第6章 救助はモジュールごと
『宇宙の解体屋さん』
第6章 救助はモジュールごと
霊廟船の仕事が終わり、真壁たちはまた長距離航海の話を始めていました。
「今度こそ出ます?」
アルン・ナイルが聞きました。
「旅支度もだいぶ進んだしな」
真壁が答えたところで、通信端末が鳴りました。
今度の通信は、西側の宇宙ステーション運用機構からでした。
「急ぎの救難をお願いしたい」
画面の向こうの責任者は、挨拶を短く済ませました。
「何が壊れた?」
「ISS3です」
真壁の手が止まりました。
「ISSの三代目?」
「はい。ミールから数えれば四代目になります」
西側が長年更新してきた大型有人ステーションです。ISSの直接の後継を二度更新した、現在の主力でした。
「現役じゃないか」
「現役です。テロリストに占拠されました」
アルンが端末へ向き直りました。
「乗員は何人です?」
「現在十五人です。そのうち五人が占拠側です。元ISS3乗務員で、ペイロードスペシャリストとして勤務経験があります。残る十人を救出したい」
「元乗員なら中を知ってるな」
「知っています。電源区画、実験区画、ハッチ、環境制御系も把握しています」
真壁は送られてきた被害図を開きました。
「爆破は?」
「できませんでした。ISS3へ危険物を持ち込む管理は厳格です。大きな爆発物や、ステーションそのものを自爆させられる量の危険物は持ち込めません」
「その代わりに何をした?」
「汚水です」
「汚水?」
ペトル・ノヴァークが画面をのぞき込みました。
「生活排水系から取り出した汚水を船内へばらまきました。無重量ですから液滴になって広がりました。機器の短絡が続き、複数のモジュールを使用停止にしています」
アデオラ・オコエが電力系統図を見ました。
「水だけなら乾けば終わり、とはいきませんね」
「はい」
「塩分も有機物も残ります。コネクタや電源分配部、制御基板へ入った場所が分からない。乾いたあとで再通電して、そこで短絡や腐食が出る可能性があります」
「現在、汚染した区画の機器は原則として信用していません」
真壁は帰還系の図面を開きました。
「帰れない理由は?」
「帰還用宇宙機を扱う二つのドッキング系統が両方とも破壊されました。帰還船は四機ついていますが、通常の離脱操作が成立しません」
「四機あるのに一機も外れない?」
「そうです」
「機外へ出て別の船へ移るのは?」
責任者は別の資料を送りました。
「宇宙服も被害を受けています」
マリア・コスタが資料を読み始めました。
「気密層は?」
「保たれています」
「電気系は?」
「ほぼ使えません」
マリアが項目を追いました。
「送風、酸素供給、二酸化炭素除去、温度調節、通信、テレメトリー。全部ですか」
「全部です。圧力容器としては着られます」
「それなら、閉じ込めた空気で持つ時間は非常に短いですね」
「現場側の評価では、着用して安全に呼吸できるのは二分程度です。その先は、実質的に息を止めていられる時間しか期待できません」
真壁がエアロックの図面を見ました。
「エアロックは?」
「電気制御は信用できませんが、機械式非常操作で全開にはできます」
「じゃあ先に減圧して、開ける?」
アルンが首を振りました。
「時間が合いません。減圧弁からゆっくり圧力を落としていたら、宇宙服の中の空気が先に限界になります」
「急減圧は?」
責任者が答えました。
「それも選べません。占拠側がエアロックへ細工している可能性を排除できていません。先にステーションを減圧して、最後にハッチが開かないと分かったら、十人は戻れません」
真壁はしばらく図面を見ました。
「人を外へ出すのをやめよう」
「どういう意味です?」
「部屋ごと持ってくる」
責任者が黙りました。
ペトルは先に意味を理解しました。
「十人全員が入れる一番小さいモジュールへ集めるんですね」
「そう。汚染が少なくて、ハッチが内側から閉められるところ」
アルンが配置図を拡大しました。
「このモジュールなら十人入れます。快適ではないですが、短時間なら収容できます」
「全員入ったら、全部のハッチを内側から閉めてもらう」
「そのモジュールだけを独立した圧力容器にするわけですね」
「人間を真空へ出さない。圧力容器ごと切り取る」
責任者は一度、画面の外へ目を向けました。
「可能ですか」
「現物を見ないと切断位置は決められない。ただ、やるならその方法だ」
真壁は別の表示を指しました。
「それで、五人の方はどうする?」
「占拠側ですか」
「減圧が始まったら、自分たちはこのモジュールへ入ってハッチを閉めるつもりなんだろ」
「その可能性が高いです。そこは独立して気密を保てます」
「十人の部屋を切り出すと、残りのステーションの空気は抜ける。五人が閉じこもった部屋だけは残る。それでいいの?」
責任者ははっきり答えました。
「一般乗員の救助を最優先してください。五人の処遇は私たちが担当します。五人はISS3側へ残してください」
「分かった。うちは十人だけ持って帰る」
真壁は契約画面を開きました。
「救助作業は一式で一億ドル」
「十人で一億ドルですか」
「人数単価じゃない。小型艇を何隻も出す。固定、切断、姿勢保持、曳航、修理ドックの使用まで全部込み」
「お願いします」
「契約成立」
◇ ◇ ◇
真壁たちは、十人全員を収容できる数の小型艇を出しました。
小型艇は、切り出したモジュールを複数方向から支えます。万一の場合には、十人を直接収容できる数もそろえました。
ISS3へ近づくと、外見だけなら現役の大型ステーションでした。
太陽電池は広がり、放熱器も展開しています。複数の国が持ち込んだ実験設備、アンテナ、カメラ、アームが外側に並んでいます。
船内だけが壊れていました。
「十人、移動開始しました」
西側の地上管制から連絡が入りました。
「占拠側との接触は?」
「ありません。五人は別モジュールへ集まっています」
「救助側のハッチを閉めたら教えて」
数分後、返事が来ました。
「十人、指定モジュールへ収容。接続している全ハッチを内側から閉鎖しました」
ペトルが小型艇の外部カメラで接続部を確認しました。
「切るのは救助モジュールそのものじゃなく、隣の汚染モジュール側です」
「救助モジュール側を傷つけないように、隣接モジュール側を一周切ります」
小型艇はISS3の構造へ複数のロープを取りました。
真壁たちが産廃回収の初期から使ってきた係留用ロープと、回収用の銛系統も使います。
「艇1、固定」
「艇2、固定しました」
「艇3、姿勢保持に入ります」
作業員も、それぞれ二系統で係留されました。
アルンが相対位置と速度を確認しました。
「最初の切り込みで残っている船内空気が噴き出します。噴出方向次第でISS3側にも切り出す側にも力が掛かります。全艇、ロープ張力と姿勢制御を監視してください。圧力が落ちたあと、状態ベクトルを取り直します」
ペトルが真空作業用の電動チェーンソーを構えました。
真空作業向けに、潤滑、電動機、切粉対策を施した解体工具です。
「入れます」
「どうぞ」
刃が隣接モジュールの外板と内部構造へ入りました。
最初は何も起きませんでした。
数秒後、細い切れ目から白い霧のようなものが噴き出しました。
「圧力低下開始」
アルンが言いました。
「艇2、少し押されています」
「姿勢保持します」
「ロープ張力、範囲内」
切れ目が長くなるにつれ、ガスの噴出量が増えました。
ISS3全体がゆっくり姿勢を変えようとします。小型艇がスラスターでそれを抑え、切り出すモジュール側も別の艇が引き受けました。
「救助モジュール内部圧力?」
真壁が地上へ聞きました。
「正常です。十人がいる区画は閉鎖されています」
「続ける」
隣接モジュール側の圧力が十分に下がると、ガス噴出は弱くなりました。
「相対状態、更新しました」
アルンが新しい値を出しました。
「続行できます」
ペトルたちは接続部の周囲を切っていきました。
配管を確認する。
構造材を切る。
配線束は救助モジュール側に長さを残して切断する。
最後に残った強度部材へ入る前に、ロープをもう一本追加しました。
「これで最後です」
「全艇、張力確認」
「確認」
「切ります」
最後の構造材が切れました。
十人を乗せたモジュールが、ISS3から離れました。
勝手に回転しようとした動きを二隻の小型艇がロープで受け、三隻目が姿勢を合わせます。
「独立しました」
「中の圧力は?」
「正常」
「じゃあ持って帰ろう」
◇ ◇ ◇
救助モジュールは、小型艇に引かれて小型船母艦へ運ばれました。
母艦の小型船修理ドックを空けてあります。
複数の小型艇で姿勢を合わせながら、切り出したモジュールをドックの中へ入れました。
「収容完了」
外扉が閉じます。
「気密確認」
「漏れなし」
「空気を戻します」
修理ドックは小型船を船内圧力下で整備できる、エアロック型の気密ドックです。
真空だったドックへ空気が入り、圧力が上がっていきました。
「船内圧と一致しました」
ペトルが切り出したモジュールのハッチ前へ移動しました。
「開けても大丈夫です」
内側からハッチが動きました。
一人目が顔を出しました。
「ここは?」
「うちの小型船母艦です」
真壁が答えました。
「十人いますか」
「全員います」
「じゃあ次は居住船へ行ってください」
救助された乗員の一人が、自分の服を見ました。
乾いた汚れが袖へこびりついていました。
「その前に、できれば……」
「分かってる。シャワーだろ」
◇ ◇ ◇
十人は小型船へ分乗し、人工重力のある居住船へ移りました。
回転する居住リングの外周では、ほぼ1Gの重力があります。
マリアが最初に決めたのは、居室ではなく洗浄区画でした。
「汚染した衣類はここで分けます。シャワーのあと、まず帰還に耐えられる状態か確認します」
「医務室が先じゃないの?」
真壁が聞きました。
「下水を浴びた人を、そのまま医務室へ入れたくありません」
「それはそうだ」
「細かい感染症の検査は?」
「地上です。宇宙の閉鎖環境で汚水を浴びた人を、検査のために長くここへ置く方が危険です。帰還予定の八人は、帰還船が使えるようになったらすぐ地上へ戻します」
十人は順番にシャワーを使いました。
無重量のISS3で汚水に囲まれていたあとです。水が下へ流れ、排水口へ消えていくだけでも、救助された乗員には久しぶりの感覚でした。
ここで行う診察は、目立つ外傷や急性症状の確認と、帰還できる状態かどうかの判断が中心です。帰還する八人の詳しい感染症検査は、地上の医療施設へ引き継ぐことになりました。
洗浄と健康確認が終わると、居住区の部屋が割り当てられました。
「宿泊料金を確認します」
西側の責任者と真壁が再び通信しました。
「一人一日一万ドル。三食込み。二人部屋です」
「十人ですから、一日十万ドルですね」
「そう。五部屋」
「救助費とは別ですか」
「別。一億ドルは救助作業一式。こっちはホテル代」
「分かりました」
地上なら高級ホテルどころではない金額です。
宇宙では、食料、水、空気、排水処理、人工重力区画、寝具、シャワー、医療設備まで維持して一人一日一万ドルでした。
一年単位なら、一部の大富豪を除いて個人払いは現実的ではない金額です。普通の宇宙飛行士なら、国家や所属組織の契約が前提になります。
その日のうちに、西側の責任者からもう一件話が来ました。
「救助とは別件です」
「今度は何?」
「十人の中に、新婚の乗員が二人います」
「いるね」
「二人をISS3へ派遣している国から、この居住船の二人部屋を一年ほど確保できないかという依頼が来ています」
真壁は少し考えました。
「一年?」
「政府契約です。本人払いではありません」
「そりゃそうだ。二人で一日二万ドル。一年なら七百三十万ドルだぞ」
「本国政府が負担します」
「なんで一年?」
責任者は少し間を置きました。
「国家元首の希望です」
「何を希望してる?」
「宇宙で生まれた、自国民の子どもを望んでいます。現時点で、宇宙で生まれた子どもがいるのは、こちらの船団だけです」
真壁は黙りました。
「ISS3でも同じ話をした?」
「していました」
「人工重力がないのに?」
「はい。二人は断っていました」
マリアが通信へ入りました。
「それが正しい判断です。微小重力下での受精、初期胚、着床、胎盤形成、器官形成には分からないことが多すぎます。こちらでも、妊娠を希望する人には受精前から1G近い重力区画へ移ってもらっています」
責任者がうなずきました。
「その運用と、すでに宇宙での妊娠・出産例があることを二人へ説明しました」
「本人たちは?」
「今回は了承しました。ISS3では断りましたが、ここなら危険をかなり減らせると判断しています」
マリアが確認しました。
「本人たちが自分で同意しているなら、医学側で改めて説明します。妊娠を希望するなら、受精前から重力区画です」
真壁は料金表を開きました。
「じゃあ二人部屋を一年。三食込み。七百三十万ドル」
「本国政府名義でお願いします」
「分かった」
救助した十人のうち二人だけ、帰還の日程から外れました。
長距離航海へ出る前に、居住船の一年契約が一つ増えました。




