幕間1 過去のトラウマ(フィーリア視点)
お姉様が王族と結婚をして数週間、私は16歳の誕生日を迎えた。
優秀なお姉様の背中を追いかけて、ずっと頑張ってきたけれど……市民のために活躍できるスキルが開花してくれるのか心配だった。ルギャルー公爵家は、お祖父様の時代にたくさんの罪を犯してしまった。領民を苦しめ、自分達だけが贅沢のかぎりを尽くし公爵家としての責任を果たさなかった。
お父様はその印象を払拭するためにずっと尽力されてきた。お姉様も同じように領民や市民のために倹約をし、勉強をし、公爵家として胸を張れるように頑張ってらっしゃった。
だから私ももっと頑張らないと。
「スキルが判明しました」
——万能翻訳(全ての生物の言葉を翻訳することができる)
この日から私の人生は大きく変わってしまった。
かつて、魔物研究に人生を費やしたと言われる博士が私と同じスキルを持っていた……らしい。博士は魔物の言葉を知り、その生態を研究することで国に多くの貢献をしたそうだ。この国が大きな領地を獲得できたもの博士の功績のおかげだとか。
魔物研究所には多くの研究員が所属している。魔物の魔法や技を研究する「魔法戦闘研究」、魔物の弱点を研究する「魔物弱点研究」など。魔物との共生を目指すとはいいつつ基本的には戦闘への研究がメインとなっている。
なぜなら、この国が目指すのは「魔物のいない安全な世界」なのだから。共生なんて綺麗な言葉を使っていても結局のところ国は魔物たちの縄張りを奪い人間の領地を広げることばかりを考えているのだ。それがいいのか悪いのか私にはわからない。
「ルギャルー公爵令嬢様、配属は魔物言語研究部でございます。部署は地下3階に」
私は父の紹介で研究員になった。
女学園に通いながら卒業まではインターン生として補助をしながら卒業後は本格的に研究に従事する。私のスキル万能翻訳は生き物の声を聞くことができ、言葉を伝えることができる能力。
研究員たちは私の入所をとても喜んでくれていた。
地下3階へ降りたとたん……私の耳にいろんな声が入ってきた。
『助けて! いたい! こわい!」
「おかあさん! おかあさん!」
「こわいよ、こわいよ」
「死にたくない! おかあさん、おとうさん、どこなの?」
「もうころして、やめて」
檻の中に入れられた魔物たち、激しい戦闘のあとに捕縛された彼らは痛みや苦しみ、そして恐怖で支払いされていた。他の人には「ぎゃうぎゃう」とかそういう魔物の鳴き声に聞こえているのだろうが、私には翻訳されて聞こえてくる。
「フィーリアさん、どう? 彼らはなんて言ってる?」
先輩の研究員の言葉に私は
「怖がったり、痛がったり……それに子供も多いみたいです」
と答えた。すると先輩の研究員は笑顔で「そう」と答えると魔物に同情なんかせずにツカツカと歩いていく。私は耳を塞ぐようにして彼女について行き、やっと檻のない部屋に辿り着いた。そこは研究員が論文を書くスペースだった。
「フィーリアさん、貴方に言葉を聞いてほしい魔物がいるの。昨日捕縛された魔物なんだけどね。魔物の巣を見つけないと騎士たちに危険が及ぶかもしれない。聞き出してくれる?」
「はい。やってみます」
「じゃあ、そこの手帳をとってメモに使っていいわよ」
私のために用意された綺麗なデスクの上に置いてあった手帳とペンを手に取り、また先輩と一緒に部屋を出る、檻の中から聞こえる悲鳴が怖くて悲しくて仕方がないけれどぐっと堪えてなんとかついていく。
魔物は怖い生き物で人間を食べてしまう悪い奴。だから、気持ちなんてなくてただただ人間を襲ってくるものだと思ってた。でも、違うのかもしれない……。
先輩は一つの檻の前で立ち止まり檻の中を指差した。中には小さな魔物が横たわっていた。
「これは、スリープバタフライビーという危険な魔物よ。蝶の美しい羽からは眠気作用のある鱗粉を撒き散らし、油断させたところをお尻についた毒針で刺し殺す……いい? フィーリアさん、上手に巣を聞き出してちょうだい」
「はい……」
意識を集中させる。すると、目の前の魔物の声が聞こえてきた。
「おねがい、たすけて……わるいこと、してないよ。人間がお母さんを殺したから自分を守ろうとしただけ」
「それは本当に?」
私の口から出た言語が理解できないのか先輩は不思議そうな顔をしていた。
「おねえさんは、いじわるしない?」
「しないわ、約束する」
「じゃあ、みんなを助けてくれる?」
「えっと……」
「人間さんたち、私たちの羽がほしいみたいで。あぁ……おかあさん綺麗な羽、取るために殺されたの。だから逃げてっていわないと……」
先輩は私を見て煮え切らないような表情で口を挟んでくる。
「ねぇ、何を話しているの? 早く巣の場所を聞き出してちょうだい」
「先輩、まだ聞き出せていません」
「頑固な魔物ね。ちょっと痛い目見せてやりましょうか」
先輩はムチを取り出すと、檻の隙間からバチンと魔物を叩いた。
「ぎゃーーー!!!」
美しい羽はちぎれ、体液が漏れ出し、魔物の叫びが私の頭の中にダイレクトに響いた。
「おねがいっ、やめてっ、いたいっ、いたいよぉ!」
「あっ、あっ……先輩もうダメ、ダメです!」
先輩は私をみて冷たくいう。
「まだ足りない? さっさと巣の場所を言わないと殺すと伝えなさい」
このままでは魔物は死んでしまうだろう。それに、話を聞くかぎり私たちの目的は魔物の羽であり危険でもなんでもない。私は、この子の家族をみすみす殺させるために言葉を聞くなんてできない。
「おねえさんの……うそつき」
魔物は動かなくなった。白くなっていく瞳は私を恨むように見つめたままだ。
「あら、死んだの。加減を間違えたわね。フィーリアさん、次は別の魔物の声を聞いてくれるかしら、弱点を見つけるために研究をしているのだけど」
その言葉に私は恐ろしい想像をした。魔物に拷問をして、それがどれくらい辛いかを私が聞く……。いやだ、なんてそんな……。
「ごめんなさい、体調が悪くて。帰ります」
私は先輩の言葉を待たずに研究所を飛び出した。走っている最中にも頭の中にさまざまな生き物の声が響いてくる。狭い植木鉢の中で「苦しい、苦しい」とつぶやく花の声、水をかけないでと嘆く花壇の植物の声。
「お願い、もうやめて」
***
私のせいでまた「ルギャルー公爵家は働きもせず遊んでばかり」の貴族に思われてしまうだろう。あれから、屋敷から出ることができなくなってしまった。屋敷の中の花を全て撤去させ、庭の花壇もすべて無くしてもらった。
声を聞くのが怖くて、この国が人間が他の生物にしていることが恐ろしくて……誰も信用できないと思った。お父様は私の話を聞いて「しばらく休みなさい」とおっしゃってくれた。
自分の弱さと何もできない罪悪感、それからあの目の前で死んでいった魔物のことがずっとずっと頭の中を巡っている。
——こんなスキル、いらなかった。
国の発展に大きく貢献できるスキルなのに、私が授かったばっかりに……。なんて私は最低なんだろう。




