第12話 引っ越しと一人暮らし
100万ゴールドというのは思ったよりも大金だ。
庶民の平均年収の3分の1くらいの金額なので俺は3日働けば1年間遊んで暮らせるわけだ。なんというか、やっぱり貴族の金銭感覚というのは想像がつかないな。
「カイノ、いい部屋じゃないか」
「母さん、手伝わせてしまってごめん」
「いいんだよ。寄宿学校で大体の家事はできるようになっているだろうけれど、1人暮らしじゃ自分のやり方を見つけるまで少し時間がかかるからね」
母さんは新しい俺の部屋で荷解きを手伝ってくれている。1LDKの新しいアパートメントの部屋は角部屋で日当たりがとてもいい。その上、何よりこだわったのはスイーツ作りに不自由がないように備え付けのオーブンや魔法の冷蔵庫、保温倉庫などが完備。その分、お値段は結構したけれど。
「素敵なアパートメントだねぇ。母さんならベランダで家庭菜園でもしたいくらいだよ。いつかカイノに彼女ができたらお花とか買ってもいいねぇ」
「母さん、まだ早いって」
「なぁに、母さんと父さんが出会ったのは17歳の時だよ? 新米新聞記者だった父さんに母さんが一目惚れしてね。押して押して、父さんの部屋に転がり込んだんだ」
「その話もう百回聞いたよ」
父と母の馴れ初めはいろんな家族イベントで語られるいわば母の「武勇伝」である。
服を新しいクローゼットにしまう。すごく少なくなったのは、寄宿学校で使っていた練習着や訓練用の服がなくなっているからだ。就職活動用に使っていたスーツが少し、あとは寝巻きくらい。
「服、買いなさいね。せっかくお給料たくさんもらっているんだから」
「そうだね、公爵様のお家に行くんだから少しはいいところのブティックで服を買いなさいよ。あと髪ももっとちゃんと整えて……はぁ、お父さんみたいにもっとダンディにならなくちゃね」
騎士を目指していた身として、身だしなみを注意されるとはだらしがない。明日は美容院に行って洋服や靴を買いに行こう。予算は30万ゴールド……って高すぎるけど公爵家に通うのであればそのくらい高価なものを身につけていてもいいかもしれない。
「お嬢さん、どうだった?」
「うーん、すごく素敵な人だったよ。でもなんらかの事情があってお屋敷からは出られなくて、それで時たまの楽しみに俺を呼ぶみたいで……教えてはもらえなかったけどさ」
「そう……。ルギャルー公爵といえばすごく評判の良い貴族だけれど、もしかしてお嬢さんは何か辛いことがあったのかもね。カイノも辛くて部屋から出られなくなったこともあったでしょう?」
俺もフィーリアも16歳で誕生日を迎えている。つまるところ、スキルが開花している。
俺は騎士になれなくて荒れ、引きこもった経緯がある。スキルという人生に関わる大きな恵みによって俺は理想の人生を失った。その絶望は何より深く、いまだに傷は癒えてはいない。
「もしかして?」
「母さんの勘だけどね。もしかして、お嬢さんもスキルで嫌なことがあったのかもね。子供を助けたい親の気持ちは公爵も市民も関係ない。寄宿学校のナンバーワンだった子がスキルによって退学をした。そのことは公爵の耳に入った。それで、自分の娘と重ねて……なんてね。母さん、最近ミステリにハマってるんだ。次のお給料が入ったら少しは親孝行してちょうだいね」
母さんの言葉はあながち間違いではないのかもしれない。
公爵が俺のことを知って、娘と話をするように仕向けた。同じ「傷」を持つもの同士として。彼女に何があったのかわからないけれど、いまだに家を出ることができないならきっととても辛かったんだろうと思う。
「さ、そこそこ片付いたところで特訓するわよ」
「特訓?」
「だって、カイノはスイーツは作れるけど料理は素人だろう? 毎日の暮らしは食事から」
「た、確かに……」
「まずは簡単なパンとパスタの作り方。お肉の調理方法にスープの作り方を叩き込むよ!」
腕まくりをした彼女は大量に買い込んだ食材をキッチンの作業台にドンと乗せるとニッカリと微笑んだ。




