第43話:出陣のドラと、ママの歌声
「……いよいよか。これ、修学旅行の出発前とは次元が違う緊張感だわ」
筑紫の港には、無数の軍船がひしめき合っていた。松明の火が海面に揺れ、兵士たちの掛け声が夜の空気を震わせている。
俺は船の隅っこで、支給された革製の防具を慣れない手つきで調整していた。
「海斗、何を震えているのです。貴様は私の隣で、記録係(ログ取り)に専念すれば良いと言ったでしょう」
不比等が、呆れたように声をかけてきた。その手には、戦場でも手放さないらしい分厚い木簡の束がある。
「いや、不比等くんはいいよな、頭脳派で。俺、もし矢とか飛んできたら反射的にスマホでガードしちゃいそうだよ(持ってないけど)」
「……また意味の分からぬことを。それより、中大兄皇子がお呼びです。例の『光の合図』、先遣隊とのテストで良好な結果が出たそうで、詳細な運用ルールを固めたいとのことです」
俺は不比等に促され、ひときわ巨大な安宅船……の原型のような旗艦へと向かった。
そこには、鎧に身を包み、鋭い眼光を放つ中大兄皇子が立っていた。
「海斗、来たか。貴様の提案した『光信』、夜間でも月明かりがあれば使えることが分かった。これなら、霧が出てもある程度の統制が取れる」
「あ、お役に立てて光栄です、皇子。……でも、あんまり期待しすぎないでくださいね。電池……じゃなくて、太陽や月が出ないと使えないっすから」
俺が少しへりくだって言うと、皇子はふっと表情を和らげた。
「……貴様は、不思議な男だな。誰もが死を覚悟するこの局面で、そんな『逃げ道』のような軽口が叩ける。だが、その余裕が今の我らには必要なのかもしれん」
その時。
港の奥から、斉明天皇の朗々とした歌声が響いてきた。
「熟田津に、船乗りせむと、月待てば……」
「……母上」
皇子がその声の方を向く。それは、歴史に残る有名な「出陣の歌」だった。
「よし、全軍に告げよ! 百済の再興、そして我らが国の安寧のため……発向せよ!」
ついに、歴史の歯車が大きく回り始めた。俺は、現代に帰れる保証もないまま、古代の軍船と共に未知なる海へと漕ぎ出した。
【今回の学習ポイント】
・万葉集の名歌:「熟田津に〜」の歌は、額田王が斉明天皇の出航の際に詠んだと言われている超有名な歌だよ。これから始まる大戦への、静かだけど強い決意が込められているんだ。
・古代の軍船:
当時の船は、後の戦国時代の安宅船ほど豪華じゃないけど、数百人を乗せて海を渡るだけのパワーがあった。でも、羅針盤とかはないから、星や島を目印にする超アナログ航法だったんだ。
・白村江への期待感:当時は「負ける」なんて思ってなかった。百済を助けて、自分たちの勢力を取り戻すんだ!っていう、いわば「イケイケ」のムードと、「でも唐はヤバいよね」っていう不安が混ざり合ってた時期だね。




