第二十九話
淀の方の四十九日法要が無事終わった、という情報が届けられた。
京から大坂までは約十里、一刻から二刻もあれば伝えられる。
とりあえず無事終わった事に対して皆さんをねぎらわなければ。
しかし、今回は反省点の多いものになった、と思う。
まずは、秀頼公と大御所の二回目の会見についてはほぼ想定通り。英以江さんについては少々話過ぎな点もあるが、英以江さんらしいとも言えるのでこれは不問。
問題があったのは、その夜の宴の場だ。こちらが罠にかける事ばかり考えて、相手が罠を仕掛ける事への配慮が足りなかった。秀頼公については大丈夫だろうが、千姫様を奪回される危険性はあったかも知れない。(別の意味で千姫様は大丈夫かもしれないが)幸いにも秀頼公の機転で事無きを得たのだが、非常に危ない綱渡りだったと思う。敵は本多正純なのだ。僕の油断が、多くの仲間の死に繋がる。改めて思い知らされた気分だった。
それにしても、豊臣秀頼公である。どうも僕は前世での知識に引っ張られて、目の前にいた秀頼公の事をちゃんと見ていなかった様に思う。加藤清正公も浮田英以江さんも一目で見抜いた『大将としての器』を、僕は全然感じなかったのだ。その面でも僕はまだまだ半人前だ。
今後は秀頼公にも相談しよう、と思う。
千姫様に関しては依然として保留するしかない。ただ千尋ちゃんの望む未来が、第三の転生者と共に元の世界へ帰る事だったとしたら、彼女自身の知る歴史からの逸脱を避けるだろう。つまりある時点までは、千尋ちゃんと僕の利害は一致するのだ。だから、まだ保留。
お江の方の件については、うまくいったという所か。
たまたまうまくいった、という側面が強いのではないか。
例えば、徳川方の忍びは我等の忍びの存在に気付かなかったのか、無視したのか・・・。どちらにしても幸運だったと言うべきで、もっと人を配置すべきだったとは思うのだ。勿論、その夜は将軍側にも人手を割く必要があり困難だったのも事実だ。真田の忍びだけでは足りないよなぁ、と正直思う。だけど浪人を募集する様に、忍びを集めるのも出来ない。これは長期的に育てるしか無いな。才蔵さんと佐助さんと相談しなくては。
他にも徳川の忍びが眠り薬に気付かなかったのは何故か、お江の方の警護役が入室するまでにどの程度換気出来たのか、警護役が部屋の中の全員が眠っている事を怪しまなかったのは何故か、徳川はお江の方を駕籠に乗せる役をこちらに任せたのか、と運がよかったとしか言えない点が多かった。
本多正純の対抗策が甘かったお蔭では無いか、と思う。確かに彼女の存在は、政治的には意味を喪失していた。だからと言って、こちらの企みを達成させる必要は無い。手を抜いた、と考えるべきだろう。
将軍に対する罠に関しては、成功はしたものの随分とお金がかかったな、という感想だった。誰も不当な被害に遭わない事を第一に立案したものだが、成功裏に終わると、もっと安上がりに出来たのではないか、という欲が出て来る。
1ヶ月以上、百人以上を投入して、将軍を手の内におさめながら、傷一つ与える事無く解放する。本当にこれで将軍に対する恫喝になっているのだろうか?
本多正純も流石にこの件に関しては入念に読んで、対抗策を練っていた。将軍の側近が芸妓達の歌舞伎踊りに参加し、中の一人の芸妓に盛んに触れていた。触れた箇所が人体の急所であったという事は、その男は忍びであったのだろう。では、どうして彼女を標的にしたのだろう。聞いたところによると、当日来た芸妓の中で一番将軍の好みであったらしい。つまりこの後のお座敷遊びで将軍と触れ合う可能性の高い女性を僕達が仕込んだ忍びと判断して、警告を与えるものだった訳だ。誰が忍びかわからない状況で、見破ろうとすれば、この方法は悪くなかったと思う。寧ろ僕達の敗けと言っていい。徳川方が見破った際の対応策は考えていなかったのだから。
ここで疑問が湧いたので、秀頼公一行よりも早く戻っていた佐助さんに尋ねることにした。
「佐助さん、お疲れ様でした」
「いえいえ。・・・ところで、何か御用ですか?」
「ええ。京での件で、一、二点教えていただきたい事があります」
「はい、どんな事でしょう」
「どうやって将軍とお座敷遊びをする様になったのですか?偶然という訳ではないでしょ?」
「ああ、その事ですか。その件については簡単でした。京の人にとって将軍というのは未知の者です。そうした人と、いくら役目とはいえ身体が触れる様な遊びに興じる、というのは不安に思うところがあるでしょう。そうした時に新入りの芸妓が『将軍に興味がある』と言えば、その者に任せようという雰囲気が醸成されますので、自然な流れで将軍と組んだ訳です」
「その人、何か将軍に言われていたそうですが、何か危険な目に会ってはいないですか?」
「ええ、それについては大丈夫です」
「それならいいのですが、何を言われてたのですか?」
「・・・大助さま、答えなくてはなりませぬか?」
「ええ。教えてください」
「・・・実はその時に媚薬を仕込んでおりまして、それを将軍に嗅がせたのです。放れ際に、今宵の伽を命じられそれに応えたそうです」
佐助さんが何を言っているのか、しばらくわからなかった。
「つまり将軍と一夜を共にした、と?」
佐助さんは無言で頷いた。その時僕は罪深さを再確認した。僕の命令で、その人は好きでもない男に抱かれたというのか・・・。
「大助さまが気に病む事はありません。これは策の一環であり、本人も納得ずくの事です」
「でも・・・」
「彼女にはまだ役目があったのです、将軍との閨で。大助さまにはまだ早い話なのですが、彼女の房中術により。将軍は天にも昇る心地だったでしょう。しかし、その後は満たされぬ思いを抱いて、悶々とした一生を送る事になるのです」
「わかりました。彼女の献身を無駄にしない様に努めます。・・・ところで、その房中術というのは、忍びの女性が皆、身につけるのですか?」
「全員という訳ではありません。当人に資質がある事が前提です」
「本人の意志というか希望は聞かれないんですか?」
「それが必要でしょうか?忍びであれば、能力向上の機会は誰も逃さないと思いますよ」
「それでも一応聞いて下さい。本人の意志でない性の使用は全面的に禁止します」
「大助さまがそうおっしゃるならそう致しますが、何も変わらない、と思いますよ」
我ながら甘い事を言っているな、と自覚している。『死ね』と言われて死ぬのが忍びなのだから、体を差し出して情報を取るのは寧ろ楽な仕事なのかもしれない。しかし21世紀の中学生だった僕には、どうしても嫌なのだ。
ともあれ、佐助さんの話を聞いて、将軍への罠は、こちらの想定以上の成果が上がる事になる。これを生かすも殺すも僕次第という事になる。
今回は僕の策の未熟さを、皆のフォローと本多正純が手を抜いた事で助けられた感じだ。
次はいよいよ合戦準備となる。
今度こそ完全に勝つ。
僕が生きる為に。




