第四十三話
「ここが関ヶ原か・・・」
見渡す限り田畑と山林のありふれた土地で、真田信繁は呟いた。
ここでの戦いの両軍の配置図は頭に入っている。信繁の頭の中で関ヶ原の戦いが再現される。
これでどうして西軍が敗けるのか、しかも半日で・・・。
全ては戦いの前に決まっていた、と言っていいだろう。豊臣が頼りにしていた有力大名のいくらかは東軍につき、またはどちらにも味方しなかった。参戦した軍も徳川の調略により、動かなかった軍、動けなかった軍があり、総勢の半分も機能しなかった。そして、小早川秀秋の裏切りをきっかけとして、多くの大名が雪崩を打って裏切った。これでは勝ち様が無い。
その影響は真田家にも及んだ。父である昌之と考えていたのは、秀忠軍を先回りして関ヶ原に西軍として戦いに参加し、徳川家康の陣の側背部を突くつもりであった。それが、兄と別れた時点で負けが確定するとは思ってもいなかった。
その為に、自分達親子は戦に勝っていながら九度山に十何年も幽閉された。
名を成す為に大坂に入城したものの、周囲の武将達とは話していても違和感が残った。彼等の多くは関ヶ原の負け組であり、今回の戦いは言わば敗者復活戦、どこかで負けても仕方が無い、名前させ残せればいいという気分がどこかにある。しかし、自分は彼等とは違うという矜持があった。我等は現将軍を戦って勝っている。だから、我等が意志を持って規律正しく戦えば必ず徳川に勝てる、と確信していた。
「幕府軍がここに到着するのは、何日後だ?」
信繁が近くに控えていた側近が答える。
「はい、今のままだと、約五日でここに到着致します」
「そうか、ならば三日で整えなければならぬな」
「はい、お任せ下さい」
三千の軍勢が黙々と働き始める。
まずは馬場と兵達の宿舎が作られ、昼夜問わず作業が進められた。
不眠不休でなんとか完成させた。名付けて『真田丸弐式』。
大坂冬の陣の際の出城を、関ヶ原で再現したものである。
「他の件についてはどんな塩梅だ?」
「それについても明日には完成します」
「そうか。・・・折角作ったんだから、仕事が終わった者から敵が来る迄、ここで英気を養ってくれ」
信繁は兵達の間を回って、兵達の体調を整える事に努めた。圧倒的に少数で幕府軍と戦うのだから、一人として無駄には出来ぬ。
さあ、あちらさんはどう来るかな。上田の時と同じく何も考えずに突っ込んで来たなら、同じ結果になるぞ、お坊ちゃん。
信繁達が予測した日に、幕府軍が関ヶ原に現れた。総数、約五万。
幕府方の斥候の気配を感じるが、敢えて無視する。小大名に過ぎなかった真田家では、仕えている忍びの数においても幕府に比べたら小人数だ。こんなところで貴重な忍びを消耗するべきではない。それに真実の総数を知ってもらった方が敵が油断するだろう。
敵は一刻かけてゆっくりと移動して、新たな布陣を編成した。
「・・・壮観じゃのう。五万もの敵兵に囲まれるというのは・・・」
「殿、冗談はやめて下さい。私は生きた心地がしませんよ」
「五万対千五百・・・一人当たり三十三人相手をすればいいだけだ。そう思えば、気分も軽くなるだろうさ。・・・さあ、そろそろ準備するか」
「そうですね。まごまごしていると、あっという間に押し寄せて来ますからね。・・・全員騎乗。騎乗したら速やかに整列しろ。いいか、油断するなよ。駆け降りる好機は一瞬しかないからな。遅れた者は置いて行くからな」
真田信繁は遠眼鏡で、幕府軍が登坂して包囲網を狭めているのを楽しそうに見ていた。
「おお、登って来る、登って来るぞ。十重二十重にどこを見ても徳川だ。・・・そろそろいいだろう。全部、点火しろ」
「はい」
真田兵は地面から伸びている竹筒に火種を入れていく。
数秒後、轟音と共に斜面のあらゆる場所で爆発が発生する。爆発に巻き込まれた徳川の歩兵達はある者は
前に倒れ、ある者は後ろに倒れてゆく。真田丸攻略を目指し、密集して丘を登っていたところに爆発が発生し、至る所で将棋倒しが発生しそれが平地にまで伝播していた。前方の惨状を視認した兵達は足を止めてしまうが、状況のわからない後方の兵達は前進を続ける為、あらゆる所で過密状態になり、圧死する者、酸欠で倒れる者が続出した。
爆発が発生したのは斜面だけでは無かった。活路を開くかの様に、一直線に爆発が起きた。
爆発を確認して、真田信繁は叫ぶ。
「活路は開いた!全員、下山!我に続け」
千頭の騎馬が一斉に斜面を駆け降りる。無論、斜面に倒れている徳川兵の生死はお構い無しだ。軍馬も平然と踏み抜いて行く。生きている兵士達は、慌てて左右に別れる様に退避していく。
こうして真田勢の進路が形成されてゆく。
真田の騎馬兵は悠々と駆け抜けて行った。徳川兵は歯噛みしながら、彼等を見送った。
真田信繁は徳川の軍勢を抜けても、速度を落とす事無く真田丸弐式の対面にある山に突入していく。
獣道を拡幅し整備された道を登ってゆくと、木々が伐採され開けた空間が現れる。
信繁は迷う事無く馬場に向かい、馬から下りた。
「どうやら誰も欠ける事無く、ここまで辿り着いた様だな。この『真田丸参式』に」
「わかっていたとは言え、五万の兵の間を駆け抜けるのは生きた心地がしませんでしたよ」
「まあ、そう言うな。お蔭で敵の一割か二割は既に戦えなくなったからな。・・・さあ、これからが本番だ。本当の真田の戦いを見せてやろうぞ。・・・皆、徳川に見える様に幟を上げろ!」
平地にいる徳川に見せつける様に、六文銭の幟が木々の上に次々と現れた。
そして本日最後かつ最も激しい爆発が『真田丸二式』で発生した。




