第7章久しぶりの大もの
『宇宙の解体屋さん』
第7章久しぶりの大もの
救助した十人を居住船へ移したあと、真壁たちはISS3へ戻りました。
まだ仕事が残っています。
「久しぶりの大物だな」
真壁は船外カメラいっぱいに広がるISS3を見ました。
その前に、真壁は西側の責任者へ一つ商談を持ちかけていました。
「ISS3を今後使わないなら、船外のパーツを買う」
「どの範囲ですか」
「アーム、外部実験設備、太陽電池、放熱器、アンテナ、カメラ、シールド。外から状態を見られる物。それと、現地で調べて汚水が入っていない部分が見つかったら、それも含める」
「価格は?」
「全部で一万ドル」
責任者が少し黙りました。
「安いですね」
「撤去作業はうち持ち。大きな金属部品や圧力容器をそのまま再突入させるより、地上まで残りそうな物を先に減らせる。そっちにも得がある」
「帰還船四機は別です」
「当然。あれはISS3の部品じゃない」
「地上との通信に残したいアンテナも数本あります」
「残す物は図面で指定して」
「分かりました。船外機器と、現地で非汚染と確認された部分を一万ドルで売却。帰還船と指定アンテナは対象外。それで契約します」
「契約成立」
契約はISS3全体をばらす内容ではなく、船外機器と非汚染部分の回収までです。汚染した圧力モジュール群と基本構造は残します。
「帰還船、四機ともそのままですね」
ペトルが外部映像を拡大しました。
「外れないんだから仕方ない」
ISS3には四機の帰還用宇宙機が接続されたままでした。
この四機は、真壁たちが一万ドルで買う船外部品には含まれません。
所有者も運用国も別です。
ただし、ドッキング系統を壊されているため、通常のアンドック操作では一機も外せません。
「ドッキング規格、ISS3でもそろわなかったの?」
真壁が聞きました。
「そろっていません」
ペトルが四つの接続図を並べました。
「国ごとに寸法が違います。機械的な接続も、電力もデータも違う。変換用のドッキングモジュールを挟んで使っています」
「四機だから四回別の仕事か」
「そうなります」
救助モジュールを切り出したときと同じ方法を使います。
帰還船そのものへ切り込まず、ISS3側のドッキングモジュールを大きめに残して周囲から切断します。
切る前に小型艇で帰還船を確保しました。
「一号艇、固定」
「帰還船側の圧力正常」
「推進剤系、切断線から離れています」
「じゃあ切ろう」
ペトルたちは一機ずつ作業しました。
一機目と二機目では切る位置が違います。
三機目は構造材の配置が違いました。
四機目は接続径そのものが違いました。
「四世代目の大型ステーションで、ここだけはまだ各国ばらばらか」
真壁が言いました。
「統一すると、今度は各国の帰還船を全部作り直す話になりますから」
「古い規格が残る理由としては、よくあるな」
四機ともISS3側の構造を残したまま切り離されました。
四機とも、切断したISS3側構造を付けた状態です。帰還へ使う前に整備が要ります。
真壁たちは順番に小型船母艦の修理ドックへ入れ、切断時に残したISS3側構造を取り除きました。
電源を確認する。
通信を確認する。
気密を確認する。
姿勢制御系を確認する。
帰還に必要なスラスター、誘導、センサー、バッテリーを確認する。
「一号、動きます」
「二号も正常」
「三号、通信復旧」
「四号、姿勢制御試験まで終わりました」
真壁が四機の一覧を見ました。
「全部、船に戻ったな」
「帰還用モジュールとして仕事をしてもらえます」
マリアが八人の診察記録を閉じました。
「八人は待たせません。帰還船が使えるなら、すぐ地上へ戻します」
「細かい感染症の検査は地上だったな」
「はい。宇宙の閉鎖環境で汚水を浴びています。ここで長く様子を見るより、帰還できる状態のうちに地上の医療施設へ渡す方が安全です」
居住船へ一年残る新婚の二人を除き、八人は各国の計画に従って四機へ分乗しました。
四機は順番に真壁たちの船団を離れました。
本来するはずだった帰還用宇宙機の仕事を、ようやく始めます。
「帰還軌道、正常です」
アルンが追跡しました。
「四機とも問題ありません」
「八人、地上へ返したな」
「はい」
「じゃあ、次」
◇ ◇ ◇
次はISS3の外側でした。
真壁は、西側の責任者と結んだ売買契約をもう一度開きました。
「船外機器一式、一万ドル」
「はい」
「それから、現地確認で非汚染と判断できた部分も一万ドルの中に含む」
「契約書の通りです」
ISS3の内部機器には、真壁も興味を示しませんでした。
汚水が無重量で広がり、どのコネクタ、基板、電源装置、ファン、配線束へ入ったか分かりません。
地上なら分解して洗浄し、乾燥させ、絶縁試験をして再使用を検討できます。
宇宙空間でそれを大規模にやるには、洗浄液も回収設備も必要です。洗ったあとの液体まで閉じ込めて処理しなければなりません。
「中は水害車みたいなもんだな」
真壁が言いました。
「しかも下水です」
アデオラが答えました。
「乾いて見えても、電装の信頼性は戻りません」
「じゃあ中身はいらない」
「外は別です」
ペトルは回収予定表を出しました。
ロボットアーム。
船外実験用の固定スタンド。
太陽光パネル。
放熱器。
アンテナ。
太陽フレア時に使うシールド。
外部カメラ。
船外に置かれていた機器は、汚水攻撃の影響を受けていません。
もともと真空、放射線、大きな温度変化を前提に作られた高価な宇宙機器です。
「一万ドルでこれ全部?」
ペトルが聞きました。
「撤去費はうち持ち」
「それでも安いですよ」
「向こうは処分する物を外してもらえる。重くて再突入で燃え残りそうな物も減る。こっちは部品が手に入る。両方得してる」
責任者が通信越しに言いました。
「外してはいけないアンテナには印を付けています」
表示上で数本のアンテナが赤く示されました。
「地上との通信に使います。最後まで残してください」
「分かった。そこは触らない」
真壁たちは外部機器を順番に外していきました。
アームを縮め、電源を切り、接続部から外す。
外部実験スタンドを外す。
大型アンテナを外す。
外部カメラを回収する。
放熱器を系統から切り離す。
太陽光パネルを畳める物は畳み、畳めない物は支持構造ごと分割して運びました。
再突入時に地上まで到達する可能性の高い重い部品ほど、西側側も外してほしがりました。
「フレア用シールド、重いな」
「だから地上から上げ直すと高いんですよ」
ペトルが固定具を確認しました。
「うちの居住区にも使えます」
「持って帰ろう」
◇ ◇ ◇
作業の途中で、ペトルが一つのモジュールを見つけました。
「社長、ここを見てください」
「何?」
「ハッチが閉じたままです」
事件記録を照合すると、そのモジュールは汚水がばらまかれる前から閉鎖されていました。
しかも独立空調を持っています。
内部の環境ログも残っていました。
「汚水、入ってない?」
アデオラが空調系と電源系を確認しました。
「少なくとも記録上は入っていません。独立空調も動いています。ハッチ周辺の絶縁値も正常です」
「現地で見ないと分からなかったやつだな」
「そうですね」
真壁は契約書を表示しました。
「非汚染部分は一万ドルに含む」
「書いてあります」
「じゃあ、これも外す」
西側の責任者へ確認を送りました。
「契約条項の非汚染部分として、このモジュールを回収する」
「確認しました。契約範囲です」
契約条項を確認し、そのまま回収作業へ入りました。
真壁たちはモジュールの接続を切り離し、内部の気密を保ったまま回収しました。
「一万ドル、元を取りましたね」
アルンが言いました。
「最初のアーム一本で取れてるよ」
◇ ◇ ◇
ISS3には、まだ五人のテロリストが残っていました。
彼らは気密を保てる一つのモジュールへ入り、ハッチを閉めています。
真壁は太陽光パネルの回収予定を見ながら、西側の責任者へ聞きました。
「太陽電池、予定通り全部外すよ」
「地上通信用に指定したアンテナ以外は、契約通りで構いません」
「五人は困るんじゃない?」
「投降するよう通告を続けています」
「太陽電池がなくなったら発電できないぞ」
「承知しています」
「帰還船も四機とも外した。あれに頼っていた推進系もなくなる。使えるスラスターも残らない」
「それも承知しています」
真壁はそれ以上聞きませんでした。
五人の逮捕と投降交渉は、西側の責任者が受け持ちます。
太陽光パネルが最後の一枚まで外されました。
ISS3は自前の発電能力を失いました。
残った電力はバッテリーだけです。
地上通信用に残した数本のアンテナと、最低限の監視装置だけが動いていました。
「テレメトリー、まだ出ています」
アデオラが表示を見ました。
「内部圧力、温度、バッテリー残量、通信状態。簡易系だけです」
「姿勢制御は?」
「使えるスラスターがありません」
「五人のいるところは?」
「気密は保っています。ただ、環境制御へ回せる電力が落ちています。二酸化炭素除去も暖房も、このまま長くは動きません」
「じゃあ、あの五人も電池が切れるまでだな」
最後に、真壁たちは小型艇でISS3の周囲を回りました。
外部機器を外したあとの状態を、数方向から写真に撮ります。
「正面」
「撮影しました」
「反対側」
「撮りました」
「切り出したところも一枚」
「記録しました」
真壁は写真と作業報告をまとめ、西側の依頼主へ送りました。
「送信」
「受領しました」
「これで終了です」
小型艇はISS3から離れました。
ISS3からは、その後もしばらく簡易テレメトリーが届きました。
バッテリー残量が減っていきます。
五人が閉じこもったモジュールの圧力は残っていましたが、温度は少しずつ下がりました。環境制御が止まれば、二酸化炭素も除去できません。どちらが先に限界になるかまでは、簡易テレメトリーだけでは分かりませんでした。
送信間隔が長くなりました。
やがて最後のデータが届き、そのあと何も来なくなりました。
電力が尽きました。
真壁も、気密が残っていることと、人が生き続けられることが別なのは分かっていました。
今度こそ、仕事は終わったように見えました。
◇ ◇ ◇
二週間後、西側からまた通信が入りました。
「ISS3を地球へ落としてほしい」
真壁は画面の向こうの責任者を見ました。
「二週間前に終わったって言ったよね」
「方針が決まりました」
「中の五人は?」
「そのままです。すでに生存は見込めません」
「遺体は回収しないの?」
「軍による回収も検討されました。ですが、五人とも元ISS3乗員で身元は確定しています。事件の通信記録、アクセス記録、関係資料も地上にあります。汚染され、無電力になったISS3へ人員を入れて、遺体だけを回収する必要はないという判断になりました」
「分かった。五人を残したまま落とすんだな」
「はい」
「推進系もないぞ」
「そちらで再突入させられますか」
真壁はアルンとペトルを見ました。
アルンが現在軌道を開きます。
ペトルはISS3の残った構造と、取り付け可能な推進ユニットの一覧を出しました。
「できます」
真壁が答えました。
「二千万ドル」
「お願いします」
「契約成立」
真壁たちはISS3へ戻りました。
外部の重い機器はすでにかなり外してあります。
それでも大型ステーションです。
現在の質量、重心、慣性モーメントを測り直し、再突入用に取り付ける推進ユニットの推力軸を決めました。
「昔のISS3の質量表は使いません」
アルンが言いました。
「うちが外した物だけでも相当変わってるからな」
「現在値で計算します。大気圏へ入ったあとの破砕時刻、姿勢、大気密度のばらつきも誤差へ入れます」
「落下範囲は海だけにして」
「その条件で出します」
再突入用の推進ユニットを強度のある構造へ固定しました。
ペトルが接続部を確認します。
「固定完了」
「推力軸?」
「重心を通すよう調整しました」
アルンが最終軌道を出しました。
「減速後、近地点は大気圏深くへ入ります。破砕物の予測範囲も指定海域内です」
「じゃあ離れよう」
小型艇が距離を取りました。
「点火まで十秒」
真壁は、船外機器をほとんど失ったISS3を画面で見ました。
「5、4、3、2、1。点火」
推進ユニットが噴射を始めました。
「推力正常」
「軌道変化、予測内」
燃焼が終わると、アルンが新しい軌道を確認しました。
「再突入条件に入りました」
ISS3は地球を回りながら高度を下げていきました。
やがて追跡画面上で、大気による減速が急激に大きくなりました。
「主構造、破砕開始」
「落下予測範囲?」
「海上です」
最後の大きな反射が消えました。
真壁は画面を閉じました。
「二千万ドル分、終了」
アルンが聞きました。
「今度こそ長距離航海へ出ます?」
真壁は少し考えました。
「次の通信が来る前にな」




