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第二十四話

二、三日前に駿府より大御所が京へ発った。

江戸では今、将軍夫妻は京に発つべく準備を進めていた。一両日中には出発するだろうと思われる。

準備の様子を本多正純は、苦々しい目で見ていた。

今回の件は全て豊臣方が仕組んだ事である。徳川にとっては、まんまと乗せられた構図である。

防げなかった訳ではない。徳川としても、豊臣の謀略の動きを掴んでいたが、敢えて見逃していた。

本多正純の指示であった。

その件について将軍から叱責されたが、気にも留めなかった。

これは俺と真田大助との知恵比べだ。誰にも邪魔はさせない。

今回は夏の決戦を見据えた軍師としての力量をお互いに見せつける局面である。所詮、『甘噛み』までで、大御所や将軍を殺そうというものではない。万が一ではあるが、彼等が殺された場合、徳川は新たな旗印を立てて、力押しで豊臣を滅ぼすだろう。そこに戦略は無い。数に任せて、圧倒的な武力で滅ぼす、だけである。そのことは真田大助も承知している。だから殺さない。あくまでも『いつでも殺すことができる』と警告するだけだ。豊臣が滅亡から免れる為には、我等に合戦で勝つしかない。

本多正純は真田大助の放った手を確認する。

まず、秀頼の方から大御所への会見を申し出てきた。こちらからいくら呼び掛けても大坂から頑として出なかった秀頼が、こうして真田の戦略の駒として動く。それだけでもあの女を殺すだけの価値はあったのだろう。だが、遅かった。一年早ければ、豊臣は滅びなかったかもしれぬ。真田よ、決断の遅さは死を招くぞ。

今回の目論見は四年前の二条城会見の再現であろう。あの時は随行した加藤清正が、肥後に戻る船中にて急死した。幕府が毒殺したとの噂が当時広がったな。今回も幕府があの女を毒殺したたという噂が広がっている。この状況下で事が起これば、幕府の陰謀によるものと噂されるだろう。皇室のお膝元でその様な事をすれば、幕府に対する心象は最悪なものとなるだろう。幕府の存続も危うくなる。幕府としては何としても無事に秀頼一行に帰っていただくより他に無い。しかし、真田の仕掛ける罠がこれだけである筈もない。

今回、千姫まで連れて来る必要があるのか?確かに本筋の四十九日法要には参列するだろうが、政治の場にまで出て来る必要がどこにある?大御所を引っ張り出すだけの役割か?そんな事は無い。千姫は今や大御所の最大の弱点なのだから、駒として使うならもっと有効に使う。例えば、千姫を秀頼の毒見として使ったらどうなる?千姫は完全に豊臣方の人間であるという宣言にもなるし、大御所の孫を殺す度胸があるのかという恫喝にもなる。だが、まだ足りない。自作自演、千姫が自ら毒を仕込んで飲んだとしたらどうなる?死ぬ必要はない、倒れるだけで幕府の評判は地に落ちるだろう。因果を含めて致死量をこえる量を飲ませた場合はどうなるか?目の前で愛する孫が独で亡くなったら、最早大御所は戦う気力を失うだろう。大御所抜きの大坂攻め、勝ちはするだろうが、苦戦するのは免れないだろう。これならば、『千姫』という大駒を切る価値はある。この策が有効ではあるが、違和感があるのは確かだ。大御所の命をいつでも取れるという恫喝をする、という本来の目的から明らかにずれている。

毒を仕込むのが千姫ではなく、秀頼だった場合はどうなるか。自ら毒を仕込んだ酒を大御所に注ぐ機会は必ずあるだろう。同じ量を飲んだとしても、二十代の秀頼と七十代の大御所、どちらの症状が重くなるかは明らかだ。

真田大助が採用する策はこんなところだろう。では、どうやって防ぎ、ひっくり返せるか。

毒の持ち込みを防ぐだけなら簡単だ。身体を厳重に改める、それだけだ。持ち込みを担当するのは、恐らく千姫であろう。見つかっても、『夫にもしもの事があったら、これで自決するつもりでした』と言えばいい。では、どうやって上書きするか。何も秀頼が酒を注ぎに来るのを待っている必要もないな。大御所から注ぎに行かせれば、秀頼は断れまい。


本多正純は続けて考える。

将軍夫妻の京での日程を再考する。将軍も随分と忙しい事で。どうせ父親の覚えめでたくないのだから、もっと手を抜いても構わないのにな。まあ、2代目はつらいよ、というところか。

京での予定はバラバラで、同席するのは方広寺での法要のみ。

もし俺が真田の立場なら方広寺で事件を起こす。下手人は取り潰しにあった元大名でも伴天連でも何でもいい。大御所、将軍共々命が危ない場面を作り、そこを豊臣が助ける、という構造にする。だが、真田はそこまでの手は取らない様に思う。最小人数で実行し、巻き添えで死ぬ人間が出る事を避けるのではないか?ならば、方広寺の様ね衆人環視の元では実行しないだろう。二人がそれぞれ単独で何かの会合に出向く時に実行するのではないか。そもそもその会合自体が罠かもしれないが。


お江の方。実際にやるのかね?政治的に意味があるとは思えないが。

やらない、という前提は採れないわな。やる、という前提で考えないと。

お初の方との姉妹での会見。淀の方を偲ぶ為、大坂より局を呼んで生前の姉の様子を聞く、との事。これってあからさまに罠だろ。まずは会見場を調べて、何か仕掛けられていないか調べる、それから天井や床下に隠れる場所がないか調べる。それから局の素性を調べないとな。何も知らないで来るのか、因果を含められているのか、忍びとすり替わっているのか。前もって調べるのがそれぐらいとして、問題は真田がどんな罠を仕掛けてくるかだ。考えられるのは、会見の間で我等は何度も殺す事が出来ると護衛や監視者に見せつけること、会見の間に気を失わせる事だろう。前者なら、局とか給仕の者に成りすますという事だろうから、身許を洗えば防ぐ事は出来る。他の者の可能性はないか。まさか、お初の方?若狭から京までの間にすり替わる事は、幕府も若狭藩もさほど警戒しないので十分可能だろう。そうなると、お初の方とお江の方が会うだけで、豊臣方に実質勝利となる。後はお初の方を逃がす算段を取ればいい。これこそが真田大助の採用しうる策ではないか? 『会見の間に気を失わせる』というのは薬物をどこかに仕込むという事であるから、毒見をしっかりさせれば防ぐ事が出来るし、淀の方の時と同じ様な策だ。一回見破られた策が通用するとは考えていないだろう。


残るは将軍か。

本多正純は部下に簡単な指示を出すと、再び思考の海へと漕ぎ出した。


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