表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/32

第18話 悪いことは続くもの


 フィーリアの下着姿を目撃してしまったあと、俺は1人ベッドの中で不安に襲われていた。

 フィーリアの部屋のドアを勝手に開き、あられもない姿を目撃しまった。女性の下着姿を見るなんてあってはならないこと。それは庶民でも貴族でも同じである。俺はいわば、彼女の尊厳を傷つけるような行為をしてしまったのだ。

 もちろん、あれは事故だったし俺は悪意があってやったわけではない。

 でもそれは、見られた側の女性にはなんの関係もないことだ。


——部屋借りたのにクビになったらどうしようか


 仕事にありつけなかった日々のことを思い出すと胸が苦しくなる。また、ほとんど経験がないまま洋菓子店を回って断られるのを繰り返すのか。それとも、実家に出戻りをしてまた二人に心配をかけるのか。

 

「だめだめ、スイーツ食って勉強しに行こう」


 いつもよりちょっといい服、いい靴。テンションは上がらないが無理矢理顔を洗って外へと出た。俺は決まった時間に起きる必要ないし、働く時間より休みの時間の方が多い恵まれていると思う。こうやって平日の昼間に出歩けるのもかなり幸せだろう。

 だからこそ、時間がある時にできることをしなくては。もしかしたら今の仕事を失うのかもしれないのだから。


 街の1番大きな通りに出て、まずは抹茶を使ったラテをテイクアウトした。

 ほのかな甘みと抹茶の風味がとてもいい。これは抹茶パウダーが必要か、今度クリスティンさんに相談……しよう。クビにならなかったら。

 ベンチに座って人の流れを見ながら抹茶ラテをゆっくり楽しむ。クリームを足しても美味しいはず、抹茶パウダーの香りはクリームやチョコと相性が良さそうに感じるし、彩りも良くなるだろう。

 ただ、あまりフルーツとは相性がよくないかもしれない。すごいな、パティシエのスキルのせいで頭の中にポンポンとアイデアが浮かんでは消えていく。


——全部、フィーリアに美味しいものを食べさせたいって思ってるんだけど


 彼女とお茶をした時、俺は彼女に質問されるばかりで全然彼女のことを聞けなかった。従者の一人としてはあれが正しいはず。主人が従者のことを知るのが目的であるからだ。逆に従者は主人のことを聞かなくても知っておくべきだし、明かされていないプライベートには踏み込むことは許されない。

 俺と彼女のように身分の差が大きければ尚更だ。


 フィーリアの笑顔が思い浮かぶ。

 甘いものを食べている時の幸せそうな笑顔やあの視線、全部可憐で可愛くて……。

 また会いたいと思ってしまう。いや、会いたいんだけど。もし、俺が騎士として爵位をもらっていたら彼女と恋をすることはできただろうか? いや、そもそも騎士になっていたら彼女と出会うことは叶わなかっただろう。


 俺はこのパティシエのスキルに幸せにしてもらったのだ、たった一瞬でも。



「おい、あの先輩怖いよな」

「わかる。新人だからって容赦しないぞって面と向かって言われたんだぜ?」

「新米騎士って大変だよなぁ」


 ぎゅっと胸が掴まれるような感覚を覚え、俺は急いで路地へと身を隠した。聞き覚えのあるその声は寄宿学校で一緒に学んだ学友たちだった。彼らは新品の騎士服を着て楽しそうに街中を歩いている。

 びちゃ、とテイクアウトした抹茶ラテが足元に転がった。心臓が痛むくらい強く速く動き、息が浅くなった。


「俺、成績トップで入隊したのにひどい扱いだぜ」

「いいじゃんか、お前は男爵令嬢との婚約決まりそうなんだろ?」

「まぁな。騎士になって爵位が与えられたから、あとは出世街道に乗るだけだ」


 俺が生きたかった道。

 彼らと俺の差はいったいなんだったのだろうか。今でもわからない。立ち直れたつもりでいた。でも実は違った。一瞬にして目の前が暗闇でいっぱいになる。


——俺は、みじめだ。


 彼らが過ぎ去るのをそっと息を顰めて待って、ふらふらと家へと向かった。

 アパートメントの自分の部屋の前、ノブに手をかけると鍵がかかっていなかった。閉め忘れたか? そんなことはもうどうでもいいか。

 ガチャリとドアを開けて中に入る。そこには


「どうされたんですか、鍵も開けっぱなしで、ひどい顔……」


 無表情のはずのクリスティンが俺を見て小さい悲鳴をあげた。


「真っ青な顔、とにかく入って水を」

「あのクリスティンさん、ここは俺の家です」

「お嬢様の大事な専属パティシエなんです。心配するのは当然ですよ。何か悪いものでも食べましたか。いえ、もしかして風邪?」

「違います、こっちの話で……しばらくすれば治ります」


 ソファに座り息を整える。クリスティンが用意してくれていた水を飲み干した。


「何があったんですか」

「いえ、何も。すみません、少し体調を悪くしただけで……」

「本当に?」


 圧のある「本当に」の言葉は俺にこれ以上嘘を吐かせてはくれなかった。


「寄宿学校時代の友人を街で見かけて体調を崩しました」

「公爵から話は少しだけ聞いています。貴方が寄宿学校で成績優秀で有名だったこと。スキルに恵まれずに寄宿学校を中退したこと」

「公爵は全部お見通しだったんですね」

「えぇ。だからこそ……いえ、貴方は今日学友が騎士になっているのを見かけて心に負担を感じてしまった。であっていますか?」

「はい。ひどく取り乱しました。今はクビになるかもしれないし、不安だったので……」


 クリスティンは「ふっ」と珍しく笑顔を見せた。


「クビになる? 今日、私がどうしてここへ急いで来たかわかりますか?」

「わかりませんけど……」

「とにかく、クビではないですよ。お嬢様は引き続きカイノ様が専属パティシエでいることを望んでいらっしゃいます。でも今日はゆっくり休んでください。またお呼び出しに参ります」


 クリスティンの言葉を聞き終わってすぐ意識が途絶えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ