鬱々する領主令嬢とまつろわぬ者
女狐ことニーナの祖国ドイツで西暦1898年に著名な技術者や企業を集め、航空運輸の時代を切り開いたツェッぺリン伯爵に因んで名付けられた空飛ぶ船が減速して、ゆっくりと円滑な動きで高度を下げていく。
約1kmほど離れた草原に座り込み、ぼんやりと着陸の様子など眺めていたエリザは視線を降ろして、問答無用に騎体より転移離脱させた相方へ語り掛ける。
「ライネルの操船技術、確実に上がってるわね」
「どうかな、私はミリアの波動制御が慣熟してきたように見える」
互いに手ずから指導した後輩二人を褒め合い、口元を少し綻ばせたアインストが胡坐のまま隣を見遣れば、ひと廻り年若い鳶色髪の魔導士と目が合った。
「騎士隊の皆、他兵科の部隊と合流しているみたいだけど、私達は良いの?」
「最近、働き詰めだったからな、偶の息抜きくらい罰は当たらないさ」
「とか言って、撃破されたのが恥ずかしいだけだったり」
揶揄い気味な雰囲気で凭れ掛かり、遠慮なく自重を預けてきたエリザに溜息して、“お前も一緒の騎体に乗っていたから同罪だ” という抗議の言葉を飲み込む。
指揮官騎のベガルタL型を大破させている手前、中途半端な言い訳は生産性のある行為に該当しない。
(それでも弁明が脳裏を過るのは未熟という事か)
最悪、ニーナの性格なら代替騎を与えられない可能性もあるため、簡素な一言で結論付けるのは難ありだが、先々の事が億劫になった彼は思考を放棄した。
どうせ領軍本隊へ帰参したら事後処理に忙殺されるのは明白な事もあり、此処でもう少しくらいは怠惰を貪らせて貰おうと勝手に決め、気心の知れた魔導士に片腕を引っ掛けて背中から草むらへ倒れ込む。
「ちょッ、うひゃあ!?」
先ほどの意趣返しか、巻き添えにされて寝転がったエリザは至近よりジト目でアインストを睨み、耳元で滔々と苦情を並べ立てるも、聞く耳持たずに瞑目されてしまう。
仕方ないのでもぞりと身動ぎ、首元に廻された武骨な腕を枕代わりにして、ふわりと浮かぶ鰯雲を見上げながら暫しの休憩を満喫する。
そんな二人と対照的に少々離れた草地では、ゼファルス領主の女狐殿が陣頭指揮を一手に引き受けていた。
「ニーナ様、被害状況の確認終わりました。此方が仔細になります」
「ありがとう、読ませて貰うわね」
「ライゼス卿が自国へ投降した捕虜や、鹵獲騎体の件で話したいと……」
「それは野営地を構築してからにすると返答なさい」
時折、伺いを立てに来る領軍副官や部隊長らを捌きつつ、護衛の準騎士達に護られた領主令嬢は仰向けに斃れたベガルタL型を一瞥する。
操縦席が潰されているのを視認した時は焦燥に駆られたが、胸部装甲を強制開放して確かめた際に無人だったので、騎体に搭載された転移の魔封石を使う余地くらいはあったのだろう。
「もう本隊に帰還して良い筈だけど、何処で油を売ってるのよ」
思わず零れ出た愚痴を傍で聞き取り、侍従兵の娘が内心で “狐に油揚げ” という慣用句を連想した事など露知らず、手渡された羊皮紙へ目を通した彼女は表情を歪ませた。
「大破が四騎で六名戦死、中破が六騎で重軽傷者は十二名。戦いで人が死ぬのは必定、けれど未来の破滅に抗うため避けられない、本当に皮肉なものね」
「でも、私のような稀人の血筋は居場所と仕事をくれたニーナ様に感謝しております。どうか自棄にならないでください」
帝国内に於ける異世界人や子孫の扱いが酷いのは周知の事実であり、その多くが為政者の同胞に期待しているのだと、日系人の侍従兵が臆面もなく宣う。
然れども近しい存在を過度に優先した場合、先住の領民達から少なくない反感を買うので、侭ならない事が多々あるのは難しいところだ。
段々と鬱になってきた領主令嬢は軽く頭を振るい、人目のない場所で宜しくやっているだろう腹心二人が帰参するまでの間、リグシア勢と一戦交えた後の片付けに没頭していく。
小一時間ほど経った頃合いで仲睦まじげなアインスト達が戻り、多忙な状況から解放された彼女が十数名の麾下を引き連れて友軍の陣地に向かえば、人垣の内側より険のある不穏当な声が漏れ聞こえてきた。
「断るッ、幾ら丁重に扱われても、俺が貴様らに協力することは無い」
「レオ、それは駄目… 騎士の矜持でお腹は膨れない、というより殺される」
小柄な魔導士に諫められているのはリグシアの軍服を纏う青年将校で、当然に武装解除されているものの、少し離れた位置に立つ騎士王クロードへ鋭い視線を投げていた。
「斬り結んだ時の感触で分かっていたが、やはり無理そうだな」
「ん、露骨に敵意とか、伝わってきたからね」
こくりと頷いた赤毛の少女を視界の端に収めつつ、輪の外側で静観している銀髪碧眼の兄妹に事情を聴くと、内紛終結後の勧誘まで見据えた同盟国の態度に複腕騎の操縦者が強い拒絶を示したらしい。
若干の困惑を浮かべた捕虜達や、思案する盟友らの姿を認めたニーナは薄く微笑み、緩りとした足取りで騒ぎの中心へ歩み寄った。
飛行船で航空運送の世界を切り開いたツェッぺリン伯爵、元は軍人さんで中将まで上り詰めてますね。とある機会に気球と出会い、空への情熱を抱いたのだとか(*'▽')
誰かに楽しんで貰える物語目指して、ボチボチと執筆してますので…
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