第十一話
宴の当日となった。
表の役目として僕は秀頼公の控室にいる。会場に入れる役職ではない。
何かあった時にのみ会場に入る事が許され、秀頼公の防衛の任にあたる事になる。
それではあまりにも遅く、役目を果たす事はかなわぬだろう。
宴が始まっても、控室はいたって平穏で、壁一つ先で暗闘が繰り広げられている様には到底思われなかった。
皆さん、頑張って下さい。
僕には祈る事しか出来なかった。
宴が終了する予定の時刻になっても会場に呼ばれる事はなく、秀頼公に会える事もなく、控室で解散となった。
上へ下への大騒ぎになると予想していた僕には拍子抜けだった。
仕方無い、寝るか。
僕は布団に入った。
ことん・・・
何刻か経った頃、天井で物音がした。
「・・・さま、大助さま」
「佐助さん、無事だったんだね。お怪我はありませんか?」
「ええ、お陰様で、傷一つありません」
「それでどうなりましたか?」
「川は亡くなりました。殿と秀頼公はご無事です」
「青熊さんや他の方々はどうなりましたか?」
「手筈通りに。配膳係は食糧庫に匿っておりますし、他の者は逃げおおせております」
「それならいいのですが・・・そうだ、徳川からの妨害はあったんですか?」
「徳川からの邪魔は入りました。秀頼公の食事に毒を仕込もうとしました。毒見役が発見して、未然に防ぐ事が出来ました」
「どんな方法で毒を仕込んだのですか?」
「・・・それがまだわかっていないのですよ」
どういう事だろう?毒を仕込めるとしたら、毒見役、配膳係、調理人だけだ。毒見役は発見者だから容疑から除外できる。自作自演の可能性もないだろう。配膳係については、忍びが厳重に監視している。特に秀頼公担当の者には、より多くの目で見張っている。毒を仕込む隙は無かった筈だ。残るは調理人。厨房にはより多くの者を配置していた筈なのに・・・。
「二重間者・・・」
「なんですって」
「青熊さんが我等真田の忍びであると同時に徳川の忍びでもあった、という可能性はありませんか?」
「成程。その可能性はない、とは言い切れません。だとすれば、我等はわざわざ敵の退路を整備したという事ですね」
「まずは青熊さんの消息を追うことにしましょう。大坂の街で闇に消えるのか、当初の予定通り筑前行きの船に乗るのか」
「すぐに手配致します」
「それにしても、今回は相手が一枚上手でしたね」
「そうですね。今後は裏をかかれぬ様注意します」
「お願いします。・・・ところで、夜中に何の用でしたか?」
「・・・淀の方にお会いになりませんか?」
佐助さんは何を言っているのか、すぐにはわからなかった。佐助さんは彼女の死顔を見ろ、と言っているのだ。戦国武将が敵の首をあらためるのと同じ感覚だろう。僕にはこの計画の首謀者として、彼女の死顔に向き合う責任があると感じた。
「わかりました。会いましょう」
「それでは、ついて来て下さい」
薄暗い大坂城内を歩き、中層階の板の間に入った。四方を板壁に囲まれた三畳程の部屋であった。
淀の方は供の者を連れず一人きりで寝ていた。顔に白い布がかけられている。
「どのように発表するのか、重臣達が協議しておりますが、決めかねております。大助さまがお会いになるには、この時以外にはないと思い、お連れしました」
「佐助さん、ありがとうございます」
僕は恐る恐る彼女にかかった白い布を外した。
思えば、前世を通じて死体を見るのは初めてだ。怖い。だけど僕が生きていく道は、敵味方を問わず死体の山を築く事だ。危害を加える事もない死体を恐れてどうする。
僕は淀の方と対面した。
彼女の顔は驚く程穏やかな顔をしている。口元から僅かに覗く血が、毒による死である事を示していた。
彼女の死顔を見て、達成感は一切沸かなかった。むしろ他に取るべき道はなかったのか、という後悔の念ばかりだった。
「ごめんなさい」
いつの間にか僕は彼女に謝罪していた。
僕が生きる為に彼女を殺そうとした様に、彼女も生きる為に女の武器を使い、秀頼公の母という立場を使った。第三者に批難される謂われはない。それなのに僕のエゴにより、理不尽に殺されたのだ。
「ごめんなさいごめんなさい・・・」
謝って済むものではない事は百も承知。だが、謝っても謝りきれていない気持ちが強く、どうしようもなかったのだ。
こんな事をしていちゃ駄目だ。生き残る為とは言え、こんな手段は使わない。相手の命を奪う時には正々堂々戦って奪う。
僕は彼女に手を合わせて誓った。
茶々さん、命を奪ってしまってごめんなさい。お詫びには程遠いかもしれませんが、あなたの息子さんは僕が命をかけて守ります。
こうして僕は淀の方との面会を終えた。
大坂城の長い夜は終わりを告げ、朝を迎えた。
一夜明けて、何事も無かったかの様に、農家が糞尿を引き取りに来た。
真田衆の詰所に一人の男が簀巻きにして転がされていた。生命に別状なく、怪我一つ負っていない。被害者の話によると、昨日の昼頃薬で眠らされ、拘束されたそうだ。犯人の顔は見ていないとの事。
以上の報告が佐助さんからもたらされたのは、朝食を終え、出仕しようとしていた時だった。
「そうですか。青熊さんは残念でしたね。経験の差が出てしまって・・・」
「才能があるとは言え、まだ見習いの身ですからね。手練れの忍びの手にかかると、赤子同然でしょう。それにしても運がよかった。舐められたと思うべきなのでしょうが」
「そうですね。今回の件は反省すべき点が多いです。皆さんに申し訳ない」
徳川の忍びは青熊さんを拘束した後、青熊さんになり代わり厨房に潜入。秀頼公だけではなく、淀の方の食事にもこちらの思惑通りに毒を混入。秀頼公の食事については毒見役が毒を発見し、淀の方の毒見はそれを見逃した。淀の方が倒れ会場が騒ぎになった時、犯人は厨房を抜け出し、井戸の底の隠し通路から城外へ脱出した、という事だった。敵ながら天晴と言うより他ない。
「幕府恐るべし、と言ったところですね。我等ももっと力をつけないと、とても生き残れませんね」
「そうですね。僕も頑張らないと」
僕にとってもここからは未知の世界だ。転生時の知識のアドバンテージも低下している。もっとこの世界の知識を身につけて、判断を間違わない様にしなくては。
「ところで大助さま、嫁が昨日の御礼を言いたいそうで隣室に控えているのですが、お会いになられますか?」
黒猫さんが?御礼?思い当たる事が全然ない。
「わかりました。会いましょう」
僕は隣室に続く襖を開けた。




