第四十五話
「敵はおいそれとこの砦を攻めては来ぬであろうな」
「当然ですね。誰が大将でも、同じ失敗を二度する訳にはいきませんから」
「そうなると、どうやって攻めて来ると思う?」
「そうですね、私だったら大坂城攻略の為に持ち込もうとしている大砲を使いますね。それならば遠くから撃てますし、味方の損耗を気にしなくて済みますからね」
「儂もそう思う。ならばここが我等の本拠だと思わせる必要があるのぉ」
「殿、ここも撤収ですか?いい加減にして下さいよ。折角作ったと言うのに・・・」
「工作兵は既に、『真田丸四式』の準備を進めているのだろ。ならばいいじゃないか。・・・それに最後に弐式を爆破したのが裏目に出たかもしれない。ここも爆弾が仕掛けられていると思って、大砲の砲撃で爆発させるまで、大砲でのみの攻撃になるかもしれん」
「・・・ならば、ここをとっとと爆破しますか?」
「さっきと言う事が違うじゃないか?」
「仕方無いですよ。・・・勝たなきゃ意味が無いのですから」
「すぐ爆破するのはもったいないから、敵には何発か撃たせるつもりだ」
「何でそんな事を!味方の被害が大きくなるかもしれませんよ?」
「それはそうだが・・・気付かないか?我等の周囲に見知った者の気配がある事に。おかしくないか?あいつ等は大坂で留守番の筈だが」
「確かに、変だとは思っておりました」
「恐らく倅の命を受けての事だろう。あいつの事だから、大砲の調査でも依頼したのだろう。だったら、倅の為にも、大砲を何発か撃たせるつもりだ」
「御子息は何を考えているのでしょう?」
「それは豊臣の勝利では無いのか?倅は豊臣方全体の軍師なのだから」
「そうでしたね。・・・では我等は我等の役割をきっちりやらなければなりませんな」
「そうだな。もうちょっとだけ徳川と遊んでから帰るとするか」
「そうしましょう。遅参したら、今の将軍の事を笑えなくなりますよ」
「違い無い!・・・軍師に怒られぬ様、さっさと帰るぞ」
その夜、真田丸参式では、六文銭の幟の付け替え作業が行われていた。
気付いたのは徳川の砲撃を担当する兵達であった。
異変はすぐに将軍にも伝えられる。
「何、幟の位置が違うだと?」
「はい、部下達がその様に申しております」
「それで?儂に何が聞きたいのだ?」
「はい。これは明らかに真田の計略と思われますので、昨日の幟の位置から考えられる砦の位置か、今の幟の位置から考えられる砦の位置、どちらに撃てば宜しいでしょうか?」
「両方だ。両方に撃ってしまえ。大砲も一門とは言わず、持っているもの全部使ってもいいから、どちらにも撃って、必ず真田を叩け!」
将軍は言ったものの、不安になる。これも真田の計略の内ではないだろうか?
同時に彼は思い直す。大将が不安になってどうする?ここは強気で行かないと・・・。
「準備、完了しました」
「撃ち方、始め!」
秀忠の号令の下、四門の大砲が一斉に火を噴く。
しかし、何発か着弾しているにも関わらず、真田勢からは何の反応も無かった。
これだけの砲撃を浴びせているのだから、自暴自棄となった真田勢がこちらに突進して来ても不思議ではない。どういう事だ?全滅した訳でもあるまい。まさか、幟だけだったのか?俺は無人の砦を攻撃していたのか?
「撃ち方、止めい」
秀忠は砲撃を中止させると、斥候を放った。ほどなくして彼等は戻り報告した。案の定、砦には誰もいなかった。彼等はどこに消えたのか。普通に考えれば、砲撃を避けて山奥に行ったものと考えられる。逃げた方向は不明で、さらに奥へ移動したとなると、最早大砲は使えない。まずは山狩りで真田信繁を探すしかないか。秀忠は部下に命じて大規模な山狩りを開始した。
待てよ、と秀忠は思う。恐らくここまでは真田信繁の思惑通りに推移している。何とかあいつを出し抜く方法は無いだろうか。
「真田の砦までは、騎馬で進めるのだな?」
「はい、それは可能です」
「それならば、真田の砦まで大砲を引き上げるのだ。真田は山中に隠れており、大砲で砲撃されるとは思っていない。だから、我々はその裏をかく。山狩りにて真田を見つけたら、方角と距離を知らせろ。大砲で奴等を始末する。いかに真田と雖も、これは考えの範疇に含まれてはいまい」
「・・・成程。一理ありますな」
「だったら、すぐに準備しろ。こうしている間にも真田は遠くまで逃げるぞ」
「何門運びますか?」
「取り敢えず二門でいい。ただし、砲弾を多く持っていけ。真田の息の根を止めたいからな」
何棟もの馬で引っ張り、後ろから多くの兵で押して、大砲を引き上げる。二門を引き上げて、砲撃の準備を進めていた頃、真田の居場所が判明したという連絡が入った。
この時の秀忠には、事態があまりにも思った通りに進む事に対して訝しむ余裕は無かった。
先程入った連絡内容に従い、大砲の向き及び角度の調整を行う。
その時である。轟音と共に土煙が舞った。
大砲の設置場所についても、爆発が起こり方向や角度にズレを生じ、点火した砲弾はあらぬ方向に飛んで行った。
勿論、これは偶然ではない。真田勢が予め準備し、周到に仕込んだもので、徳川の者達が砦にやって来て大砲の準備をしている時を狙って爆発させたものである。
地下に仕込んだ火薬の爆発については真田の忍びが砦を見張り、ここぞという時に点火したのだ。忍びに託された任務は二つ。一つは真田が仕掛けた地下の火薬を爆発させることであり、もう一つは徳川の持ち込んだ砲弾に火矢を命中させる事であった。
忍びは物陰から近くに生えていた木に登り、砦全体を見下ろせる枝の根元に立った。眼下の徳川武士団の動きを観察する。彼等の動きから砲弾の格納場所を見つけ出し、火矢を放った。
再び轟音が起こった。爆発の大きさは先程のものの比ではなかった。徳川の持ち込んだ砲弾のほぼ全てが一斉に爆発したのである。砲弾の近くにいた者の身体は四散し、一部は麓に待機したままの徳川軍の所迄降って来た。
将軍は事態を把握しかねていた。一体何が起きたのか。この爆発も真田が引き起こしたものなのか。真田信繁は俺が大砲を引き上げる事までも予測していたのか。
秀忠の元に黒い物体が降って来た。
何の気無しに拾い上げると、それは名も無き兵士の小指であった。
ひっ!秀忠は思わずそれを放り投げようとしたが、思いとどまった。
この者は俺の命令でこんな事になったのだ。俺がこの者を遠ざけていい筈が無い。
秀忠は部下の小指を握りしめて、真田信繁への復讐を誓うのだった。




