第11章 1,000年先の資産
『宇宙の解体屋さん』
第11章 1,000年先の資産
巡洋艦が最初に詳しく調べた小惑星は、金属を含んでいました。
可視光では反射率の高い波長帯があり、近赤外線のスペクトルも岩石質の候補とは違っていました。熱赤外線で測った昼側と夜側の温度差は、単純な粉末状の表面を仮定した計算から外れていました。
「中身はどうだ?」
真壁は観測結果の表を見ました。
「表面には金属質らしい特徴が出ています。ただ、砂や岩屑に覆われていると温度の変化も違ってきます。内部まで金属が続いているか、これから確かめます」
アルンは小惑星の自転周期と形状を求め、別の観測器でレーダー反射を測りました。レーダーで強く反射する領域があり、偏波を変えると違いが出ます。複数の観測値を合わせると、金属質の可能性が高まりました。
「体積は?」
「立体形状を更新中です。まだ凹凸を十分に測れていません」
「体積の推定にも誤差が出るな」
「ええ。形状モデルの誤差は、そのまま体積と平均密度に効きます。質量は別に重力測定で求めましょう」
詳しい形状が分かると、近接させた小型艇の相対軌道から小惑星の重力も測り始めました。小型艇は重力でわずかに引かれます。追跡した位置と速度を合わせれば、重力定数と質量の積を推定できます。
小惑星の平均密度は、重力から求めた質量を体積で割って計算します。表面の孔や内部の空洞も体積に含まれるため、空隙の多い小惑星ほど、鉄やニッケルの材料密度より低い値になります。
「1つずつ調べよう。見込み違いの塊を1,000年運ぶのは困る」
真壁は次の候補を表示させました。
岩石成分の多い候補、金属が偏在している候補、内部に大きな空隙がありそうな候補。推定価値が高くても、地球側へ送るために非常に大きな軌道変更が必要なものもありました。
何度も観測と接近を繰り返したあと、ようやく真壁が表の1行を指しました。
「これだな」
体積はおよそ1〜2 km³。形は不規則ですが、表面の多くが金属質の反射特性を示し、レーダーでも金属らしい領域が広がっていました。小型艇による重力測定から求めた平均密度は、岩石の多い小惑星より高い値です。
ペトルが小型艇を使って数か所を詳しく調べました。露出部の表面を削り、別の場所では孔を開けて、深さごとの切粉を回収しました。分析装置へ送った試料は、鉄とニッケルを主体としていました。
「採取した深さまで、鉄とニッケルが連続しています。露出面の皮膜だけという状態ではなさそうです」
「貴金属は?」
「白金族元素が検出された地点があります。地点ごとに品位が違うので、平均品位は採取点を増やしてから評価しましょう」
「白金族は保守的な品位で評価しよう。上振れした分は利益になる」
真壁は、推定総質量の欄を開きました。
鉄とニッケルを主体とする金属塊として、仮に平均密度を1 m³当たり7.5 tとすると、1 km³で7,500,000,000 t。2 km³なら15,000,000,000 tになります。
「積載量1,000 tの貨物船でも、1 km³の方だけで750万便だ。輸送コストが桁違いになるな」
「切削、荷役、輸送船の建造と推進剤を考えると、母材のまま軌道を変える方が合理的です」
ペトルが答えました。
「小さい方は現物を持って帰る。大きい方は、そのまま動かす」
真壁は、2つの作業計画を並べました。
◇ ◇ ◇
もう1つの目的は、体積100 m³程度の小さな金属質小惑星でした。
球に近い形と仮定すれば直径は6 m弱です。平均密度が1 m³当たり7.5 tなら、全体の質量は約750 tになります。
こちらの候補には、巡洋艦の機銃も利用しました。
「1発だけ撃ちます」
機銃の担当者が報告しました。
艦と小惑星の状態ベクトルを測り、飛散物が艦の機器へ向かわない射線を選びます。真空中の弾丸の軌道は、発射速度と飛行時間、各天体の重力を織り込んで計算しました。
真壁は射撃の映像を待ちました。
「発射して」
機銃が単発で発射されました。
艦側では、その反動による小さな速度と姿勢の変化を記録しました。弾丸は予測した場所へ命中し、着弾点から細かな物質が飛び散りました。
望遠カメラが、太陽光に照らされた飛散物を追いました。分光器は、飛散物の反射スペクトルと着弾直後の発光を別の時間帯で測定します。
「飛散物の反射スペクトルは金属質を示唆しています。衝突発光の方も記録できました」
「着弾地点の結果ですね。ほかの面も調べましょう」
アルンが確認しました。
「ええ。各面のスペクトルを調べてから、近付いて試料を採ります」
飛散物による反作用も観測しました。弾丸の入射運動量に、飛散物が持ち去った運動量を合わせて衝突インパルスを見積もり、小惑星の軌道変化との対応を調べます。
アルンは飛散方向と粒子の速度分布を観測したうえで、小惑星のその後の軌道を測定しました。立体形状から推定した体積と組み合わせると、平均密度の見積もりが得られます。
「推定質量は約750 t。飛散物の反作用を考慮しても、計算は大きく変わりません」
「本当に鉄とニッケルが多いなら、持って帰って売れるな」
小型艇が接近して試料を回収し、素材を直接分析しました。必要な検査を済ませたあと、回収用の支持具を取り付け、巡洋艦の外部固定部へ運びます。
750 tの小惑星を扱う作業では、重量を吊り上げるよりも慣性の制御が中心になります。相対速度と自転を落とすまでに時間と推進剤を使い、固定後は艦との合成重心と慣性モーメントを計算し直しました。
「これで実物を持ち帰れます」
「証拠品だな」
真壁は固定部の映像を見ました。
「大きい方には識別標識と追跡用の反射器を付けよう。再加速に戻るときの基準になる」
◇ ◇ ◇
巨大な小惑星の表面へ、巡洋艦は再び近付きました。
「固定位置は、主トラスに近いところを選びます」
ペトルが作業案を示しました。
「固定座は小惑星の母材から取るとして、主トラスへの荷重を分散させたいな」
「ええ。金属の露出部を加工して取付座を設け、複数の支持点から主トラスへ荷重を流します」
ペトルは固定部の配置を詳しく検討しました。金属母材に加工する取付座は、表面の凹凸、自転による加速度、内部に残る割れ目を調べたうえで位置を決めます。
接触場所を選び、加工した支持点へ荷重を分配します。船体の主トラスと小惑星をつなぐ固定具の状態を、複数のセンサーで監視できるようにしました。
「この質量だとイオン推進で得られる加速度は極小です。初期の軌道修正と、その後の積算Δvを分けて計画します」
アルンが軌道計算を示しました。
「分かってる。100年単位で、場合によっては1,000年掛かってもいい。ただし地球へ落ちる軌道は駄目だ」
小惑星は、地球の近くへ向かうまでにも太陽を何度も周回します。巨大な質量に対して巡洋艦が与えられる推力は小さく、短期間で軌道を大きく変えられません。
まず、ごくわずかな速度変更を与えるため、小惑星自身を加工することになりました。
ペトルたちは金属塊へ円錐状の燃焼室とノズルに似た空洞を加工しました。小惑星の金属そのものを構造体として使い、そこへ噴射用の装薬を据え付けました。噴射による力は、加工した空洞から小惑星本体へ伝わるようにしました。
「最初の噴射で得られる速度変化は、ごくわずかです」
アルンが計算値を確認しました。
「それでいい。まず軌道を少し変える。あとは時間をかけて速度の差を積み上げよう」
点火の前には、艦と小惑星の固定状態、推力の方向、小惑星の自転、噴射時の局所荷重を確認しました。小惑星の軌道変更量が小さくても、噴射孔の近くに大きな応力が掛かることには変わりありません。
「点火します」
担当者の報告が入りました。
噴射が始まると、加工した空洞からガスと微細な物質が噴き出しました。艦のセンサーは小惑星側の振動と固定具の荷重を記録しました。噴射が終わると、アルンは観測値で新しい状態ベクトルを求めました。
「計算どおりです。小さな軌道変更ですが、観測でも確認できました」
「空洞は?」
ペトルが加工部の映像を出しました。
「噴射で内壁が削られています。このまま同じ寸法で使うのは難しいですね」
「砲身の再加工と同じだな。内壁の切削代を取って、次はオーバーサイズに仕上げるか」
「そうですね。次回の噴射に備えて腐食部分を切削し、内径をオーバーサイズで再仕上げします。割れ目や残存肉厚を確認して、再加工の余裕がなければ別の位置に燃焼室とノズルを新しく加工します」
最初の微小な軌道変更を与えたあとも、巡洋艦は小惑星に固定したまま、イオンエンジンによる低加速度の推進を続けました。小惑星の質量は極めて大きく、巡洋艦の推力で得られる加速度はわずかです。それでも長時間推進を続けることで、少しずつ速度が変わり、予定する軌道へ近付いていきます。
地球へ向けた航路を選ぶ際には、将来の地球と月の位置も入れました。月周回軌道への最終的な捕獲には、到着時に追加の推進と精密な軌道変更が要ります。
「次の再加速は、接近可能な時期ごとにΔvと所要推進剤を見直そう」
「ええ。惑星の摂動を含めた軌道伝播を続け、追加のΔvを入れるたびに到着時期と地球最接近距離を更新します」
「次の航海でまた加速できる。接近機会も含めて、その都度計画を詰めよう」
アルンは地球への衝突確率、将来の接近距離、軌道変更を続けるための余地を、定期的に監視する項目へ入れました。
小惑星そのものには、会社が識別するための標識と観測用の反射器も取り付けました。今後の追跡と追加作業で使うためです。
「固定具はいつでも分離できます。切り離し前の点検も終わりました」
ペトルが言いました。
「予定していた速度変更は、もう十分か」
「はい。今回の積算Δvは計画値に達しました。軌道追跡を継続して、次の再加速機会を見積もります。巡洋艦は帰還できます」
真壁はうなずきました。
小惑星には最初の噴射と、その後のイオン推進で、予定していた速度変更を与えました。追跡用の設備と、将来の再加速計画も残しています。
巡洋艦は固定具を外し、巨大な金属塊から離れました。
小惑星は、それ自身の太陽周回軌道を進み続けます。真壁たちが見ている間に地球へ到着する見込みはありません。
「あとで取りに来るからな」
艦橋で真壁が言いました。
◇ ◇ ◇
帰路では、スピンネーカーをもう1度張りました。
太陽へ近付く方向に進む区間では、太陽光圧の外向き成分を減速に利用できます。海の帆船なら風を受けて膨らむ帆も、ここでは細長いトラスの先へ1か所ずつ張っていきます。
「また総出か」
「往路と同じですよ。張る場所は違いますが」
ペトルは帆の縁を別の取付座へ移しました。
推進器の向きも、帰還する軌道に合わせて変えます。イオンエンジンは低推力で長時間働き、太陽光圧の減速成分も計算へ加えました。
船外には100 m³ほどの小さな金属塊が固定されています。これも艦の質量に加算し、推進と姿勢制御を組み直してあります。
地球周辺の船団が近付くと、アルンは最後のランデブー計算を確かめました。
「相対速度を合わせます。作業艇の受入準備は完了しています」
「帰ったら、いよいよ商談だな」
真壁は、巨大な小惑星と小さな小惑星の資料を2つの欄に分けました。
一方は現物。もう一方は、1,000年掛かるかもしれない将来の資源です。
どちらも会社の資産として説明するつもりでした。
◇ ◇ ◇
帰還後、真壁は会社の役員、国の担当者、金融機関や取引先を集めて説明会を開きました。
最初に映し出されたのは、巡洋艦が運んできた小さな金属小惑星でした。
「体積は約100 m³。推定密度と、持ち帰ってから行った実物の分析によって、鉄とニッケルを主体とする約750 tの金属資源だと確認できました。現物はここにあります」
真壁は次の画面を開きました。
体積1〜2 km³の巨大な金属質小惑星。表面の分光測定、熱赤外線による温度観測、レーダー、重力測定、複数地点の試料分析。そこには、何を測定できて、何が推定値のままなのかが分けて記載されていました。
「こちらは会社が保有する大規模な資源です。現在は小惑星帯の太陽周回軌道を進んでいます。巡洋艦で初期の軌道変更を済ませ、今後も接近機会に応じて追加の加速を行います」
「それで、いくらになるんですか」
金融機関の担当者が、資料の資産額の欄を指しました。
「まず、今日の金属相場で計算した額面を出しましょう」
真壁は比較表を開きました。
「鉄隕石の平均的な組成を参考に、鉄90.8%、ニッケル8.6%、残り0.6%と仮定しています。鉄はスクラップ相当で320ドル/t、ニッケルは15,500ドル/t。コバルトなどの微量成分と白金族元素は、今回は金額へ加えていません」
最初の行は、実際に運んできた100 m³の金属塊です。
「750 tのうち、鉄は681 t、ニッケルは64.5 t。鉄が217,920ドル、ニッケルが999,750ドル。合計1,217,670ドル。約122万ドルです」
真壁が次の行を指すと、桁数が一気に増えました。
「大きい方は、平均密度7.5 t/m³として、体積1 km³なら総質量75億tです。同じ組成と単価で計算すると、鉄が約2兆1,792億ドル、ニッケルが約9兆9,975億ドル。合計で約12兆1,767億ドルになります」
さらに下には体積2 km³の場合も表示してありました。
「2 km³で150億tなら、約24兆3,534億ドルです。現在の鉄とニッケルの価格を固定した、金属含有量による額面評価です」
大型の小惑星については、表の右側に別の欄が設けられていました。輸送と精錬の費用、将来の販売時期、供給量による市況の変化、軌道修正の成否を織り込むための欄です。
「到着までの期間と実現確率を計算して、現在価値を出します。その先で、会社が国に提供する保証の限度額を決めます」
「到着はいつになりますか」
金融機関の担当者が聞きました。
「今の保守的な計算なら、1,000年近く掛かる可能性があります」
会場の何人かが顔を上げました。
「1,000年ですか」
「現在価値は、到着までの時間と将来の追加加速を織り込んで算定します。アルン、航行シナリオをお願いします」
真壁はアルンへ合図しました。
スクリーンに、複数の到着予測が現れました。現状の軌道を追跡するだけの場合。10年単位の間隔で新しい船を送り、再加速を繰り返す場合。さらに発電と推進技術が改善した場合。そこには、それぞれ必要な作業費、到着までの時間、想定される到着確率が並んでいます。
「この評価額には、今後の再加速も織り込まれているんですか」
「はい。これから行う再加速も、実施できる見込みを含めて計算しています」
アルンが答えました。
「追加加速の実施確率、費用、観測誤差、実施時期をシナリオごとに設定しています。到着確率と現在価値も、それぞれ別に算定します」
真壁が続けました。
「1,000年後に届く物と、100年後に届く物では、現在価値が違うでしょう。技術が進んで到着予定が早まりそうなら、実際に再加速する前でも市場はそれを織り込みます。その見通しも含めて会社の資産を評価してほしいんです」
「地球との衝突を避けるための軌道管理費も、計算に入っていますか」
「入っています。地球へ落としたら、資産どころか賠償問題ですから」
数字は大きくても、帳簿上の評価には不確実性が残ります。金属の含有率も、長い時間の途中で追加作業が必要になることも、最終的に月周回軌道へ捕獲するための費用も、それぞれの見積もりへ入れました。
「国の資産になるんですか」
別の出席者が尋ねました。
「会社の資産です」
真壁は、会社名義の保有資産一覧と、国への保証契約の欄を分けて示しました。
「会社は商売を続けます。資源も会社が持ちます。国と会社の帳簿を分けたうえで、その会社がこの国の信用を保証します」
「保証の限度は?」
「現在価値と会社の資金余力を照らして、保証の限度額を決めます。保有資源が増えたり到着見込みが改善したりすれば、その都度評価を更新します」
真壁は、先ほどの750 tの金属塊をもう1度映しました。
「今回、現物を調査して持ち帰るところまで実証しました。次の航海でも別の小惑星を探し、大きな金属資源の保有数も増やしていきます」
表の最下段には、保有する資源が1つ増えた場合と、再加速によって到着時期の見通しが改善した場合の試算が並んでいました。
会場では、さっきまで静かだった担当者たちが、今度は同時に資料をめくり始めました。
「質問があります。次の小惑星の候補は、もう決まっているんですか」
真壁は、その質問を待っていたように、最後の画面を開きました。
「候補なら、もう何個もあります。まず、こちらの軌道を見てください」
画面には、まだ会社の資産一覧に載っていない小惑星が、1つ映し出されました。
11話の短いお話になりましたが読んでいただきありがとうございました。
スペースジャンクはこれで終話になります。
評価やブックマークがまったく0の状況なので好評とは思えず、このままでは作品そのものがなろうのサーバーを埋めるジャンクとなりかねないためw 終話としました。
連載はこれでいったん終わりですが、評価やブックマークが増えてくるようでしたら書きたい分野でもあるので第2部などを書けると思います。




