第二十七話
「儂に会いに来た、と?」
「はい」
「それは軍師の入れ知恵なのか?」
「いいえ、違います。我等の軍師は、大坂で今も打倒徳川の計略を考え続けております。・・・大御所に会いたかったのは私、豊臣秀頼の意志です」
「儂とそなたで話をまとめると、そなたの軍師は梯子を外される事になるのではないか?」
「そうではありません。私と大御所の間である種の合意がなされたとしても、幕府は関係なく、我等を攻め滅ぼそうとするでしょう。ですから軍師の存在は有用です。幕府を倒さぬ限り、自分は生き延びられない、と思い込んでいますので」
「優秀な男なら、例えそれまで敵であったとしても幕府も取り立てる筈だが?」
「残念ながら今の将軍にひどく恨まれている家系ですので」
「・・・真田か?」
「はい。・・・話を戻しましょう。大御所は今の幕府のやり方をどう思われているのですか?」
「そなたは何を聞きたいのだ?」
「幕府はこの十年超の間、改易・転封・減封を盛んに行っております。その為に大名達が部下を養うことが出来なくなり、結果浪人が溢れている状態です。また、部下を解雇する事なくかろうじて維持するにしても、そのための費用が必要になりますので、農民への年貢の取り立てが苛烈なものになっていきます。それだけならまだしも、各大名に親藩大名の城の補修や治水工事に駆り出されております。これでは、武士も農民も為政者に反感を持ってしまいます。・・・幸いにも今は我が豊臣家が、不満を持つ浪人達を糾合する事によって彼等の怒りを押さえ込んでいると言えるでしょう」
「つまり、豊臣家は幕府の役に立っているから、滅ぼすのは止めて欲しいという命乞いか?」
「違います。我等は武士ですので、常に死ぬ事は覚悟しております。しかし、豊臣家が滅んだ後は、もう少し穏やかな政治を行っていただかないと、いつどこで不満が表出するかわかりません。大御所、敵は日本の中だけとは限りません。幕府は外の国への守りこそ重視すべきです。父のせいで明、朝鮮、伴天連に恨まれているでしょうし」
「わかった、将軍に伝えておこう」
「ありがとうございます。私が言いたかった事は全て言えました。これで心置きなく戦いに専念できます」
「負けるとわかっていても戦うのか?」
「それは戦ってみないとわかりません。浮田英以江殿が言う通り、我々は強いですよ。それに足を引っ張る者もいなくなりましたし」
「そなた、・・・まさか」
「それはわかりません。私から聞くこともないでしょう」
秀頼は淡々と言った。こうして豊臣秀頼と徳川家康の真の会見は終わった。
舞台は変わって、京の某所。
豊臣方による改修も終わり、大坂から呼んだ淀の方のお局達も既に入室している。後はお初の方、お江の方が入るのを待つのみである。
侍従が灯りを点け、暖房に火をいれる。
二人が入室する。
今回の姉妹の会見については、亡き姉を偲ぶ為のもので、政治的な意味はないし、最早二人に影響力も無い。淀の方存命の内は妹である事で政治的影響力があったが、彼女が亡くなれば妹である事の意味は何処にも無い。強いて言えば、お江の方に千姫の母としての影響力があるのみである。
肩肘張った会見でないので、酒がふるまわれる。
二人も局達も順調に杯を重ねる。
そして、一人二人と舟を漕ぎ出した。
やがて全員が眠りについた。
お江の方の警護役の忍びは会見場の床下と天井裏に潜んでいた。それぞれが、中にいる全員が眠っている事、物音がしない事を不審に思った。すぐさま部屋の外で警護している幕府側の侍に連絡しようと、その場を離れた。
床下の忍びについては、庭の林から観察していた。忍びが動き始めるのを確認すると、鹿威しの中に石を入れた。鹿威しの鳴る間隔が短くなることが換気の合図であった。
天井裏の忍びについては、上層階の天井裏より見守っていた。階下の天井裏に潜む忍びがお江の方の異状に気付いた時には移動を開始する。どんなに物音を消したとしても、梁の上の移動となる為に、梁が振動する事は避けられない。その僅かな振動を感知し、階下に潜む忍び達に伝えようとしたが、鹿威しの異常が先にあったので不要となった。
会見場となった部屋の隣は左右とも納戸で、普段は使わない道具が少々乱雑に入れられていた。その中にいた真田の忍びは鹿威しの音の間隔の異常を確認し、板壁の板と板の間隔を僅かに広げていく。板と板の間に詰められていた砂は床下へ排出される。そうして出来た隙間により、会見場の温かい空気は納戸へと排出され、冬の夜の納戸の空気が会見場に流れ込む。換気を行う事で睡眠薬の混じった空気の排出を行った。
お江の方の様子を確認する為に徳川の侍が入室するのに続いて豊臣方の侍に扮した真田の忍びも入室する。
お江の方の警備役は、部屋に飾られた花の匂いに辟易しながらも、警護対象に近づいた。
「ふう、何事かと思ったが、ただ眠られておられるだけの様だ」
「姉様に会って、気がお緩みになられたのではないですか?」
「そうかもしれぬ。将軍の奥方というのは、気の休まる事など無いだろうしな」
「折角ですのでこのまま寝させてあげませんか。駕籠までここの女達に連れて行ってもらいましょう」
それまで給仕にあたっていた女達の手により、御二方は駕籠に乗せられた。特にお江の方には丁重に扱われ、風邪をひかぬ様にという配慮から首に布が巻かれてあった。




