第14話 フィーリアのお誘い
「お嬢様……?」
クリスティンが驚いて名前を呼ぶと、フィーリアはモジモジしてこちらを見つめた。今日は綺麗な白いワンピースを着ていて、綺麗な金髪とよく似合っている。
「カイノ、少しお話がしたいの」
キッチンまでやってきた彼女のご要望は俺。
それだけで嬉しくて飛び上がりそうだったが、俺は専属パティシエなのでそういった感情は抱いてはいけないと思う。
「はい、お嬢様」
俺の返事に彼女は微笑みで返してくれる。可愛い、今日もとても麗しい。
「えーっと、どの部屋を使えばいいでしょうか、クリスティンさん」
俺が彼女にヘルプを出すと、答えたのはフィーリアだった。
「ここでいいわ。キッチンで、だってクッキー……焦げちゃうでしょう?」
「あぁ、確かにそうですね。すみません、この椅子を使ってください」
近くにあった椅子を彼女のそばに起き、彼女がそれに腰を下ろした。さっそくクリスティンはお茶を淹れに行ったようでキッチンから姿を消していた。
「お嬢様、何かご要望が?」
「ううん、違うのよ。カイノとお話をしたいと思ったの。それでお誘いに」
お話、お誘い。
公爵令嬢が庶民の俺に。お誘い。
「もちろんです」
「よかった……。あのね、お父様から専属パティシエの話を聞いた時にね。もしも仲良くなれそうだったら話してみるのもいいかもと」
「公爵様が……?」
「はい。なので、その一生懸命誘ってみました」
うふふと笑う彼女に打ち抜かれつつ、俺は冷静を装う。細くて繊細な髪の一本一本が揺れて綺麗だと思った。肌も真っ白で傷ひとつない。やっぱり公爵令嬢として蝶よ花よと大事に育て上げられてきたのだろうと思った。生きる世界が違うとはこうして見た目にも現れるのだろうな。
「ありがとうございます。お嬢さま」
「あの……お嬢様じゃなくてフィーリアと呼んでくださいませ。私たちは同じ年と聞きました」
「あぁ、えっとフィーリアさん」
「むぅ」
「流石に雇用主を呼び捨てにはできません。あの、本当に」
フィーリアの初めてみる表情だ。怒っているけれど全然怖くない、むしろすごく可愛い。
「私が雇用主なら、命令です。私のこと、フィーリアと呼んで」
「そういうことでしたら、そうしてみます」
「ありがとう、カイノ」
「どういたしまして(?) フィー……リア」
ぎこちない呼び捨て。
彼女は微笑んでくれた。夢のような展開で俺の心臓がもう持ちそうにない。いい所なのに俺のスキルが発動してクッキーの焼き上がりを知らせてくれた。
「すみません、クッキーが焼きあがったようで」
「うん。それじゃあ、お茶の日取りは改めてクリスティンからお知らせする……ね」
「お茶?」
「だめ?」
「だめじゃないです。えっと、お茶……お茶ですね」
「よかった。それじゃあ、またね」
彼女は小走りでキッチンを出て行った。耳が真っ赤になっていることにその時はじめて気がついた。もしかしてすごく勇気を出してくれていたのかもしれない。
入れ違いとなるように二人分の紅茶を持ってきたクリスティンがやってきたが彼女は「はぁ」とため息をついた。
「お嬢様は何を?」
「俺に呼び捨てにするようにと……あとお茶に誘っていただきました」
「お茶、なるほど。契約の内容にもあったと思いますが」
「存じ上げております。もちろん、俺は嬉しいですが、でもどうして急に?」
オーブンから天板を出して、焼きあがったクッキーとパウンドケーキの粗熱をとる。冷えたら保存用の袋に入れてあとはクリスティンにおまかせた。
パウンドケーキは一切れフィーリア用に皿に盛り付けて今日のスイーツの完成だ。
「お嬢様は……いえ、ご自身で聞いてくださいな」
「何か事情があるんですね」
「えぇ。カイノ様のことなのでもう察しはついていらっしゃるのでしょう?」
「スキル……ですか」
クリスティンの顔が無表情から悲しげな表情に変わった。
「もしもこの世に神がいるのなら……私は許せないかもしれません。すみません、過ぎた真似を」
「俺もスキルの開花に関してはその神様とやらに言いたい事はありますが、クリスティンさん。パウンドケーキをお願いします。クッキーはまだ粗熱が」
皿に盛り付けられたシトラスのパウンドケーキ、甘めのクリームとマーマレードで食べれば甘くて美味しい。マーマレードは保管庫にあった既製品だけどすごく高級そうで味見してびっくりした。ジャムは甘いだけのものだと思っていたが、全く違う。オレンジピールの香り、砂糖の甘み、果汁の旨味が全部綺麗に交わっていた。
「ありがとうございます。それではお嬢様にお渡ししてきますね」
クリスティンが皿をトレイに乗せてキッチンを出て行った。




