10.『My brother Prince lips tasted bitter, right? 』
『My brother Prince lips tasted bitter, right?』(兄様の唇は、あまくなかったでしょう?)
バタ──ンッ!
唐突に挨拶もなしに第一王子のお部屋を開けるなんて不敬過ぎると思ったら、第ニ王子のユージーン様でしたか。攻略対象者様なので全くお会いしたくなかったです。
思わぬ人の乱入にすぅーと肝が冷えていく。
ユージーン様は開け放ったその扉の前で中をきっと睨みつける。そして、その横でおろおろとする部屋の前に立っていた近衛兵が見えた。
ああ、きっと止める間もなく第ニ王子であるユージーン様が部屋の扉開けてしまったんだろうなぁ。
ううーん。そうだよね、第ニ王子止めるのなんてけっこう命懸けだよね。
権力にはやっぱり逆らえないよね、と思わず同情し、自身も権力に逆らえずに今ここにいるという事実を顧みて、そっと青くなっている兵たちから目を反らす。
「ジーン、前々から言っているが部屋に入るときには、」
そうウィルが言いかけるが、それより前にユージーン様がこちらにすたすたと歩きながら私の腹に勢いをつけてタックルをかます。
うぐぅ!鳩尾にクリティカルヒット!
「アリシア姉様───!!」
はぁ、と隣でウィルが大きなため息をつくのが聞こえた。
いや、ここはため息じゃなくて止めてくださいよ、貴方の弟様でしょう!?
「アリシア姉様!アリシア姉様!」
そう言いながら、彼は私の腹にぐりぐりと頭を押し付ける。
ちょっと、やめ!吐く吐く!
それになんですの、アリシア姉様って?
今までそんな風に呼ばれたことはないし、そもそもとして攻略対象者なんて避けて通っていたからご挨拶くらいしかした覚えがありませんけど?
「事前の連絡もなく尋ねてくるなんて、例えジーンだとて流石に配慮が足りないのではないかい。それに、兵たちを困らせるものではないよ。」
そうウィルがユージーン様を諭すように言う。だが、彼は私の腰に抱き着いたままに頬をぷくりと膨らませてウィルを恨めしそうに見やる。
「ウィル兄様のせいではないですか。ひどいです。アリシア姉様にご挨拶する時間もいただけないし、しかも父様をだしに僕を足止めしたでしょう!?」
「していないよ。」
「嘘です。父様を使うなんてウィル兄様くらいです。」
そうウィルが答えるが、ユージーン様は頬を膨らませたまま、ぷいとウィルから顔を背ける。
そのご様子と言ったらなんて愛らしい。
可愛い可愛いと、お茶会の席でお姉さま方から噂には聞いてはおりましたが、本当に可愛らしいですわね。
確か、ユージーン様は私より三つ下の13歳のはずだが、それより幼く見える。
大きなお目め、ウィルより少し濃い目の金髪の髪がふんわりくるりくるりと巻いている。
ウィルのはっきりした目鼻立ちは国王陛下に似ているが、ユージーン様は御母堂であらせられる第二妃であるリリーシュ様に似ている。
リリーシュ様は、ふんわりとくるくると巻いた髪を腰まで伸ばし、普段は無邪気に笑い転げているのに、なにかの拍子にその垂れた目が伏せられ、その奥で寂しげに瞳が揺れ動く。その一瞬の隙が、少女のような可愛らしさを女性の優艶な美しさへと変貌させる。
そのギャップの魅力というのだろうか。ユージーン様にも引き継がれているようである。
──ユージーン殿下はね、
お茶会で知り合った年上の美しい女性が茶化すように、でも、少しだけ困ったように眉を下げて微笑み語りだすのを思い出す。
──彼は、何事も楽しんで取り組んでおられ、いつも無邪気に笑っていらっしゃるのに、ふと気がつくとどこか遠くを暗く揺れる瞳をして見つめているの。そんなときは、声をおかけするのも躊躇われるわ。
その美しい人が言葉を重ねる。
──殿下のその目を見ると、何を考えているのかわからないと不安になるのに、それでも、この人をもっと知りたいとか、守りたいとか、そんな気持ちにさせられてしまうの。
彼女はふふと声に出して柔らかく笑んだ後、心の本音を偽れずに言葉を紡ぐようなお口はだめね、そう自身の紅い艷やかな唇を少しつねる姿は色気が醸し出されていて、恋愛に疎い私は直視できずに目を彷徨わせたものだ。
ゲーム内の彼はできる兄に嫉妬して、兄の好きな人を手に入れようとした弟王子様だった。わがままさがある可愛いショタ向けな第ニ王子。
今、目の前の彼を見る限りでは、無邪気なゲームの中の彼と一緒のように思えるけどなぁ。
思いこむなとウィルに言われたばかりなので、じっと目の前の可愛らしい王子様を見つめているとばちっと目があった。
「……あれ?」
ユージーン様が私の首元を覗き込むように詰め寄られて、思わず仰け反る。近いよ!
「兄様。もう、契約したの……?」
「え?」
契約って、さっきウィルが言っていたやつ?なんで、そんなことが分かるのだろう?
目を丸くして、同じく丸く目を見開いた可愛いらしい彼を見つめる。
「そうだよ。だから言っただろう、私のものだと。」
「……へぇ。」
けれど、不思議でもなんでもなさそうに、ウィルが平然と言うと一瞬ユージーン様が眉を顰めるが、すぐに彼は屈託なく笑う。
「アリシア姉様、僕のことはジーンと呼んでね。」
そう愛称呼びを指示されるが、できればこれ以上ユージーン様とのつながりを作るのは避けたい。
それに、一応とは言え婚約者の前で他の男性を愛称呼びなんてしていいものだろうかと思案して、ちらりとウィルを見るが特に咎めるような様子はなかった。
でもなぁ、後からなにか仕返しされそうなのが怖いんだよなぁ。
「別に、そんなに私のご機嫌を伺わなくても、弟となるものへの愛称を呼ぶくらいで目くじらたてるような狭量な人間ではないよ。」
その発言が既に怖いんです。それに、弟となるものってまだ決まっていないと思いたいなぁ。
ユージーン様の方を見ると、だめ?と首を傾げて、その大きな瞳を潤ませて私を見上げている。
うっ、だめだ。潤んだ可愛い瞳でされる上目遣いが妹のレッティと重なる。可愛い、そういう子犬のような顔に私は弱いのだ。
「……ジーン様、」
「ジーン、でいいですよ、姉様。」
「いえ、流石にそれは殿下に対して不敬過ぎるかと。」
「兄様も仰ったではないですか、将来の弟になるのです。遠慮はいりません。どうぞ、ジーンと呼び捨てください。」
……勘弁してくれ。呼び捨ては心の中だけで充分だ。
「殿下、それはご勘弁ください。」
そうお断りをするとジーンが口を尖らせて拗ねたような顔をする。うう、なんか胸が痛むけどダメなものはダメです。
そんなやり取りをする後ろで、
「申し訳ありません、ウィリアム様。コレ―辺境伯の件でお話が。」
と声が聞こえて振り返ると、いつの間に入室していたのか先ほどの頬に傷跡のある側仕えがウィルにそう声をかけているところだった。
「父様の件ですか?あの、私もお伺いしても、」
「だめだよ。アリシア姉様は、だめ。」
一緒に話を聞かせてほしいと思い願い出ようとしたところ、横からジーンに指と指を絡ませてぎゅっと手を握られて動くのを抑えられた。
「……仕返しかい?」
「なんのことです、兄様?」
ウィルの言葉に対し、ジーンが柔らかい笑みを浮かべ答えると、二人の間に一瞬沈黙が流れた。
お願いだから、私を挟んで二人で無言で向かい合うのはやめていただきたい。
二人から謎の圧を感じていたたまれず身じろぎしていると、ウィルが小さく息を吐いて私に目を向けた。
「コレ―卿の件は私が話を聞いて、必要だと判断したら君に伝える。それより。」
ウィルが私の顎に手をやり持ち上げそのまま軽く口づけをされて仰け反る。
「君は私の婚約者だという自覚を忘れないように。」
そう言いながらウィルはジーンに視線をひとつやり、その後に側仕えとともにおそらく書斎であろう部屋に入っていく。
「……もう、アリシア姉様はウィル兄様のものなんだ?」
人前でキスされたことが恥ずかしくて気まずさに俯いたところに耳元でジーンに呟かれて、その近さにぞわりと鳥肌がたった。
ジーンから距離を置こうとするが、私の手がまだ彼に指を絡められて握られているままだと気がつき放そうとするが逆にぎゅと強く握られた。
「ジーン様、手を……」
放してください、そう言い終わる前に、ジーンはもう片方の手も指と指を絡ませて捕まえ、ぶんぶんと振り回す。
「指、ではないんだ。」
振り回しながら確認するように私の手を見てからジーンがそう言うが、なんのことかわからなかった。
私は、こんなに察することができない人間だったろうか。自身の指を見ても検討がつかずに困惑してジーンを見ると、にっこりと笑うのでつられて微笑んだ。
「アリシア姉様、口をあけて?」
ほわほわとした可愛らしい雰囲気と声の調子で、ジーンが私の頬に手を添え顔を覗き込んでそんな戯言を言い出す。
なにかの冗談かなと首を傾げ思うけれども、可愛く笑う彼の目の奥が笑ってないのを見てこれは軽いジョークなんかではないのだと気が付き背筋がひんやりとする。ジーンがなにを考えているのか分からない。けど、これ本能が逃げた方いいと告げている。
はしたないと知っていてもソファをずりずりとお尻で後退って逃げようとするが、少し進むごとに彼に距離を詰められてしまい、逃げる隙ができずに結局ソファの端に追いつめられた。それ以上の逃げ場を求めて目線を彷徨わせたが、ジーンに腕で囲いこまれて逃げ場を失う。
「ふふ。ほら、アリシア姉様、口開けて?」
そう言われて、まだ幼い彼の細い手にそっと顎を掴まれて息を飲んだ。
誰だ、可愛い可愛い言っていたやつは。絶対猫被っているよこの子!
ぎゅうと口を引き結んでジーンが諦めるのを待とうとするが、ジーンは困ったなぁと言って眉を下げて、微笑見ながら、顎に置いた手で唇をついっとなぞる。
「姉様は、無理にされる方が好きなのかな?」
発言が不穏すぎるよぅ。もうやだこの兄弟。冗談だと思いたいけど兄があんなだもんなぁ。
諦念の心持ちで小さく口を開くと、その一瞬の間に、彼のその白い柔らかな指を口に入れられて動揺する。
「ああ、やっぱり。契約のためとはいえ、舌を噛むなんて。……兄様ったら乱暴だなぁ。」
ちょっと!
口の中に指を差しこむのはやめてくださいませ!
先ほど失敗したばかりなので、口に差し込まれた至高の王子様の指を噛むわけにもいかず、あわあわとして彼の手を傷つけないように引っ張る。
そんな私の慌てっぷりを面白そう見て、くすくすと嗤いながら、
「ねぇ、姉様。甘いものは、好き?」
と首を傾げながら、手を口から抜いてくれたのでほっとする。
甘いもの?急にお菓子の話?虫歯でもありましたでしょうか……。
急に体を引っ張られたが考えていたために反応が遅れ、私は簡単に彼の体に倒れる形になる。
私と同じくらいの体格なのに、彼はよろめく素振りも見せずに私を抱える。
「申し訳ありませんっ!」
そう勢いよく彼から体を離そうとするが、体を抱きしめられ固定される。
「兄様に優しく微笑まれて、やられちゃった?アリシア姉様。」
耳元で囁かれる言葉に視線を上げると、ジーンのとろりとした蜂蜜のような色の瞳と目が合った。
そして。
「兄様は甘くないよ?僕なら、姉様をあまあく、蕩けさせてあげられる。」
そう、私をまっすぐに見て、彼の声変わりしていない少し高い声で甘く囁く。
ええ、相変わらずなにを書いているんでしょうね!我に帰ったら負けなのに、我に返ってしまう毎日です。
お読みいただき、ありがとうございます☆