95 金の亡者 ランド・アルマーク編6 贄
物置小屋の床に描かれた巨大な錬金陣が、アリエルの流した血を吸って赤黒く脈打っていた。
「なぜ……ランド、様……」
胸を刃で貫かれ、陣の中心に倒れたアリエルは、涙で濡れた瞳でランドを見上げていた。その眼に宿っているのは、肉体の痛みよりも、信じていた人に裏切られた深い絶望だ。
しかし、ランドはその絶望の眼差しさえも、恍惚とした表情で見つめ返した。
「素晴らしいよ、アリエル。お前の僕への愛と、今感じている絶望が、最高のエネルギーとして陣に溶けていくのがわかる」
アリエルの瞳から光りが消え、その魂が「生の残滓」として完全に分解された瞬間、凄まじい光がランドを包み込んだ。
莫大な生命の奔流が、ランドの五臓六腑を、細胞の一つ一つを破壊し、そして再構築していく。人間としての死。そして、神の領域たる【不死生命】への新生。
ランドは己の肉体が完全に「永遠」へと固定された全能感に天を仰いで狂ったように笑声をあげた。
ーその時、物置小屋の頑丈な木扉が、凄まじい衝撃と共に粉々に吹き飛んだ。
「そこまでだ! ランド!」
立ち込める硝煙と木屑の向こうから現れたのは、紫色の機械的な剣を背中に付けた、黒いフルプレートの男だった。
ランドの護衛兼、剣術の先生であるー鋼鉄。
戦場を幾度もくぐり抜けて来た彼の鋭い眼光が、凄惨な現場を一瞬で捉える。血の海に沈むアリエル、そして、禍々しい気配を放ちながら不気味に佇む教え子の姿を。
「一歩遅かったか。一体、何をしでかした……」
鋼鉄の低い声には、明らかな怒りと、得体の知れないバケモノに対する警戒が宿っていた。いつもは優しい先生の、本物の「戦士」としての殺気が小屋を満たす。
しかし、人間の領域を逸脱したランドは、向けられた殺気すら心地よさそうに自を細めた。
「ああ、鋼鉄先生。来てくれたんですね。でも、もう遅い。僕は手に入れたんですよ。父さんが隠していた、絶対に朽ちることがない究極の肉体を!!」
「御託はいい。そのふざけた目を覚ますんだ!!」
鋼鉄が地を蹴った。剣が風を切り、容赦のない一撃がランドの胴体を真横から一閃する。並の人間なら一瞬で両断される一撃が、ランドの身体を深く切り裂いた。
ガキィン!と、肉を斬ったとは思えない、金属同士がぶつかり合うような硬い音が響く。ランドの脇腹は確かに半分以上引き裂かれ、血が噴き出していた。しかし、ランドは痛みを感じる素振りすら見せず、ただ冷ややかにほほ笑んでいる。
次の瞬間、傷口から不気味な赤い触手のような触糸が無数に伸び、肉と皮を凄まじい速度で縫い合わせていく。瞬く間に傷跡すら残さず元通りになった。
「無駄ですよ、先生。今の僕には『死』の概念そのものが無いんですから」
それを見た鋼鉄の顔が、驚愕でわずかに引きつったー。
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