第十話
決行日を決めてからというもの、僕は終始緊張していた。僕自身にする事は何も無い、強いて言えば普段通り過ごす事だが、計画通りに進んでいるのか気になって仕方がない。
彼等の事は信頼しているが、最悪の事態についても準備しておく必要がある。
「万が一の時は、伊佐さん、お願いします」
「わかりました。不逞の輩を斬り伏せる様、配備しておきます」
ここでの最悪は標的を殺し損ねる事ではない、首謀者が真田だと発覚する事だ。それだけは是が非でも避けなければならない。例え味方を殺してでもだ。
気になるのは徳川方の動きだ。
僕の計画のどこまでが、幕府に知られているのだろうか?筒抜けとは思わないが、ある程度は知られているだろう、とは思う。
真田が淀の方を殺そうとした時、徳川はどう動くだろうか?放っておいてくれたらいいのだが、そうもいかないだろうな。僕が徳川側だったら、この機に乗じて秀頼公を無き者にし、その責任を真田に押し付ける。そこまでの強度は無くとも、我々を妨害しつつ、豊臣の弱体化を図る作戦を採用するだろう。
どうやって防ぐ?徳川にとって、ここで秀頼公を殺す事にメリットは無い。徳川は武力で豊臣を滅ぼして、幕府に逆らった者の末路を諸大名に見せつけたいのだ。この機を逃すと、この先起こる反乱ではもの足りない。天草四郎や由井正雪では小者過ぎるのだ。本気では来ない。失敗してもいい、という感じ。要は今秘密裡に豊臣方の組織改革を行おうとしている僕に対する牽制、お手並み拝見といったところか。
どんな手で来る?さっぱりわからない。
当日の厨房の警備を手厚くするか。
他の勢力の動きはどうなっているのだろう?
例えば、豊臣家。豊臣家の当日の警備体制はどうなっているんだろう?
「伊佐さん、当日の警備体制はどうなりますか?」
「表については、蟻の子一匹入れない程の警備体制が引かれます。不測の事態については対象を肉の壁で守る事になるでしょう」
「裏は?」
「申し訳ありません。裏については佐助に聞いていただけますか」
「わかりました。佐助さんを呼んで下さい」
程なくして佐助さんが現れた。
「佐助さん、当日の豊臣家の裏の警備体制について教えて下さい」
「それが、よくわからないのです」
「わからないって、まさか忍びが組織されていない訳ではないでしょう」
「ええ、あるにはあるのですが、あまりにも小規模ですし、普段も滅多に目にしておりません」
「豊臣程の者が・・・忍びの大切さがわかっていないのか?」
「そういう事になるでしょうね。太閤様御存命の頃には飛騨の忍びを用いていたのですが・・・今は影の組織を毛嫌いされている様です。曰く豊臣家の威光があれば、諜報活動は必要ない、戦わずとも勝てる、と」
「そんな考えで、よく今まで生きて来られたな」
「頂点が女子と子供の組織です。甘く見られているのでしょう」
「僕もそう思います。佐助さん、徳川の襲撃が考えられます。我等の手で秀頼公を守るぞ」
「御意」
予定通り大坂城のとある部隊で食中毒事件が発生した。
城内の雰囲気は多少ざわついたが、発症者の症状は軽く翌日には回復したので、すぐにおさまった。
改めて河豚毒の恐ろしさについて、注意喚起となったであろう。
それでも予定通り河豚の宴を実行する事になる。
調理人の技量に関する目が厳しくなると同時に、毒見役も増強される。この機に乗じて青熊さんと黒猫さんを送り込むのだ。
徳川がどう出るのかわからないが、予定通り実行するだけだ。
予期せぬ出来事が発覚したのは宴の前々日の昼過ぎに、城の出入りを確認している者から佐助さんを通じてもたらされた為であった。
帰省から戻った侍女が、大荷物を持って帰城。荷物をあらためると同僚に配る土産との事。
侍女の身柄を確認したところ、非常勤で配膳係をしており、序列三十八位であった。
徳川の揺さぶりが始まった事を、僕は確信した。
土産の中に微小の毒を混入し、序列上位の配膳係を一挙に体調不良に追い込む。そして、序列の低い徳川の手の者を一気に引き込むのだ。
「彼女は今どこにいる?」
「今は土産を配り歩いておりますが」
「やめさせろ。徳川の策略の恐れがある。土産に毒が仕込まれていたら、配膳係の人員が一掃される。代わりに多くの内通者が送り込まれるぞ」
「わかりました。すぐに拘束します」
「それから土産物は既に配られたものも含めて全て回収します。先日の食中毒騒ぎで城内への持ち込みについては厳重に確認する事になっております。連絡が遅れて申し訳ありませんが、一旦全て提出していただきます、という事にしましょう。急いで下さい」
三十八位に声をかけ、土産の提出に協力してもらった。同時に既に渡した先についても回収した。
三十八位が徳川の内通者かどうかはわからない。今回は抵抗するなと言い含められていたのかもしれない。彼女の供述によると、大坂城に戻る帰り道にあった土産物屋で購入したとの事。 ますますわからない。今回は灰色にしかならないだろう。
土産ものは饅頭で、饅頭から毒は検出されなかった。
饅頭を包んでいた竹皮に微量の付着していたのを発見したのは翌朝の事だった。饅頭については、毒を拭取り三十八位に返却した。
こうして饅頭騒動については、何事もなく終わった。
しかしこれは徳川方からの宣戦布告に過ぎない。これから二の矢三の矢を放ってくるだろう。
油断大敵、慢心するなかれ。僕がこの先生きのこるには、この道しかないのだから。
僕は敵の取る策略について考え続けた。
我等の策を上書きするものである筈、我等の動きに乗じて動き出す。
我等は淀の方を殺すだけではなく、秀頼公を守らなければならない。
敵の妨害が明らかな今、攻守のウエイトを変更する必要があるだろう。
僕は佐助さんを呼んで、僕の考えを告げた。




