第八話
淀の方を殺す事には理由がある。
第一に徳川との戦いの足を引っ張る存在であること、第二に秀頼公の成長を阻害しているからだ。
殺害方法にも色々あるが、敢えて毒殺を選択したのは、徳川方の仕業と思わせる為だ。前触れのない死は、三年半前の加藤清正公の急死と結び付けて考えるだろう。そうなれば徳川から離反するまではいかなくとも、不信感を抱く大名が続出する。徳川方全体での戦意は下がるだろう。反対に豊臣側は主の母を殺され、士気が上がるだろう。
毒殺のメリットはまだある。死体の損壊が
少なく、腐敗についても夏に比べて進行は遅い。従って、死んだ際の状況が長く維持される。病死の
場合と同じ様に、通夜、本葬、初七日、四十九日と人を集める事が出来る。将軍の義理の姉という身分も利用できるだろう。
課題が多発した前回から二日が経過した。
同じ刻、同じ場所に同じ面子が揃っていた。
「今夜こそ決行日を決めるぞ」
僕は皆に宣言した。転生した時からもう半月が経過していた。残された時間はどんどん減っている。ここまでは僕の知っている歴史の通りに推移している。早く実行して、誰も知らない世界へ移行しなければ。
「前回色々と課題が出たが、気にすることはない。むしろ我等の策の成功への確率が高まったと考えるべきだ。それでは清海さん、配膳係について調べたことを教えて下さい」
「はい。配膳係は大坂城内の侍女から選抜され、内十名が専任職です。それ以外は宴の参加者数に応じて抜擢され、最大二千名が登用されます。登用は基本的に信頼度順だと思って下さい。今回下賜される河豚の量から考えて、宴の参加者が十名、配膳係が二十名と想定されます」
「つまり上位二十名を調べればいい、という事か」
「いいえ。配膳係は女子ですので、宴の日取りによっては月のものにかかる事もあります。そうした者は不浄の者として、配膳の任に就く事は出来ません。体調不良の者も同様です。発生した欠員については、下位の者から補充されます。今回は念の為、専任職を含め上位四十名を調べております」
月のものってなんだ。ちょっとわからないな。まあ、ある程度余裕を持って調べているのだから、問題ないだろう。
「どうやって徳川の間諜をあぶり出す?」
「まずは出生地を調べる。忍の里の周辺は論外。徳川ゆかりの地、三河・遠江・駿府・関八州及び不明の場合は調査を行う事にした。次に両親の有無、帰省頻度を調べた。故郷への結び付きが強く、それが徳川とか忍びと無縁と思われたら、良しとする。それから、配膳係としての勤務状況。月のものによる休みが定期的な者はいいが、不定期な者には注意だ。更に病気の履歴を調べた。月のものが止まる程なのに、風邪一つひかない者もいる。こうやって怪しい者を選別した。幸い序列二十位までに怪しい者はいなかった。怪しいのは序列二十六位と三十八位の二名、いずれも出生地不明で両親は既に亡くなっている。月の休みも三日前に明けている」
「三十八位はともかく、二十六位は配膳係に登用される恐れがある訳か」
「当日の序列で言えば最下位に近い筈だ。秀頼公に近づく事は出来ないのだから、それ程心配しなくてもいいのではないか」
「配膳係は疑われずに、厨房に入る事が出来る。料理をすり替えられたら、終わりだ」
「佐助さん、忍びを一人出してくれないか。二十六位から目を放さないで下さい。怪しい動きをしたら、躊躇なく殺して下さい」
「わかった」
「次に川担当の配膳係の保護についてです、引き続き清海さん、お願いします」
「騒ぎが起きた瞬間に、我等で保護します。食糧庫の一角に隠れられる空間を用意します。一晩そこで過ごしていただきます。翌朝、岸和田の農家が城内の糞尿を引き取りに来ます。樽の中に隠れて、車に載せられて大坂城を脱出、岸和田にて解放します。最終的にはご両親共々高野山で暮していただきます」
当人も両親も今の暮らしを続ける事は出来ないが、少なくとも生きていられる。真田家が存続する限り、この一家を支援したいと思う。しかし、僕がこの世界で生きる事に足掻けば足掻くほど、この様な家族は増えていくのだ。ごめんなさい。いつの日か必ず罰は受けます。
「鎌之助さん、調理人の詳しい素姓を教えて下さい」
「名前は青熊。勿論、本名ではない。見習いとは言え、忍なのでその名を与えられている。越前出身、代々農家の家系で、両親は既に死んでいる。三十七歳、妻子はいない」
「真田の忍びに加わった経緯は?」
「十四、五歳の頃、一向一揆の加わっていたらしい。その際に越前藩士を殺してしまい、生まれ住んだ村から逃亡。逃亡先の漁村で漁師の手伝いをしていたが、越前藩の追跡を受けて、そこからも逃亡。次は大坂の商家で荷物の運搬をしていた。殿の大坂城入城の際に下男として仕える事になった」
「どうして忍びに?」
「身体が強く、勘もいい。才蔵の部下が誘ったそうだ。河豚のさばき方については、漁師の手伝いをしている際に自己流で身に付けたものらしい」
「手先も器用で、毒に対する知識もある、という事か。それで、この身の上話は確かなものなのか?」
「下男として雇った時に語った内容だ。昨日酔わせた後に尋ねたら、ほぼ同じ事を語った。間諜が覚え込ませたものとは考えにくい。奴の話す越前訛りも、地元で生まれ育った者の訛りらしい」
「そいつを信用するとして、どうやって逃がす?」
「大井戸に飛び込んでもらう。井戸の底には忍びだけが知る城外への脱出路があるので、それを使う」
「谷町から何処に向かうのだ?」
「筑前に向かう船に乗る。そして途中で海に落ちる事故に遭って、消息不明となる」
「わかりました。無事、大坂へ戻って来たら、報奨金をお渡しします。青熊さんには、生きる事を諦めないで、とお伝え下さい。海堂さんは、黒猫さんの脱出経路についてですね。宜しくお願いします」
「黒猫は走る事が出来ぬ故、警備の者達に取り囲まれるだろう。だが、敵が誰かわからない段階ですぐに殺される事はない。包囲陣が狭まった時を狙って、閃光弾を使う。光と煙でしばらくは動けない筈だ。その間に、旦那が黒猫を抱えて逃げるという寸法だ」
それだけか?僕には随分荒っぽい内容に思われた。
「佐助さんはどう思いますか?」
「ああ。問題ない」
夫である佐助さんがそう言うのだから、問題ないのだろう。
「最後に佐助さん、当日の警備体制についてお願いします。警備の対象は我等の計略に係る者、父である真田信繁公、それから豊臣秀頼公です」
「はい。警備には真田の忍びのおよそ6割を投入し、厨房から会場までの経路を含めて配置致します。2割を用いて配膳係及び青熊、黒猫の保護・脱出にあたります。残りの2割は不測の事態に備えて別所にて待機となります」
「佐助さんが黒猫さんのところにいると、全体の指揮はどうするの?」
「大助さま、我等は忍びです。忍びは役目を果たす為に、それぞれが最適な行動を取れるように訓練されております。だから事が始まってしまえば、指揮は不要なのですよ」
そんなものか。
その後の論議で、決行日を十日後に定めた。連動して全てが動き出す。




