は、好きな食べ物を食べるのが1番でしょう? 私はそうだった。お父様がそのために貴方を呼んでくれた」
「フィーリアは甘いものが好きなんですね」
「大好きよ。甘いものを食べるとすごく幸せな気持ちになるの。カイノはどう? シチューは美味しい? おばさまのレシピだから間違い無いと思うのだけど」
ほくほくのじゃがいもはスプーンで簡単に切れるほどよく煮えており、たっぷりスープをつけて食べれば優しい味が口の中に広がっていく。にんじんも玉ねぎも野菜の甘みを残しつつ美味しいスープとの相性は抜群、スープ自体も牛肉の旨味と隠し味の深みでとても美味しい。
「美味しいです」
ここのところ、パンとベーコンだけだった俺はスプーンが進む。肉もほろっほろ、ガーリックパンとの相性も抜群で、気がつけば皿はすぐに空になってしまった。
「お嬢様もいかがですか、カイノ様のおかわりを取りに行きますので」
「お願いクリスティン。私もお腹ぺこぺこだわ」
「お嬢様、たくさん作って正解でしたね」
「本当ね。うふふ、カイノ、美味しい?」
「とても美味しいです」
フィーリアがまた笑顔になってくれた。俺はこの人のためにいくらだってスイーツを作ろうと改めて思った。




