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第二十一話

千姫様は秀頼公の奥方である。人妻が旦那の目の前で別の男に『二人きりで会いたい』と言っているのである。旦那である秀頼公が許す筈もない、と思った。

ところが、秀頼公は何も言わず、退室しようとしていた。これはどういう事だ?秀頼公は千姫様のわがままに何も言えないのか?それとも二人の信頼感の現れなのか?もしや二人で共謀して僕を追い落とそうとしているのだろうか?

それに、人妻と二人きり。僕にはこのシチュエーションが恐ろしい。ついこの間の出来事を、両手に残る柔らかな感触を思い出してしまうのだ。

僕は秀頼公、英以江さんの退室を見届けた。そして、勇気を振り絞って千姫様に対峙しようと振り返った。


!!

いきなり千姫様は唇を僕の唇に押し付けてきた。振りほどこうとするものの、彼女は両腕を僕の肩から後頭部に回してロックしているので、それは叶わなかった。

彼女は僕の口をこじ開けて、舌を差し入れようとした。僕は全力で抵抗する。

業を煮やしたのか、彼女は両腕でのロックを外し、片手で僕の顎を掴んで、僕の口を開かせようとした。

僕の頭を押さえる力が弱まったので、ようやく僕は彼女を振りほどく事が出来た。

「千姫様、何をなさるのですか?」

「あら、私はあなたに御礼をしたかったのですわ、真田大助さま」

「僕はあなたに御礼を言われるような事は、何もしておりません」

「いいえ、あなたは私と母を助けてくれました」

「あなたのお母様を? 僕はお江の方と何の面識もありませんよ」

「私の母はお江の方ではありません。・・・あなたは私と母を身を挺して助けてくれました」

彼女は何を言っているのだろう?まさか、まさか・・・。

彼女は目に涙を溜めながら言った。

「・・・やっと、・・・やっとあなたに会えました。お久し振りです、千尋です」

いつの間にか彼女は僕にしなだれかかっていたが、僕には彼女を抱きしめる勇気はなかった。

「ちひろ、って・・・まさか」

「あなたが命を懸けて、トラックから守ってくれた千尋です」

「ちひろちゃんが、どうして千姫様に?」

僕は恐る恐る尋ねたのだが、彼女の答えははぐらかすものだった。

「千尋が異世界に来て、千になる。これは常識よ」

アニメかよ。

「冗談はともかく、大助さまには知る権利がありますわね。あの事故以降、私がどう生きて来たのかを」

彼女はそう言って、前世での出来事を話し始めた。


事故の後、私と母は救急車に乗せられ病院へ送られました。そこで、色々な検査を受けましたが、あなたのおかげで異常はありませんでした。

お医者様が『異常なし』と判定された後、誰かに案内されて病室に入りました。

広い部屋の中央にベッドが1台あり、その奥に知らないおじさんとおばさんがおりました。

その光景で母は全てを察したのか、二人の元へ駆け寄り土下座していました。

「申し訳ありません。私達のせいで・・・。息子さん、取り返しのつかない事に・・・」

「息子はお嬢さんを守り切る事が出来ました。息子を誇る事はあっても、あなた方を恨む気持ちはありません」

あなたのお父様は母に優しい口調で言い、私達に椅子に座る様促してくれたのです。

お父様は優しい人で、私達が気に病まない様に、あなたがいかにドジでおっちょこちょいなのかを話しておりました。

私は空気を読んで、状況を理解していない無邪気な女の子のフリをしていました。どんなに泣き叫んだところで、私を助けてくれたお兄ちゃんが生き返る事はない、という事はわかっておりました。

どの位の時間が経過したのか覚えておりませんが、私は病室の覗く誰かの視線を感じました。視線の方向を見ると、お兄ちゃんが幽霊の様にふわふわと浮いておりました。今にして思えば、あの時が生き返る最後のチャンスだったのでしょうが、あなたは諦めてしまったのか元のからだに近づこうともしませんでした。

どくん。私は胸の鼓動が高鳴るのを感じました。あなたと私、命を助けた者と助けられた者の間に縁が生まれたと思います。同時に、何か不思議な力で世界が変化した様な感じがしたのです。

突然、あなたは流されて、私の前から消えてしまいました。

けれども私はきっとまた会えると確信していました。


通夜にも葬儀にも参列致しました。葬儀の際、ひどく泣いている女子中生がいたのを覚えております。

墓参りにも行きました。何度目の事だったか、漢字を覚え始めの頃、お兄ちゃんの名前が『真田大助』である事を知りました。『享年十五才』の文字を見て、初めて泣きました。

その後もずっと墓前に近況報告をしておりました。中学入学、高校入学、大学入学、就職、結婚、出産・・・


中学生の時でしょうか、日本史の教科書であなたの名前を見つけて、誇らしい気分になりました。この人が『私の命の恩人なのだぞ』と言って回りたい気分になりました。

その瞬間から、私は歴女として『真田大助』の推し活を始めました。

ところが、歴史を学べば学ぶ程、『真田大助』の業績を調べれば調べる程、ある疑念が沸き上がってくるのです。

この国の歴史において、都合の良すぎる奇蹟が二回起きている、と。

一度目が平安時代末期。源平の戦いにおいて源頼朝は連戦連敗。とても平家に勝てる状態ではなかった。ところが源頼朝の弟義経が参戦し、連戦連勝。正に戦争の天才でした。平家滅亡後は、兄に反抗する事無く、殺される。こんな都合のいい人物が現れるものでしょうか。

二度目が十七世紀初め。昨年の冬の戦いの後の大坂方は外堀はおろか内堀さえも埋められ、風前の灯。そんな中、突如真田大助が覚醒し、・・・。

私にはそんな偶然・奇蹟が起きるとは思えませんでした。誰かの思惑の入った、必然の出来事なのだ、と。

私はある仮設を立てました。

私が見た真田大助さんの魂は流されて、1615年初頭の世界に到着し、それまでの真田大助と入れ替わった。そして、持っている歴史の知識をフル活用して歴史を改変したのだ、と。

お父様より聞きました。息子は、自分の名前が歴史に登場する事に大喜びで、周辺の歴史を調べていた、と。

こうして、私の人生の目標が決まったのです。


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