第54話:都の候補地決定!〜キャンプに最適です〜
「よし、決めた。俺の家、ここに建てるわ。……あ、車持娘との愛の巣ね」
近江の北側、琵琶湖を一望できる高台で、海斗は勝手に杭を打ち込んでいた。
脳内ではすでに、最新のタワマンばりの内装と、エプロン姿で「おかえりなさい、海斗様」と微笑む車持娘との新婚生活がフルカラーで再生されている。
「海斗殿、妄想はそこまでです! ここは宮殿の北端、防衛上もっとも重要な地点になる予定なんですよ。勝手にマイホームを建てないでください!」
子麻呂が胃をさすりながらツッコミを入れる。だがその時、周囲の茂みがガサリと揺れた。
「ひっ……! な、なんですか。熊ですか、それとも琵琶湖の幽霊ですか!?」
情けなく震える子麻呂。しかし、茂みから飛び出してきたのは幽霊ではなく、鋭い槍を構えた数人の男たちだった。
「都の回し者が、勝手に我らの山に踏み込むな!」
地元の猟師か、あるいは土地を追われることを恐れた勢力か。殺気立った男たちが、海斗たちに襲いかかる。海斗は「うわあああ、愛の巣を作るのが罪なのかー!」と意味不明な叫びを上げて地面に転がった。
――その瞬間、空気が凍りついた。
「……海斗殿、下がっていなさい」
さっきまで「胃が痛い」と泣き言を言っていた子麻呂の目が、冷徹な剣士のそれに変わった。
抜き放たれた剣が、夕日を浴びて鈍く光る。
「……私は、中大兄様の御前で、蘇我の首を落とした男。貴様らのような有象無象に、後れは取らん」
一閃。
子麻呂が地を蹴ると、一瞬で先頭の男の槍を叩き落とし、その喉元に切っ先を突きつけた。速すぎて、海斗の目には残像しか見えない。
「ひいっ……! た、助けてくれ!」
男たちが腰を抜かして逃げ出すのを見送り、子麻呂は「ふぅ……」とため息をついた。
「あー、やっぱり胃が痛い。海斗殿、おやつ、まだ残ってますか?」
「……子麻呂、お前、普段からそのキャラでいろよ」
海斗は呆れながらも、頼もしい同僚の背中に、少しだけ安心したのだった。
【今回の学習ポイント】
・遷都にともなう土地接収: 都を移すには広大な土地が必要だけど、そこには当然、先祖代々その場所で暮らしてきた人々がいたんだ。国家の強引な命令に対して、各地で今回のような小規模な衝突や抵抗が起きていたことが、当時の記録からも推測されてるんだ。
・近江の防御陣地: 琵琶湖の西岸には、背後に険しい山々が控えているんだ。中大兄皇子(天智天皇)は、都の守りを固めるために、山の上に「大野城」などの朝鮮式山城を築かせ、唐や新羅の侵攻に備える徹底した防衛ラインを敷いていたんだよ。
・古代の刀剣と武官: この時代の刀は、後の日本刀のような反りはなく、直刀と呼ばれる真っ直ぐな形が主流で、子麻呂のような武官たちは、この直刀を使いこなし、いざという時には皇族の護衛や反乱勢力の鎮圧にあたるプロフェッショナルだったんだ。




