第二十六話
二条城の大広間の中に豊臣秀頼、浮田英以江、千姫の三人は通された。
臆する事無く三人は前へ進む。
上座の一段高い場所に座る大御所に相対する位置に秀頼と英以江が、二人の後ろに座った。
三人は同時に頭を下げる。
「大御所様、此度はお招きいただき、ありがとうございます」
大御所は三人を睥睨する。
「ほう、これは珍しい・・・関ヶ原の亡霊がここに来るとはな」
「左様。今度こそ大御所に勝つ為に、八丈から戻って来たのよ。殿が造った大坂城にな」
「どうやら八丈島で惰眠を貪っていた様だな。・・・状況をよく見る事だ。多勢に無勢。大坂に最早勝てる術は無い」
「随分と耄碌したものだな。関ヶ原では我等が多数、東軍が少数であったではないか」
「あの時と彼我の差は雲泥の差だぞ。それでも勝てると申すのか?」
「ああ。楽勝だな」
「ほう、それは何故じゃ」
「大御所、目を見開いてよくこの秀頼公を見てみろ。・・・どうじゃ。間違いなく、治部よりも優れた大将の器じゃろ。それに、儂と同格で軍師に就いているいる男は刑部よりも先が見えている。はっきり言って、今の我等は関ヶ原の時よりも強いぞ」
「ほう。それはそれは・・・夏の合戦が楽しみじゃな」
「ああ、大坂で待っているぜ」
「宇喜多秀家殿、話の続きは夏、合戦の場でじゃな。・・・それより秀頼どの、よく来て下さった。礼を申すぞ」
「他ならぬ大御所様のお呼びならば、この秀頼、何処へでも馳せ参じる所存です」
「それは良き心掛けじゃ。・・・此度の件、誠に残念だった。お悔み申し上げる」
「ありがとうございます。・・・母は幸せだったと思います。何しろ亡国の姫から天下人の嫁にまで成り上がった訳ですし、最期も宴の席で皆に見守られて亡くなったのですから」
「そうか。・・・ところで秀頼どの、単刀直入に言うが、降伏してくれないか。敵であれ味方であれ、最早人が死ぬ事に意味はないだろう」
「戦無き世を作りたいという大御所のお気持ちについては理解致すのですが、そのご提案については承服致しかねます」
「ほう、それは何故じゃ?」
「私とて現下の情勢は理解しております。それにいくら大御所が許して下さったとしても、将軍様は決して私をお許しにはならぬでしょう。徳川家にとって今の私は、死んだも同然の『大坂城の亡霊』に過ぎないのです。そんな私にもまだやる事はあるのです」
秀頼は一呼吸置いた後、言葉を続けた。
「徳川の治世が大御所の様な方で繋がるのあれば問題ないのでしょうが、代を重ねれば問題のある将軍も生まれるでしょう。そうした時の為に『抗う』事を歴史に残しておく必要があります。・・・それに部下達は誰一人諦めておらぬのです。部下達が諦めておらぬのに、将たる私が諦める訳にはいきません」
「成程のぉ。確かにそいつの言う通り、そなたには大将としての器があり様じゃな。これ以上は言わぬ。夏の合戦で勝負しようぞ」
「望むところです。大御所とて容赦しませんよ」
「ははははは。大それた事を言う奴じゃな。それでいて嫌味にはならぬ。そなたは正に人たらしと言われた太閤殿下のお子じゃな」
「ありがとうございます」
「今日はそなたと久しぶりに会えて楽しかったぞ。今宵宴の席を設けたので、孫と共に爺の話を聞いてくれぬか?」
「はい。千と共に参ります」
こうして二回目の二条城会見は無事に終わった。
「秀頼さま、千姫さま、坊主の言った事覚えておられますか?」
「ああ、大丈夫だ。簡単な芝居だ。忘れてはおらんよ」
秀頼に、臆したところも動じたところも見られない。
正しく将の器だ、と英以江は思った。
秀頼は軽い口調で言った。
「じゃあ、そろそろ行こうか、千」
秀頼と千姫は大御所との宴の会場に案内された。
二条城は幕府のものである為、どんな罠が待っているか、わかったものではない。
しかし二人は気にする事もなく、入室した。二人は軍師に、ここでは敵は罠にかける事はない、と事前に説明されていた。千姫に至っては、ここでは何も起きない事を知っていた。
通されたのは狭い部屋であった。
大御所が既に上座に座っている。相対する場所に秀頼と千姫の席が並んで用意されていた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「堅苦しい話は抜きじゃ。儂は孫とその婿殿と話がしたいだけだからな」
目の前に料理と酒が並べられる。
「それでは始めるとするか」
大御所の言葉で宴は始まった。その言葉を聞くや、秀頼は自分のところの銚子を持って、大御所のお猪口に酒を注いだ。大御所は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑顔を取り戻し、御返杯と称して秀頼のお猪口に酒を注ぐ。
・・・・・・。
秀頼と家康、二人共お互いの顔を見たまま、動かない。
二人の間に緊張が走る。一方千姫は二人を無視するかの様に、すました表情で食事をしていた。
突然、大御所が笑い出した。
「ふふふふふ。どうやらお互いに、相手に注がれた酒は飲むな、と言われている様だな」
大御所の言葉を聞き、秀頼は笑顔になった。
「いいえ、私は軍師どのからその様な事は言われておりません」と言って、お猪口の酒を飲み干した。
「・・・実は軍師どのからは、大御所から注がれた酒は何も仕込まれていないから、安心して飲んでもいい、と言われておりました。ただ、怪しそうな動きがあれば、じらしてやれ、と」
「あら、私はそんな事聞いてないわよ」と千姫は少々おかんむりだった。
「私と千が指示された日の翌日なんだ。その事を聞いたのは。・・・どうも前夜に色々考えたらしいんだ。自分の策が上手く行くとは限らない。その場合はこうせよ、と」
「どうして、仕込まれていない、と言い切れるのだ?」
「簡単です。今徳川家は母の死で濡れ衣を着さされて世間から怪しまれております。そんな時に息子である私を毒で殺す訳がない、と。その説明で私も納得しました」
「それでは、儂がそなたの注いだ酒を飲まぬ場合はどうする気だったのだ?」
秀頼は千姫のお猪口にも注いだ。
「千、あなたも飲みなさい」
「本当に飲んじゃっていいの?」
千姫の問いに、秀頼は笑ってゆっくりと頷いた。
千姫はその表情を見て、躊躇うことなく飲み干した。
「何も・・・仕込んでなかったのか?」
「ええ、何も仕込んではおりません」
「持ち込んだのではないか?」
「いえ。何も持ち込んではおりません。厳重な検査をされましたので、ご理解いただけると思います」
「では、そなた等は何がしたかったのだ?」
「我等は大御所、あなたに会いたかっただけですよ」
豊臣秀頼はきっぱりと言った。




