第九話
江戸城本丸。
日本の各地に配置された間諜、直轄地の幕臣等々から大小様々な情報が発信される。
その情報は本多正純の元に集められる。
彼の手によって、一見無関係な情報が整理統合され、幕府に叛意を示す者達の企みが、白日の元に晒されるのである。
彼の元に八丈島からの知らせが届いた。
宇喜多秀家島抜け。
彼を手引きした二人の男については正体不明消息不明。
正純はここ数日に入手した情報を思い出す。
怪しい三人組が会津藩に入った。
正体不明の三人組、仙台藩に入る。
宇喜多秀家の体格・人相については記憶している。会津藩から仙台藩に移動した三人組は、宇喜多秀家と島抜けに協力した男達と見て間違い無いだろう。
「正純さま、宇喜多秀家が島抜けしたそうですね」
「ああ、今奴は仙台藩にいる」
「奴は何を考えているのでしょうか?」
「馬鹿の考えなぞわからんよ。理解不能。今更どこかの藩の客将にでもなろうというのか。無理無理。考えてもみろ、あの薩摩でさえもてあましたんだぞ。伊達も前田も手を差し出す事はないよ」
「宇喜多はそう思っていない、と?」
「ああ、情勢認識も出来ない、己の価値もわかっていない、とんでもない馬鹿だよ」
「そんな馬鹿をどうして担ぎ出そうとするのでしょうか?」
「さあね。元主君と部下かもしれない。だとしたら、とんだ道化だな」
「もしかして大坂に誘われた、という事はないですか」
「それもないな。大坂が必要なのは将ではなく、兵だよ。戦いとは、基本的に兵の数で決まるんだ。逆転することは滅多にない。今、我等は大坂の兵の数倍の兵を、大御所の下知一つ集めることが出来る。将一人で何が出来ると言うのだ。それにあの年増は戦いを恐れている。飽きていると言ってもいい。あれは必ず戦い以外の方法で勝利を目指す筈だ」
「戦い以外の方法って、あるんですか?」
「そんなもん、ある訳ないだろ。だから、我等も応仁の乱以来百五十年も戦っているいるんだ。戦うことなく天下を取る、そんな虫のいい話、あってたまるか」
「それもそうですね。それでどうします?宇喜多秀家」
「奴の狙いがどこにあるのか、それがわかるまで保留だよ、保留」
「そうですね」
本多正純はこの話題を打ち切った。
いくつかの取るに足らぬ情報の後、正純の目に止まったのは、「真田大助、父親の重臣達を集めて夜な夜な密談。お家騒動に発展か?」というものだった。
大坂城に潜んでいる忍びから送られたものだった。
夏には命運を決める大戦が始まるというのに、脳天気な事だな。
正純は読み終えた紙を火にくべようとした時、内容に疑念が浮かんだ。
この忍びは密談を一度足りとも聞いてはいない、という事だ。複数回密談が開催されながら、会場に近づく事が出来ない、それ程警戒が厳重だという事だ。また重臣が何回も参加するという事は、密談の内容が荒唐無稽なものではなく、実現可能性があると思わせる内容である、という事だ。そして、その内容は真田信繁の意志に反する。真田大助、何を考えているのだ?
素直に考えれば、豊臣秀頼を裏切り、徳川方に恭順するの事の密談だ。しかしそれならば一度くらい、故意にこちらの間諜に密談内容を聞かせる筈だ。つまり豊臣を有利に導く内容でありながら、真田信繁の倫理感では首肯しかねる事を論議しているのだ。その内容とは何だ?
まだ断定するには早いな。引き続き検討。
「毛利家から献上される河豚が豊臣家に下賜される」
何だこれは。
毛利家が毎年皇室に献上している事は知っている。しかし、いくら長門の特産品とは言え、毒の含まれる食材を献上するであろうか。害意あり、と思われる事について不安に思わないのだろうか。
即ちこの情報の前半部分は嘘。後半部分の信憑性を高めるだけのものだ。
重要なのは、大坂城に河豚が送られ、秀頼や首脳陣が食べざるを得ない、という事だ。誰が何を考えているのか。秀頼や淀の好物については知らん。大坂城内の人間が自分の立場の向上を狙っているのか?違うな、それなら皇室を経由させる必要がない。毛利勝永の手柄にしたい?これも違うな。奴が長州の毛利家と何の縁もない事は周知の事実だ。同じ理由で、奴の失脚を狙ったものでもない。
大坂城内での権力闘争の一つなのだろう。何かの事件が起こるとしても、皇室や毛利に責任はない。よからぬ事をたくらんだ者がいて、その意を汲んだ調理人、毒見、配膳が実行した事になる。疑われるのは、徳川だろうな。我等には実行するに値する動機と実力がある。しかし我等はそんな姑息な手は使わない。夏に行われる戦いは、外様大名と大坂浪人の戦いになる。外様大名の力を削ぎ、日本から浪人を一掃すれば、幕府の体制は万全なものとなる。戦いのない勝利は、我等に必要ない。事件が起きた際に徳川家の仕業に見せかけて、豊臣家の士気を上げることが狙いなのだろう。
豊臣方の首脳陣で、いなくても戦力に変わりない者と言えば、・・・あいつか。誰がこの計画を主導しているのだ?
正純の中で先程の情報との統合が行われ、疑問が氷解してゆく。
しかし、このままあいつの策が成功するのも面白く無いな。我等に濡れ衣を着せようとしているのだからな。ちょっと遊んでやるか。真田大助よ、止められるものなら止めてみろ。
本多正純は部下に二、三指示して、再び思考する。
豊臣方の士気をあげたとて、逆転は覚束ないぞ。戦に出た事もないぼんくらを旗印にしても、勝てる訳がないだろう。他にどんな策があるというのだ。
彼の頭脳は、先程保留扱いにした情報との統合を試みる。
「宇喜多秀家島抜け」「正体不明の三人組、仙台藩に入る」
そうか、そういう事か。
いつの間にか正純は笑顔になっていた。
面白い事を考える人間がよくぞ豊臣方に現れたものだな。
「おい、今すぐ大坂に行くぞ。準備しろ」
情報の魔人、本多正純が動き出す。




