第二十二話
千姫様の独白は続く。
それを僕は黙って聞いていた。
私の人生の目標は、勿論あなたにもう一度会う事、会ってあなたに御礼を言う事でした。
その為に私は何をすればいいのか、考え続けました。
四歳の時に感じたあなたとの縁は、色焦ることなく残っておりました。
ならば、やる事は一つです。あなたが1615年に飛んだのなら、私も1615年に飛ぼう、と。
私は専攻を日本史から、物理学に変更しました。タイムリープは物理学の延長上にある、と思ったからです。
学部でも、修士でも、博士課程でも大した成果は出ませんでした。
収入度外視で、研究を続けられる環境を求め続けました。
失敗に次ぐ失敗。
弱気になって、自分の代では成し遂げられない思いが結婚し、子供を設ける事になりました。
それでも諦めきれず、研究を再開し、続けていました。
基礎理論が完成し、実験を行える状態にこぎつけたのは、私の寿命が尽きる寸前でした。
最早動物実験や、安全な短期間のタイムリープを積み上げる余裕はありませんでした。
私はこれまでの経緯を息子に告げて、第一号の実験台となり、1615年の世界を目指しました。
私の魂は無事千姫に憑依出来ましたが、予定した1615年ではなく、13年も前の秀頼に輿入れする前の時代でした。
『あなたに会いたい』その想いだけで何十年も我慢して来たのです。それが13年延びる事は何の障害にもならない、と思いました。寧ろ13年経てば、あなたに会える、と思っておりました。注意しなければならないのは、私のへまで歴史が変わる事。いつの間にか、あなたが来ない世界に変わってはいないか、
慎重に行動して参りました。
一月前に、真田大助さまの様子が突然変わった、という報告を受けて、私は天にものぼる様な気がしました。間違いない。真田大助さんが転生したのだ、と。
この一月、いつ会えるのか楽しみにしておりました。
・・・やっと、・・・やっと会えました。
最早、僕には彼女にかける言葉を持ち合わせていなかった。
僕との再会の為に費やした時間は、余りにも重い。
彼女の話を聞きながら、僕は涙を流していた。
「・・・ごめんなさい。ごめんなさい。僕なんかの為に・・・」
彼女は僕の涙を舌で拭き取りながら言った。
「いいえ。これは私の想いなの。私がしたい事を実行した結果なの。あなたが気にする事ではないわ」
「ありがとう・・・ありがとう・・・」
「私の願いはこれで叶ったわ。思った通り、あなたが優しい人でいてくれて、私も嬉しいわ。・・・過去の話はこれくらいにして、これからの話をしましょう」
「はい・・・」
「単刀直入に質問します。この戦いはどうなるのですか?」
彼女は少なくとも、僕の前世の世界で六、七十年過ごしており、僕が改変した歴史を知っているのだ。この戦いの結末を知っていれば、僕が考えなければならない内容も減るだろう。
しかし、彼女の回答はつれないものだった。
「だーめ、教えない」
「どうしてですか?」
「この一月、あなたはとまどいながらも頑張っていたわ。その姿を遠くから見守っているのは、とても幸せだったわ。だから、もう少しあなたの頑張る姿を見ていたいな♪それに・・・」
「それに?」
「これまでは、あなたが転生する為に、歴史を変えない様に自重していたところがあるわ。けれども、これからは違うわ。私は、私の願う世界にする為に動くわ」
「あなたの、願う世界?」
「それも秘密。・・・でも、他ならぬあなただから特別に教えてあげる。私はあなたとは望んでいるものが違う。少なくとも私は、あなたとは違って秀頼を守る義理なんて無いわ」
彼女の言う通りだ。千姫は徳川が勝とうが、豊臣が勝とうが生き延びられる立場にいるのだ。
「ふふふ。真田大助さん、せいぜい頑張る事ね。降参するなら、あなただけは生き延びられる世界へ連れて行ってあげる」
彼女はそう言い残すと、すたすたと部屋を出て行く。
僕には見送る事しか出来なかった。
僕はどんよりとした気分で部屋に戻った。
夕餉もそこそこに蒲団に入った。
眠気なんて全然無い。僕は僅かな灯りの元で、天井の木目を眺めていた。
ごとり。天井で物音がした。
「誰ですか」
「ヤホ♪大助さま、私だよ」
「黒猫さん、何の用ですか?」
黒猫さんは天井から下りて、僕に近づいて来た。
「旦那から聞いたんだ。大助さま、元気が無い様だ、って。だから様子を見に」
黒猫さんは両手で僕の頬を包み、顔を近づけて僕の目を覗き込む。
「泣いてたの?目が赤いぞ」
「そんなんじゃないけど・・・」
「大助さま、私が慰めてやろうか?」
「はいはい。そーゆーのは結構ですから」
僕は彼女の両肩を押して、距離を保つ。
「ははは、冗談だよ冗談。じゃあね、大助さま、淋しくなったら言ってね、私が慰めてあげるから」
そう言って、彼女は天井裏に姿を消した。
「ありがとう、黒猫さん」
僕は人の気配の消えた天井に向かって言った。
彼女は彼女なりの方法で、僕を元気付けようとしてくれたんだ。
僕は彼女の配慮に感謝した。
どうせ寝られないなら、眠らずに出来る事をしよう。
考えるんだ。考える事しか、今の僕に出来る事は無い。
まずは、千姫様について、だ。まさか彼女の正体が、前世で僕が助けたちひろちゃんだとは・・・。
彼女は僕との再会の為に、ほぼ百年を費やして願いを達成した。
彼女が語った事はほぼ真実なのだろう。
だが、彼女が敢えて語らなかった事に、彼女の思惑・野望の一端があるのだろう。
彼女の願いは何なのか。
もしも僕の進むべき道と彼女の願う道が相容れない時、僕は彼女を排除出来るだろうか。あのちひろちゃんを・・・。今の僕には到底出来そうにない。
彼女の方はどうだろうか?なんとなくではあるが、彼女は僕を倒すのに躊躇しない気がする。100年再開を待ち望んだ男がこんなに弱いのか、と軽蔑しながら。それはそれで仕方が無い、と思う。
厄介なのは、彼女の存在を考慮に入れていない真田大助の策については、全て承知しているという事だ。合戦の戦略ならともかく、謀略の手段が筒抜けというのはまずい。今後は彼女が知っている前提で策を立案する必要がある。これは本多正純以上の強敵だ。
僕には彼女の嘲笑が聞こえたような気がした。




