第47話:無謀な賭けと、撤退のロジック
「……おい、嘘だろ。あんな数、どうやって相手にするんだよ……」
俺の目の前には、白村江の河口を埋め尽くさんとする唐・新羅連合軍の艦隊が広がっていた。
巨大な楼船が波を切り、太陽の光を反射してギラギラと輝いている。対するこちらの倭国軍は、数はそれなりにいるものの、船の大きさも装備も、素人目に見ても「大人と子供」くらいの差があった。
隣で戦況を睨みつけている中大兄皇子が、苛立ちを隠さぬ声で俺に問いかけた。
「……海斗。貴様、さっきから何をぶつぶつと抜かしている。この大戦を前にして、また何か『妙な予感』でもしたのか?」
(出たよ、相変わらず鋭すぎるプリンス……!)
俺は冷や汗を拭いながら、必死で言葉を選んだ。
「いや、予感っていうか……その、俺の故郷の古い伝承(?)だと、こういう時に無理に突っ込むと、海が真っ赤に染まるまでボコボコにされる……みたいな話があったような、なかったような……」
「伝承だと? 貴様の故郷は、戦の前に不吉なことしか教えぬのか」
「いや、マジなんですって! ほら、相手の船を見てくださいよ。あんなデカいのにまともにぶつかったら、こっちの船なんて一瞬で粉々ですよ。ここは……その、一旦落ち着いて、逃げる準備とかした方がいいんじゃないですか?」
後ろに控える不比等も、不安そうに俺の顔を覗き込む。
「海斗様……。貴様の仰ることは非合理的ですが、確かにあの艦隊の威圧感は異常です。ですが、今さら引けば士気が……」
「士気より命だろ! 生きてなきゃ、次の作戦も何もないじゃんか!」
後ろにいた不比等に泣きそうな顔を向けながら叫んだ。
俺は歴史のテストの記憶を必死に手繰り寄せた。白村江……火攻め……全滅……。確かそんなキーワードがあった気がする。でも、詳しい事なんて全然思い出せない。
「あの、中大兄皇子。勝つのは無理……じゃなくて、もし万が一、相手が火とか使ってきたら終わりです。だから、全軍で突撃するフリだけして、すぐに引き返せるようにしておいてください! お願いします!」
俺の必死すぎる、というか情けない懇願に、中大兄皇子は眉をひそめた。
「……貴様は、私に『逃げろ』と言うのか。この状況で」
「逃げるんじゃないです! 日本(倭国)を守るための力を温存するんです! ここで全滅したら、向こうの軍勢がそのまま日本まで来ちゃいますよ!」
中大兄皇子は俺の顔をじっと見つめ、小さく鼻で笑った。
「……ふん。相変わらず、貴様の物言いは臆病だが、妙な説得力だけはあるな。よかろう、不比等。全軍に『深追い厳禁』と伝えよ。少しでも怪しければ即座に反転する」
戦いの火蓋は切られた。
歴史の結末をあやふやにしか知らない俺は、ただ祈るしかなかった。どうか、この「逃げ腰」の助言が役に立ちますようにと。
【今回の学習ポイント】
・戦力差の現実:当時の唐は世界最強の帝国。武器、戦術、造船技術のすべてにおいて、日本(倭国)は圧倒的に遅れていたんだ。
・百済復興への執着:なぜ無謀な戦いに挑んだのか。それは、当時の日本にとって百済との繋がりが「外交・文化の要」だったからなんだ。
・敗戦の功罪:この大敗によって、日本は「今のままじゃヤバい!」と本気で気づき、急速に中央集権化と国防(水城や大野城の建設)を進めることになるよ。




