第5章 五十回忌とゴージャスな流星
『宇宙の解体屋さん』
第5章 五十回忌とゴージャスな流星
中国から続けて入った軌道上の仕事のおかげで、真壁たちが考えていた長距離航海は、しばらく先へ延びていました。
仕事があるなら、まず仕事です。
しかも今度の依頼は、真壁たちの会社でも初めて扱う種類でした。
「宇宙葬の後始末?」
真壁は画面の向こうにいる男を見ました。
某大国で宇宙関連企業をいくつも買収している会社のCEOです。今回、その中に宇宙葬を専門にしていた会社が一社入っていました。
「そうです。正確には、当社が買収した会社が過去に打ち上げた宇宙葬衛星の整理をお願いしたい」
「整理って、軌道から下ろすって意味でいい?」
「全部です。現在も軌道上に残っているものを、可能な限り大気圏へ再突入させたいと考えています」
アルン・ナイルが端末へ目を落としました。
「一覧を見ました。ずいぶん軌道がばらばらですね」
「契約ごとに違ったそうです。費用の高い契約ほど高い軌道へ、長期間残るように投入していた記録があります」
真壁は眉を上げました。
「ずいぶん真面目な会社だったんだな」
「はい。そこは買収後の調査でも確認しています。契約した通りに打ち上げ、契約した通りの軌道へ投入しています」
「俺だったら、金だけもらって5年か10年で落ちるところへ置きたくなるけどな」
ペトル・ノヴァークが笑いました。
「社長が葬儀会社をやらなくてよかったですよ」
「やってたらちゃんと契約は守るよ。思うだけだ」
CEOも少し笑いました。
「低い軌道に入ったものや、投入が完全ではなかったものは、すでに再突入しています。結果として大気圏で火葬された形です。ただ、成功した契約ほど残っています」
「成功したやつが今になって困るのか」
「追跡、軌道管理、衝突回避、各国への説明、将来の責任。その費用が続きます。買収した会社としては、墓地を宇宙に持ち続けるより、契約者を地球へ返したい」
アデオラ・オコエが一覧を横へ送っていきました。
「小さいものから、ずいぶん大きなものまでありますね」
「小型は火葬後の遺骨です。上位契約になると容器が大型化します。最上位には、火葬していない遺体を棺ごと収容したものがあります」
「棺ごと?」
ペトルの手が止まりました。
「はい。約1ダースです」
真壁も画面を見ました。
「それは後で現物を見よう。先に金の話をしようか」
「当社としても、処分費の根拠を明確にしたいと考えています」
「こっちも同じだ。こういう仕事で適当に値札を付けると、あとで面倒になる」
真壁は手元の資料を開きました。
「だから中立のコンサルに計算してもらった。残っている宇宙葬衛星を、このまま管理し続けた場合の費用だ」
CEOが資料を読みました。
「49年分ですか」
「49年分」
「ずいぶん半端ですね」
ペトルも同じところを見ていました。
「社長、私もそれを聞こうと思っていました」
「葬儀系だからね。俺も元は日本人なんだよ」
真壁は椅子へ深く座りました。
「最初は七回忌くらいで区切ろうと思ったんだ。死んだ年を一回目に数えるから、七回忌なら死後6年。ところが6年分の管理費を出してもらったら、思ったより少なかった」
「衛星が古くなっているのに?」
アデオラが聞きました。
「今はまだ管理できてるからな。問題はこの先だ。機器は劣化するし、追跡や衝突回避の手間も増える。そこで五十回忌にした」
「五十回忌だから、死後49年」
アルンが数字を確認しました。
「そう。中立のコンサルに49年間の管理コストを計算してもらった。それを今回の処分報酬の基準にした。うちが勝手にふっかけた金額じゃない」
CEOはしばらく数字を追ってから、うなずきました。
「合理的です。取締役会にも説明できます。五十回忌という理由は、説明資料へ書くかどうか考えますが」
「そこは好きにしてくれ」
◇ ◇ ◇
最初に回収したのは、小型の宇宙葬衛星でした。
中身は、ジュース缶ほどの大きさのアルミ合金製容器です。ひとつの衛星に複数の容器が取り付けられているものもあり、年代によって固定方法も外装も違います。
真壁たちは母船から小型艇を出し、一基ずつ回収していきました。
「銘板、金ですね」
ペトルが容器の側面から小さな板を外しました。
「金だな」
「いただきます?」
「いただきました」
名前や日付の刻まれた銘板は別に保管し、中の容器は丈夫な合成繊維の袋へ入れていきます。袋は容器を詰めると、だいたい地上の大きなゴミ袋ほどの大きさになりました。
袋が膨らむたびに、アデオラが固定具を確認しました。
「いっぱいになった?」
「なった」
「じゃ、えいっ」
小型艇はすでに地球へ向かう再突入側の軌道条件へ移っていました。
真壁が固定を外し、袋を地球側へ送り出します。
袋はゆっくり離れ、そのまま小型艇から距離を取っていきました。
アルンは軌道表示を確認しました。
「このまま入ります。容器はアルミ合金ですから、再突入でかなり早い段階から加熱されます」
「ちゃんと火葬されてこいよ」
真壁は次の袋を作り始めました。
数が多いので、ひとつひとつ感傷に浸っている時間はありません。それでも扱いは雑にしませんでした。中身が誰のものか分かる管理番号を最後まで照合し、地球へ送った時刻と軌道を記録していきます。
◇ ◇ ◇
「次、ずいぶん高いな」
真壁は軌道図を拡大しました。
「ほぼ円軌道です。このままなら1000年でも大気圏へ近づかないでしょう」
アルンが答えました。
「高い契約だったんだろうな」
「外装も高いですよ」
ペトルが現物の映像を拡大しました。
今度の宇宙葬衛星は、削り出したチタン合金のケースを使っていました。
「この中に棺がある?」
「遺骨です。構造図では、さっきと同じくらいのアルミ容器が中に入っています」
アデオラが図面を回転させました。
「マトリョーシカですね」
「高い金払って、外側がチタンになったわけか」
「銘板も厚いですよ」
ペトルが嬉しそうに言いました。
「金?」
「金です」
「それは回収」
この型では、複数の小容器が中央の本体へぶどうの房のように取り付けられたままです。
「助かるな。Starlinkみたいに全部ばらばらだったら、一個ずつ追いかけるだけで燃料がなくなる」
アルンもうなずきました。
「高い軌道まで来る燃料は掛かりましたが、接近後は一度に回収できます」
ペトルは厚い金の銘板を外し、続いてチタンケースを分解しました。
「これ、また使えますよ」
「削り出しだろ。捨てるなよ」
「もちろんです」
中から出てきたアルミ容器は、先ほどと同じように袋へ入れました。
小型艇が地球へ向かう条件へ入ってから、真壁が袋を押し出します。
「いってらっしゃい」
袋は静かに離れていきました。
その後ろでは、回収したチタンケースがすでに再利用品の棚へ固定されていました。
◇ ◇ ◇
最後の一基を見たとき、真壁はしばらく何も言いませんでした。
大きさからして、これまでの宇宙葬衛星とは別物でした。
「これが、最上位契約です」
買収会社から渡された資料をアルンが表示しました。
「多段式ロケットの3段目を改造しています。燃料タンクを小さくして、その分の内部容積を棺の収納区画へ使っています」
「約1ダースって、これか」
「12基です。火葬前の遺体が棺に入ったまま収容されています」
ペトルが船外カメラの映像を見ました。
「解体します?」
真壁は霊廟船を見たまま首を振りました。
「これはそのまま送ろう」
「エンジンも?」
「3段目のエンジンと燃料タンクは外す。そこはロケットの部品だ。棺の入っているところは触らない」
ペトルの表情が少し変わりました。
「墓として扱うんですね」
「12人まとめて入ってるんだ。霊廟だろ。墓をばらして中身を袋へ詰め直す仕事までは請けてない」
アデオラが構造図へ印を付けました。
「エンジンとタンクを外した場所に、離脱用のロケットを付けますか」
「在庫に使える固体燃料ロケットがあっただろ」
「再生品です」
「うちらしいじゃないか」
ペトルが別の在庫表を開きました。
「ケースとノズルは検査済みです。点火系も交換してあります。推進薬は非破壊検査の記録があります」
「公称値そのままでは計算しませんよ」
アルンが言いました。
「分かってる。霊廟船の方も元の3段目とは別物だ」
燃料タンクとエンジンを外せば質量が変わります。そこへ別の固体燃料ロケットを付けるので、重心も慣性モーメントも変わります。再生品の固体燃料ロケットには、推力や燃焼時間のばらつきもあります。
軌道計算は、現在の質量と重心、慣性モーメント、再生固体ロケットの実測値を基準に、最初から作り直します。
「まず現物の質量を測ります。重心位置と慣性モーメントも取り直します」
「固体ロケットは?」
「実測できる項目を全部入れます。残る推力と燃焼時間のばらつきは、誤差側へ振って計算します」
「点火したら途中で絞れないからな」
「点火時刻と姿勢を決める前に、落下予測範囲まで出します」
数時間後、霊廟船から古いエンジンと縮小された燃料タンクが取り外されました。
棺の区画は開けません。
ペトルたちは接続部を補強し、回収品を再生した固体燃料ロケットを取り付けました。姿勢制御系も現状の質量特性に合わせて確認し直します。
アルンの端末には、何本もの再突入軌道が重なっていました。
「方向は北西から南東。落下予測の中心を北マリアナ諸島の南東約2000kmに置きます」
真壁が画面をのぞき込みました。
「島の上は通さないよな」
「落下予測範囲は海上へ収めます。固体ロケットの性能誤差、大気密度の変動、姿勢誤差、破砕時刻のばらつきも入れています」
「一点へ落とす計算じゃないわけだ」
「範囲で見ます。北西から南東へ進入させ、予測される破砕物も陸へ掛からない条件を選びました」
真壁は表示された長い楕円を見ました。
「よし。それで行こう」
そこからさらに、固体燃料ロケットの取り付け角、点火系、姿勢制御、通信、追跡装置を確認しました。
霊廟船は、打ち上げられた当時の3段目から構成も質量特性も大きく変わりました。
12基の棺を収めた霊廟と、回収品から再生した固体燃料ロケットを組み合わせた、一度きりの帰還機になっていました。
最後の確認が終わりました。
「これで忘れ物はありません」
ペトルが工具と回収品を固定しました。
「じゃ、離れよう」
小型艇が霊廟船から距離を取ります。
アルンが軌道を再確認しました。
「姿勢安定。点火時刻まで30秒」
誰も余計なことを言いませんでした。
再生した固体燃料ロケットは、予定された時刻に一度だけ働けばいいのです。
「10秒」
霊廟船は静かに地球を回っていました。
「5、4、3、2、1。点火」
固体燃料ロケットの噴射が始まりました。
真壁たちの小型艇から見ると、霊廟船は明るい噴射炎を引きながら少しずつ離れていきます。
アルンは燃焼中の加速度と追跡値を見続けました。
「推力、予測範囲内。燃焼時間も入っています」
「再突入回廊は?」
「北西から南東。落下予測中心、北マリアナ南東約2000km。誤差範囲も海上です」
真壁は遠ざかる霊廟船へ手を振りました。
「じゃあ、行ってらっしゃい。水葬になっても恨まないでね」
霊廟船はやがて大気圏へ入り、追跡画面の表示が次々と分かれていきました。
「主構造、破砕しました」
アルンが追跡を続けました。
「予測範囲内です。残った破片も太平洋上へ向かっています」
しばらく画面を見ていたアデオラが、ふと思い出したように真壁を見ました。
「で、社長。金の銘板は外さなかったのですか?」
「金は埋蔵量の少ない資源だぞ。こんなところで消失させていいわけないだろ。もちろん回収したよ」
真壁が資材箱を指しました。
「ペトルに外してもらった。墓そのものは崩さないけど、外から取れる金まで燃やす理由はない」
ペトルが資材箱の固定具を軽く叩きました。
「厚い銘板でした。ちゃんとここにあります」
「棺の中の副葬品は?」
「そこには手を付けてない。まあ、たくさんあった副葬品は中間圏あたりで燃えただろうけどな」
◇ ◇ ◇
その日、サイパン、テニアン、ロタでは、ひときわ長く明るい流星が見えました。
北西から南東へ走った光は、普通の流星よりずっと長く空に残り、途中でいくつもの明るい破片に分かれました。
何かの宇宙機が再突入したと気づいた人もいました。
ただ、その中に12基の棺があり、五十回忌を基準にした管理費で地球へ送り返された霊廟だったことまでは、島から空を見上げた人たちは知りません。
とてもゴージャスな流星でした。




