216話 悔いはない
「ぐっ……がは!?」
ノアは立ち上がろうとして。
しかし、失敗して地面に膝をついた。
その際に吐血して地面を赤く染める。
血の量はそこまで多くない。
ただ、立ち上がることができない以上、勝敗は決しただろう。
剣もまともに握ることができないようだし……
「俺の勝ちだな」
ノアの前に立ち、静かに告げた。
ノアは、自分が負けるなんて信じられない、という感じの驚きの表情を見せて。
次いで、悔しそうにこちらを睨んでくる。
「そうだね……どうやら、僕は負けたようだ」
「わりとあっさり認めるんだな」
「僕は、そこまでバカではないさ。まあ……悔しいという気持ちはあるけどね」
ノアは自由に動く手で地面をぐぐっとかいた。
「僕が負ける……そのようなことはありえないと思っていた。僕は常に奪う側であり、心の渇望を満たすことだけを考えていた。それなのに……」
「お前が剣士というのは、あまり認めたくないが……一応、言うとしたら敗北なんてものは誰にでもある」
「……」
「そこから学び、さらに上を目指す……それが普通だ。奪い続けることなんてできるわけがない。剣士だろうがなんだろうが、誰でも、いつかは敗北を知るものだ。それを知らなかったことこそがお前の敗因なのだろうな」
「……そうか」
ノアは剣に夢中になって、人を斬ることに夢中になって。
戦いを全てと捉えていた。
ただ、それは間違いであると悟り……
憑き物が落ちたような感じで、実に人間らしい表情で苦笑してみせた。
「今度は僕が負ける番だった、というわけだね?」
「そこまで運命じみたことを言うつもりはないが……まあ、その通りかもしれないな」
「はは……やはりキミはいいね。キミと戦えば心の飢えを満たすことができると思っていたけれど、そうでなくて、まさか別のところが満たされてしまうとは」
ノアは本当に魔族なのだろうか?
ついついそんなことを思ってしまうくらい、今の彼は人間じみていた。
彼のこれまでの行い。
そして、その胸に抱えていた想い。
それを認めるわけにはいかないし、許すわけにもいかない。
ただ……
なんだかんだ、彼は剣にまっすぐだったのだろう。
その想いが歪んだものだとしても、彼なりに向き合っていたのだろう。
結局のところ、人それぞれなのだ。
絶対的な正しさなんてないように。
人それぞれに価値観があるように。
剣に対する向き合い方も、やはり人それぞれなのだろう。
けれど。
「どうして、そんなに寂しそうな顔をしているんだい?」
「いや……どうせなら、剣について意気投合して、色々なことを語り合いたいな、と思ってしまってな。そんな想像をしてみたら……少し寂しく思えた」
「つまらない仮定だね」
「つまらない……そうか、そうかもしれないな」
ノアならそう思うだろう。
彼はそういう価値観を持つ。
「でも、少しはわかったんじゃないか?」
「うん?」
「剣を通じて、全て……とは言わないが、ある程度は、相手のことを知れたような気がする」
「……そうかもしれないね」
ノアが苦笑した。
「もう少し早くキミと出会っていたら、僕は……」
ノアが微笑み。
そっと、こちらに手を伸ばしてきた。
しかし、その手は届くことはなくて。
俺に触れる少し手前で灰となって消えた。
「……」
最後の言葉はそれ以上にない。
ノアは塵となり、風に運ばれていくようにして消えた。
それが彼の最後。
魔族でありながら剣士になろうとして。
剣に対するこだわりを持ち、彼なりの想いで向き合おうとして。
その果てに迎えた最後が、これ。
「ノア……お前は、満足だったのか? それとも……」
その問いかけに、当然ではあるが答えなんて返ってこない。
ただ、風が吹いていた。
◇ お知らせ ◇
新作はじめました。
『最強だけどバズりたくない陰キャダンジョン配信者と、放っておけないアイドル配信者』
二人の女の子のダンジョン配信ものです。
よかったら読んでみてください→https://ncode.syosetu.com/n7272lv/




