第10章 帆を張る巡洋艦 いよいよ小惑星帯へ巡洋艦が出航
『宇宙の解体屋さん』
第10章 帆を張る巡洋艦
発射台Jの予約表は、その後も少しずつ埋まっていきました。
真壁は、地上担当者から送られてきた契約一覧を確かめ、最後に宇宙船団の仕事の予定表を開きました。
「もう、そろそろ行けるだろう」
「どちらへですか」
アルンが聞くと、真壁は火星の軌道を指しました。
「その先。小惑星帯だよ。昔から巡洋艦を造ると言っていたのは、あそこまで商売を広げたいからだ」
「片道だけでも長い航海になりますよ」
「巡洋だろ。着いてすぐ帰れる距離なら、いつもの仕事と同じだ」
宇宙船団には、もう国家の常備宇宙軍として登録された艦艇があります。その中核となる小型船母艦は、回収船として数十年かけて増築され、巡洋艦として登録されていました。
工場船、倉庫船、居住船は地球周辺に残り、解体と修理、衛星の回収、発射台Jから届く貨物の受取りを続けます。遠征する巡洋艦には小型艇と工作設備、補修部品、推進剤、長期航海に必要な物資を積み、帰還まで自力で保守できる体制を作りました。
「いちばん気を遣うのは、乗員の生活物資ですね」
アデオラが在庫表を開きました。
「水と空気は循環させます。食料、医薬品、交換膜、フィルター、潤滑剤は消耗量を計算し、予定航海日数に予備日数を加えて積みます」
「保存の利く物を多めに積もう。新鮮な魚は帰ってからだな」
「帰還が遅れた場合の予備も計上します」
マリアは、長期航海中の診療と生活管理を引き受けました。居住船の半径200 mの回転リングは地球周辺に残り、巡洋艦の乗員は微小重力環境で長い期間を過ごします。船内には運動設備と医療区画を設けてありました。
「筋力と骨量は定期的に確認します。船外作業の勤務時間も記録してください」
「今回は外で働く時間がずいぶんありそうだ」
ペトルが艦外構造の図を広げました。
「帆を張りますからね」
◇ ◇ ◇
巡洋艦の船体は、真空中で造ることを前提にしたトラス構造でした。
中央の比較的頑丈な骨格には、機器室、タンク、格納庫、作業アーム、推進器の取付部などが分散しています。波や空気を切るための船殻を省き、真空で使う機械と構造物が外側へ露出した造りでした。
その主トラスからさらに枝分かれした、ひどく長く細いトラスが伸びていました。
「この張り出し、地上で組んだら根元の曲げモーメントが相当だな」
真壁が船外カメラを見て言いました。
「ええ。自重で根元の曲げが増えますし、圧縮材の座屈も見なければなりません」
ペトルが答えました。
「こちらでは船の推進加速度による慣性荷重、帆の張力、太陽光圧を荷重条件にしています。とくに取付座の偏心荷重と根元の曲げを抑えたいですね」
支持部材のうち、主トラスから分岐する根元と、帆の張力を受ける結節点は局所的に補強してあります。そこから先は、質量を抑えるために細い部材と張力材を組み合わせていました。
そして、その間へ巨大な帆を張ります。
スパンカーに似た形の帆は、太陽方向と帆面の角度、反射特性、艦の重心との位置関係を計算して取り付けます。帆に働く光圧の合力が重心からずれると回転モーメントが発生するため、推進方向と姿勢制御の両方を考えて張る位置を選びました。
「取付座を各トラスへ分散させておいて正解でしたね」
ペトルは取付点の一覧を見ました。
「次の姿勢では、艦尾側の取付座へ移す方がモーメントを抑えられるな」
「ええ。帆の合力の作用線を重心へ寄せられます。固定式の取付座を使えば可動マストの軸受や駆動機構も増やさずに済みます」
「時間はあるし、みんなで張ればいい」
別のトラスには、大面積のスピンネーカー型の帆も準備してあります。
海のヨットでは風圧で膨らむスピンネーカーも、宇宙では船員が張力を与えて形を作ります。膜を保管袋から繰り出し、端部を1か所ずつ細長いトラスへ固定し、張力を均等にしていきました。
それだけ大きな膜をいっぺんに扱えば、作業員の手から離れた部分がゆっくり流れて、隣のアンテナや放熱器へ引っ掛かる危険もあります。膜の端には仮係留索を取り付け、作業アームと船外作業員が少しずつ繰り出しました。
「そっちは張り過ぎです」
「少し緩めます。先に反対側を固定してください」
ペトルは船外で固定点を確かめ、通信で作業の順序を伝えました。
膜材は、回収した衛星用の反射膜から適したものを選び、つなぎ合わせてあります。縁の補強材も何種類か混じり、補修した箇所には番号札が付きました。
太陽光圧は極めて小さいものです。それでも広い面積へ長時間当たれば、推進剤を使わず速度を変えられます。
「往路は、使えるところでスピンネーカーも加速に使います」
アルンが航路図へ補助推力の矢印を重ねました。
「帰路は減速に回す。太陽へ向かう区間を使えるな」
「ええ。太陽へ向かう速度成分に対し、外向きの光圧が減速方向に働きます。軌道上の位置と帆の姿勢を合わせ、減速に効く区間を選びます」
「航行中に帆の位置も変えるんだな」
「ええ。太陽との位置関係を見ながら付け替えます」
真壁は、船外作業の予定表を見ました。帆の展開だけで何日も取ってあります。
「帆船になったな」
「乗組員総出ですからね」
◇ ◇ ◇
巡洋艦の艦橋は、どこか軍艦を思わせる配置でした。
操縦者は全員シートへ身体を固定します。ごく小さい加速度が継続し、姿勢変更や船外作業の反作用も生じるため、固定した姿勢のまま監視画面と操作器へ手を伸ばせる配置にしてありました。
艦橋の大きな表示装置は、アメリカ型のグラスコックピットの流儀でまとめられています。状態ベクトル、相対航法、電力系統、各推進器の運転状態、船外映像を必要な画面へ呼び出せました。
その下に並ぶ実際の操作器は、旧ソ連型の押しボタンや機械式のスイッチが中心です。身体を固定したまま操作するときは、タッチパネル上の小さな表示を探すより、指先の感触で区別できる押しボタンの方が確実な場面もあります。
バルブ類は各機器の近傍に集め、艦橋からの遠隔操作と現場での手動操作を併用します。配管は機器側にまとめ、艦橋には制御系と監視系を引き込みました。
「画面はアメリカ、スイッチはソ連。うちの会社らしいな」
真壁が座席のベルトを締めながら言いました。
「予備品の箱も別々の国の表示です」
アデオラが答えました。
「通電試験、推進器の系統切替、弁の遠隔操作は確認しました。太陽電池の出力は各系統とも予定範囲です」
太陽電池は、宇宙船団が集めた古い衛星のパネルを何度も組み替えて大きくしてきたものです。50,000 m²を超える規模まで増えましたが、使われているセルの年代と効率、傷み方はばらばらです。
「火星より先へ行ったら、日射量が減りますね」
アルンが表示を切り替えました。
「2.5 AUなら、太陽光は地球付近の1/6.25です」
「推進器の稼働基数は、日射量に合わせて組み直すことになるな」
「ええ。セルの劣化率、入射角、変換損失を見込んで電力収支を組み、運転できる推進器へ配分します」
アデオラは、太陽光発電と原子力系の電源を別々に表示しました。旧式原子炉とRTGは、長期にわたる基礎電力や保温を支えます。多数のイオン推進器を動かす大電力の主力は、依然として太陽電池側でした。
「低日射区間の推進器の運転計画は?」
「発電量に合わせて運転基数と各推進器のスロットルを調整し、低推力でも加速を積算します」
巡洋艦は、小さな推力を何日も何か月も掛け続け、速度を積み重ねて遠くへ進みます。スピンネーカーから得る光圧も、同じように積み重ねて使います。
船外作業員が帆の点検を終え、すべての係留位置に戻りました。
「出航していいか」
真壁が聞きました。
アルンは最終の軌道計算と、地球周辺の衛星の位置を照合しました。
「出発軌道への移行を開始できます。交差する軌道との接近予測も確認しました」
「それでは、お願いします」
推進器の運転表示が順に点灯しました。
座席で感じ取れないほどの小さな加速度が、推進器の運転とともに生じます。何本もの推進器が吐き出すイオンによって、巡洋艦の速度は少しずつ変わり始めました。
発射台Jを持つ新しい国の軌道上施設が、ゆっくり遠ざかっていきます。
◇ ◇ ◇
長距離航海が始まってからも、乗員の仕事は尽きませんでした。
太陽電池の劣化したセル列を切り離し、余裕のある系統へ負荷を移します。微小な姿勢変更のあとには、トラスに沿って帆を移し、取付座を変えました。
ある日には、スピンネーカーをいったん全部外して、別の位置に張り直しました。
「次の取付点、もう少し艦尾寄りです」
「そちらへ回します。膜が折れないように見てください」
船外に出たペトルたちが、長いトラスの間で作業を続けました。
帆を支持する細い部材は、太陽光圧だけなら十分に持ちます。しかし、作業員が一斉に引っ張れば、その瞬間の荷重は光圧よりずっと大きくなります。急に引かず、いくつかの固定点へ荷重を分けていきました。
イオンエンジンは、その間も小さな加速を続けています。作業員は艦へ係留され、離れた膜材は仮係留索で確保されました。万一、部材を放してしまえば、艦と違う運動を始めてしまいます。
「ずっと帆を張ってますね」
「船に乗っているんだから、帆を張る仕事くらいあるさ」
真壁は、艦橋で送られてきた作業映像を見ながら笑いました。
火星までの所要時間は長く、火星の軌道を越えてからも目的地までの航海が続きます。太陽は地球付近より小さく見え、同じ帆を張っても得られる光圧は弱まっていきました。
アルンは、予定していた補助推力を下回る区間では航路計算を更新し、運転できるイオン推進器を組み替えました。到着予測には、出発時の惑星配置、最初に獲得した速度、連続噴射で積み上がるΔv、各天体の重力による軌道変化を入れます。
「火星の軌道を越えました」
当直から報告が入りました。
「火星は予定どおり通過だな」
「ええ。火星への接近軌道を外し、追加のΔvを小惑星帯への遷移に回しています」
「そのまま進めよう」
その先で、観測に使う機器が順番に働き始めました。
光学望遠鏡、可視光と近赤外の分光器、熱赤外の観測器、レーダー。遠くにある小惑星候補の位置と速度を追跡し、距離が詰まるにつれて形状と表面の違いを調べていきます。
小惑星の反射特性は、金属の露出面、岩石質の表面、細かな塵の層によって違います。観測する波長を変えて反射率を比較し、表面温度の自転周期に伴う変化も測定しました。
「金属質の特徴が強く出ている候補から、優先して追います」
アルンが言いました。
「欲しいのは中身まで金属のやつだ」
「内部は重力測定で平均密度を出し、露出面の試料も採って確かめます。候補を絞って接近しましょう」
画面には、いくつもの候補の軌道が重なっていました。
真壁は価格を付けるための欄を増やしました。金属の種類と量だけでなく、地球側へ動かすための軌道変更量、次に接近できる時期、回収作業に掛かる時間まで、別々の数字として並べます。
「見た目が同じなら、帰りやすい方が高い」
「その考えで選ぶなら、候補はずいぶん減りますよ」
「輸送に掛かるΔvと日数を費用へ換算しよう。最後に手元へ残る利益が大事だ」
やがて巡洋艦は、最初の詳しい調査対象へ相対速度を合わせ始めました。
遠い地球の軌道から、長い時間を掛けて来た航海です。
宇宙の廃品を回収してきた会社が、今度は小惑星の金属資源を探し、採算の取れる軌道を選ぶ仕事へ踏み出しました。




