第4章 1億ドルと飲茶
『宇宙の解体屋さん』
第4章 1億ドルと飲茶
巡洋艦として長い航海へ出るには、旅支度と、出ると決めることが残っていました。
その話を始めたところで、中国から仕事が入りました。
通信画面に出てきたのは周立成です。
真壁が最初の宇宙ステーションを買い、その中に何が残っているのかもよく分からないまま部品表を中国へ持ち込んだ頃からの付き合いでした。
「社長、急ぎの仕事があります」
「周さんが急ぎって言うと、だいたい面倒なやつだな」
「最初に会った頃から、お互い様でしょう」
「それはそうだ。何が浮いてる?」
周は資料を送ってきました。
古いレーダー偵察衛星です。
船団で電力系を見ているアデオラ・オコエが資料を開き、数ページめくったところで手を止めました。
「これ、BES-5系ですか?」
「旧ソ連の設計を参考にした中国製です」
ペトル・ノヴァークが横から画面をのぞき込みました。
「参考、ですか」
「そこは今日の仕事に関係ありません」
「じゃあ、ほぼコピーですね」
周は返事をせず、別の図面を開きました。
「原子炉を積んでいます。高濃縮ウランを使う臨界動作型です。冷却材はナトリウム・カリウム系の液体金属。発電は熱電変換です。設計思想は、皆さんが以前扱った旧ソ連機にかなり近いと思ってください」
「兵器級の濃縮度?」
アデオラが聞きました。
「はい」
「運転は続いてる?」
「出力を落としてありますが、炉は生きています。問題は冷却系です」
周が配管系統を拡大しました。
冷却材の量と温度、電磁ポンプの電流、炉出口温度、放熱器側の温度履歴が並んでいます。
「NaKが少しずつ漏れています。今は循環していますし、温度も管理範囲です。ただ、漏れは止まっていません」
アルン・ナイルが数値を追いました。
「減り方がほぼ一定ですね」
「こちらの解析も同じです」
「対外説明は?」
真壁が聞きました。
「『現在の漏洩率が継続した場合、半年程度で安定した冷却の維持が困難になる可能性がある』です」
真壁が周を見ました。
「で、俺向けは?」
「半年くらいで炉心が溶けます」
「やっぱりそっちか」
「社長には最初から言っておきます。冷却材の残量と炉の発熱から見て、今の漏れ方ならその辺りです。漏れが増えれば早まります」
アデオラが資料を閉じずに言いました。
「地上へ落ちる可能性は?」
「現在の軌道には当面の余裕があります。ただ、長期間放置すると安全を保証できません。こちらで軌道変更作業をする案も出ましたが、原子炉へ接近して手作業を増やしたくないという結論になりました」
「それで、うちですか」
「そうです。社長のところなら、原子炉そのものをいじらずに衛星をつかんで、別の推進段へ固定できます」
ペトルが聞きました。
「推進段は?」
「こちらで用意しました。もう軌道上です」
アルンが顔を上げました。
「もう上げたんですか」
「急ぎですから」
「仕事を断ったら?」
「こちらでやるしかありません」
「危ないから、うちに頼んでるんだろ」
「そうです。なので、断らないでください」
「その推進段、うちの作業軌道に合わせて上げてありますよね」
「はい」
真壁が笑いました。
「断ると思ってないな」
「最初に社長が宇宙へ来たとき、こちらもかなり無茶を聞きましたから」
長い付き合いでした。
真壁たちが軌道へ上がる足を持っていなかった頃、中国側は輸送枠を出しました。中国側が欲しい旧ステーションの部品は真壁たちが外しました。その後も、使われなくなった設備を買う側と、処分したい側で何度も話がまとまりました。
頼む側と頼まれる側は、そのたびに入れ替わっています。
「処分先は?」
アルンが聞きました。
「太陽です」
「地球周回には残さない?」
「残しません。低い軌道に置いたまま再突入の心配を抱えるのも、高い軌道へ移して長期間の管理対象にするのも避けたい。地球へ戻ってこないところまで出して、そのまま太陽へ入れます」
アルンが送られてきた推進段の性能表を開きました。
「大きいですね」
「小さい物を何段も継いで、途中で一つ止まる方が困ります」
「最終的な地球中心速度は、第2宇宙速度を明確に超えますね」
「はい」
アルンは軌道計算用の画面を別に開きました。
「地球から逃がすだけなら、第2宇宙速度を超えたところで仕事は終わります。でも、それだけなら衛星は太陽の周りを回り続けます。今回は地球を離れたあと、太陽に対する速度も大きく変える必要があります」
「だから推進段を大きくしました」
「地球の公転方向に対して逆向きの速度成分をかなり入れる、と」
「その軌道はこちらでも計算しました。最終確認はそちらでお願いします」
アルンは数分、黙って数字を見ました。
「この条件なら行けます。太陽への突入予測は約3か月後です」
「それでお願いします」
真壁は金額を聞きました。
「いくら?」
「1機、1億ドル」
「ロケットモーター込み?」
「推進段はこちらで用意します。社長のところには、接近して固定し、軌道を決めて送り出すところまでお願いしたいです」
「分かった」
周が続けました。
「今回うまくいけば、残っている同型機も順番にお願いします」
「まだあるの?」
「あります。もう使っていません。処分だけが残っています」
ペトルが笑いました。
「かなり作りましたね」
「中国製です」
「旧ソ連には許可を取ったんですか」
「社長、作業手順の話をしましょう」
真壁もそれ以上は聞きませんでした。
「普通の状態なら1機1億ドル。炉心溶融が始まっている物は要相談。それでいい?」
「それでお願いします」
アデオラも資料を見たままうなずきました。
「溶け始めた物は、線量と温度と構造を見てからですね」
◇ ◇ ◇
対象衛星とのランデブーは、船団にとって珍しい作業ではありませんでした。
真壁、アルン、ペトル、アデオラは、宇宙に上がった最初の頃から、動かなくなった衛星やロケット上段へ追いつき、相対速度を合わせ、回収してきました。
今回は回収物に生きた原子炉が付いています。
そのため、触る場所だけが違いました。
「線量、上がっています。予定どおりここから先は無人作業で」
アデオラが計器を見ています。
「熱画像も送って」
「出しています。漏れている側、温度分布は資料と一致。NaKの付着が疑われる場所にはアームを近づけません」
ペトルは作業艇のカメラを切り替えました。
「推進段、見えました。中国側のアダプタフレームも図面どおりです」
少し離れた軌道に、中国側が先に上げた加速用ロケットモーターが待っています。
今回は衛星の構体を分解せず、壊さないまま推進段へ固定して持っていきます。
「まず衛星を安定させます」
アルンが相対運動を見ながら言いました。
「回転、毎秒0.06度。反対側から微小噴射。止めすぎないでください」
「了解」
作業艇のスラスターが短く噴きました。
衛星の回転がゆっくり落ちます。
「0.02。もう一回、半分」
「半分入れます」
「0.005。これならアームで取れます」
真壁が船外カメラを見ました。
「昔なら、これだけで一日仕事だったな」
「昔はアームも寄せ集めでしたからね」
ペトルが答えました。
「今も寄せ集めだろ」
「今は、どの寄せ集めが使えるか分かっています」
アームが衛星の構体をつかみました。
炉心部から離れた、構造強度の残っている部分です。
「把持完了。荷重正常」
「推進段まで持っていきます」
アルンが二つの物体の相対位置を重ねます。
「前へ0.3。上へ0.1。そのまま」
真壁が操作しました。
「アダプタまで20m」
「速度、毎秒4cm」
「10m」
「毎秒2cmまで落とします」
何度もやってきた作業です。
違う衛星を、違う上段へ固定する。そのたびに形も質量も重心も違います。
測る。
合わせる。
合わなければスペーサを入れる。
締結位置を変える。
推力軸と重心が大きくずれないようにする。
今回は中国側が対象衛星の寸法に合わせたアダプタを用意していたため、仕事は早く進みました。
「1番クランプ、入りました」
「2番も入った」
「3番、荷重が少し高いです」
ペトルが画面を拡大しました。
「右側の当たりが先です。スペーサ2mm追加します」
「持ってる?」
「こういう仕事で2mm板を持ってない解体屋がありますか」
「ないな」
作業艇の小型アームがスペーサを送り込みます。
「もう一度締めます。1番、2番、3番、4番。全部荷重範囲」
アデオラが言いました。
「原子炉側の温度変化なし。冷却材漏れの増加も見えません」
「固定完了です」
ペトルが手を離しました。
衛星と巨大な推進段が、一つの物体になりました。
「次は軌道です」
アルンが言いました。
中国側の計画軌道をそのまま使わず、実際に固定した後の質量と重心、現在の位置と速度から計算をやり直します。
「投入時刻、修正します。予定より11分42秒遅らせた方がいい」
「理由は?」
「固定作業中に位相がずれました。今の位置からそのまま点火すると、太陽突入時刻が指定窓から外れます」
「3か月後には入る?」
「入ります。中国側の推進段には余裕があります」
真壁が通信を開きました。
「周さん、こっちは固定完了。点火を11分42秒ずらす」
『了解しました。軌道計算はこちらでも照合します』
「炉心はまだ元気」
『そのまま送り出してください』
中国側から照合結果が戻りました。
軌道は一致しました。
「作業艇、退避します」
アルンが言いました。
「推進段から50kmまで離れます。点火方向の後方には入らないでください」
「分かってる」
「社長に言っています」
「分かってるって」
点火までの時間が減っていきます。
真壁たちの作業艇は、十分な距離を取っていました。
「10秒」
アルンが読みます。
「5、4、3、2、1。点火」
画面の中で、推進段の噴射が始まりました。
衛星とロケットモーターが、ゆっくり位置を変えていきます。
近くに見える時間は短く、速度差はすぐに大きくなりました。
「追跡正常」
アルンが軌道を更新します。
「地球脱出条件を越えます。最終的な地球中心速度、第2宇宙速度を明確に上回ります」
真壁は遠ざかる光点を見ました。
「サヨナラ」
「まだ太陽まで3か月ありますよ」
「もう取りに行かないから同じだ」
アデオラが軌道表示を確認しました。
「地球へ戻る交差はありません」
アルンも最終解を出しました。
「太陽突入、予測どおり約3か月後です。微小な誤差は今後の追跡で更新しますが、処分軌道への投入は成功です」
真壁は周へ連絡しました。
「終わったよ」
『こちらでも確認しました。助かりました。社長、帰りにこちらへ寄れますか』
「何か追加作業?」
『追加の報酬があります』
「それは行く」
◇ ◇ ◇
中国の宇宙ステーションへ着くと、周が待っていました。以前にも真壁たちのステーションまで来たことがある周は、今回も宇宙まで上がっていました。
「追加の報酬って?」
「こちらです」
周が食事区画へ案内しました。
固定されたトレーの上に、小さな蒸籠が並んでいます。
焼売。
蝦餃。
叉焼包。
大根餅。
宇宙食のパッケージを開けて食べる夕食とは、見た目から違いました。
「飲茶?」
「はい。今回の追加報酬です」
ペトルが蒸籠を見ました。
「これ、宇宙で出すのはかなり面倒でしょう」
「今日は、その面倒も報酬に入っています」
アデオラが蝦餃を一つ取りました。
「地上なら普通の料理でも、ここでは食材を上げて、温度管理して、保管して、調理設備まで維持するんですよね」
「海老も肉も小麦粉も調味料も、ほとんど地上から来ています」
「水も」
「水は循環分がありますが、料理に使える形で管理する手間はあります」
アルンが焼売を見ながら言いました。
「軌道上で食べると、値札より輸送費の方が気になりますね」
「今日は気にしないでください。仕事は終わりました」
真壁が叉焼包を取りました。
「じゃあ遠慮なく」
「遠慮したこと、ありましたか?」
「最初に会った頃は少しあった」
「覚えていません」
長い付き合いでした。
最初の宇宙ステーションへ人を上げる輸送枠を頼んだ頃から、何年もたっています。
周が茶の容器を真壁へ渡しました。
ペトルが大根餅を食べながら聞きました。
「ところで、残りは何機あるんです?」
周は茶を飲みました。
「今は食事をしましょう」
「やっぱり多いんですね」
「昔は必要だったんです」
真壁が蝦餃を取りました。
「数は次の契約書で見るよ」
「そうしてください」
そこで契約の話は終わりました。
追加報酬の飲茶は、地上なら普通の価格帯の料理です。
軌道上では、食材を運び、保管し、食べられる状態まで維持するだけで、ずいぶん高価な料理になります。1億ドルの作業料とは別に、中国側はそこまで用意していました。
「社長」
アルンが焼売を取りながら言いました。
「旅支度の費用、増えましたね」
「そうだな」
「巡洋艦で出ます?」
真壁は少し考え、周からもう一つ叉焼包を受け取りました。
「その前に、次の契約書が来そうだな」
周は黙って茶を飲みました。
その顔で、全員だいたい察しました。




